転校して二週間が過ぎた。



 ここでの学校生活は転校前に比べて、格段に和気あいあいと過ごせていると思う。


 アキオ君とは何度もお話しているし、化学の授業で隣になった男子生徒とも言葉を交わした。





 つまり僕は学校でボッチになることもなく、ちゃんと誰かと会話しているということだ。

アキオ

よう、わたりん。
今日も元気してる?

 アキオ君が朝っぱらから陽気に声をかけてくる。



 ちなみにわたりんというのは僕のこと。



 転校してきてまだ日が浅いにも関わらず、しっかりとあだ名を付けられている。



 このことからも、僕のこの学校での上昇ぶりが伺えることだろう。





 僕はもうあの頃の僕じゃあない。

アキオ

試験前だからぁ。
今日から部活休みなのよぉん。
へいへい!

 アキオ君は抑揚をつけてそう言ったあと、僕の肩を叩いた。



 へいへいってあんた、そんな強く打ちますかね。


 と思いながらも、こうしてノリよく叩かれるのは青春ぽくてよいではないか。

ホアチャー

部活休みとか言ってるけど万年補欠じゃねえか。
そんなのもう行く必要ねえだろ

 でかい声で悪態をついてきたのは、アキオ君と仲のいい平井智則君だ。

ホアチャー

サッカー部なんぞやめて、うちに来いって

 平井君がアキオ君の肩をポンポン叩いた。

アキオ

やだね。
室内でパスパス羽根つきなんてモテないし。
なんか暗いし

 肩に乗った平井くんの手を払いながら、アキオ君が言い返す。

ホアチャー

おまえバドの運動量甘くみんなよ

アキオ

いやいや、運動量の話じゃなくね?
カッコイイかどうかっしょ

ホアチャー

補欠でどうカッコつけるんだよ。
うちくれば即レギュラーだぜ

アキオ

人数少ないもんなぁおまえんとこ。
そんなとこでレギュラー獲ってもなぁ

 アキオ君と平井君は僕の存在を無視して、熱い部活論争を繰り広げた。




 平井君の所属しているバドミントン部は人数が足りず、団体戦の試合には出られないそうだ。



 僕も一度だけ平井君に誘われたが、運動に自信のない僕はそれを断った。


 それ以来、僕への誘いは一切ない。




 アキオ君への勧誘は毎日のように行われていて、これが平井君の友達に対するスキンシップのように感じた。




 僕は平井くんと正式な友達になれていない、ということなのかもしれない。

渡利昌也

平井君、おはよう

 僕は二人の激論にひと呼吸の間を見つけ、そこに平井君への挨拶を滑り込ませた。

ホアチャー

うっす

 平井くんは無表情で挨拶を返した。

アキオ

わたりん、前にも言ったろ。
こいつを呼ぶときは『ホアチャー』だって

 『ホアチャー』というのは平井君のあだ名だ。

ホアチャー

待て待てアキオ。
そのあだ名を広めるなって。
正直いい気分じゃねぇんだよ

 平井君は本当に嫌そうな顔をしている。



 このあだ名については、アキオ君から既に由来を聞いていた。





 平井君の家に遊びにいったとき、突然『ホアチャー』という叫び声が聞こえたそうだ。


 それはブルース・リーの大ファンである平井君のお姉さんが放った、魂の叫びだったという。

アキオ

話変わるけど、せっかく部活休みだしボウリング行かね?
わたりんの歓迎会兼ねちゃ
ってさ

渡利昌也

え?
歓迎会?
転校するとそんなことやってもらえるの?

ホアチャー

ぷは。
おまえマジメか

 アキオ君の心遣いに感動する僕を見て、平井君、改めホアチャー君が吹き出した。



 この程度のことで大喜びする僕のことが滑稽に見えたのかもしれない。

ホアチャー

まあ、ボウリングいいんじゃね。
久々に俺の腕前見せてやるか

アキオ

じゃあ、あいつも誘おうぜ。
おーい、うらべっち

 アキオ君が廊下側の方を向いて叫んだ。

うらべっち

なに?

 一番端の列の前から三番目に座っていた男子が、こちらを向いて一言返した。


 彼は既に教科書を開いて授業に備えている。



 スポーツマンだとひと目で分かる短髪。


 それでいて無造作ながらもオシャレなヘアースタイル。



 見た瞬間に「ごっつイケメンやなぁ」と口に出したくなるほどの男前だ。




 うらべっち君はアキオ君やホアチャー君と仲がいいらしいけど、僕はまだ話をしたことがなかった。

アキオ

今日、ボウリング行こうぜ。
お前もバスケ休みだべ?

うらべっち

ああ、いいよ

 アキオ君の声掛けに一言返して、ふいっと教科書の方に顔を向ける。



 仕草も返事も最高にスマートだ。


 モテるんだろうなぁ、羨ましいなぁ。



 僕はため息をついた。



 なにはともあれ、友達とボウリングに行くなんて、今までの高校生活では考えられないことだった。



 ボッチな自分から脱却したことを確信しつつ、僕は期待を膨らませた。

アキオ君とホアチャー君

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