それは……最近よく見る夢……。
















以前はすごく曖昧でモノトーンだったのに、
今はまるでバーチャル空間の中にいるかのように
五感の全てが感じられる。


目に映るのは、
海や空の鮮やかな青、砂浜の白。
耳には延々と響く潮騒。鼻には潮の香り。
肌には風の冷たさや砂の感触。



――そして舌に広がる甘い味。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そこには幼いころの俺がいた。
どこかの砂浜のようで、
奥には海と防波堤が見える。


日差しは強いけど、暑いという感じはしない。
海風の涼しさと合わさって、むしろ心地いい。
このまま横になったら眠ってしまいそうだ。

夢の中で眠たくなるというのも
不思議な気がするけど……。
 
 

女の子

ねぇっ、なーちゃん!
見て見てっ! この貝がら!
かわいーでしょっ!

 
 
見覚えのない女の子が目の前にいた。
すごく親しげで、
俺のことを『なーちゃん』と呼んでいる。

確かに俺の名前は
三崎凪砂(みさき なぎさ)だから、
『なーちゃん』というのは
あだ名なんだろうなと容易に想像がつく。

でもそんなあだ名で呼ばれていた記憶はない。
今までにあったのは
『ナギ』とか『サキ』とか、そんな感じ。



名字も名前もあだ名さえも、
全て女子っぽいのは不本意だけど……。

――だって俺は男だからっ!
 
 

女の子

ほらぁ、ひょうめんが
キラキラしてるでしょ?
すごくかわいーっ!

 
 

 
 

三崎 凪砂

それを言うなら
『かわいい』じゃなくて
『きれい』じゃないの?

女の子

だって『かわいー』から
『かわいー』でいいんだよ。

 
 
よく分からない感覚だ。

この子、変わってる――じゃなくて、
すごく個性的で独創性のある性格なのかもな。
 
 

三崎 凪砂

ボクはサザエとかカキとか
アサリの方がいいな。
おいしいから。

女の子

それはナカミの話でしょ?
見た目はこっちの方が
かわいーもんっ!

 
 
 
 
 
 
 
 

――おーいっ!

 
 
 
 
 
 
 
遠くから大きな声が聞こえてきた。

周りにはほかに誰もいないから
俺たちに向けられたものだろう。
 
 

男の子

おーいっ!

 
 
声のした方を見てみると、
やんちゃそうな男の子が
手を振りながらこっちに向かって走ってくる。

腕や膝には擦り傷や絆創膏だらけ。
肌は頭から足下までこんがりと日焼けしていて
すごく健康的な印象を受ける。

活発で元気の塊、
見るからに悪ガキという感じだ。



こいつのことも俺は全然知らないけど、
どうやら顔見知りらしい。
 
 

三崎 凪砂

どうしたんだ?

男の子

宝さがしごっこしよーぜ!
オレがお前の物をかくすから、
何かよこせ。

三崎 凪砂

それ、ボクに言ってるの?

男の子

そっ!

三崎 凪砂

ヤダよ、めんどくさい。
それに見つからなかったら
どうするんだよ?

男の子

さぁ?

三崎 凪砂

お前なぁ……。

男の子

とにかく、もう決まったんだ!

三崎 凪砂

強引なやつだな……。

 
 
 
 
 
 
 
 
その時、不意に世界全体が白く霞んで揺らいだ。
今までリアルに感じられていた感覚が
途端にぼやけてくる。


それと同時に頭が猛烈に痛んできて、
耐えきれなくなった俺は思わず目を開けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

三崎 凪砂

痛ぅ……。

 
 
そこは自宅二階にある自室のベッドの上。
机の上に置かれている目覚まし時計は
午前7時11分を指していた。


俺はおもむろに起き上がり、
カーテンを開けて窓から外を見た。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――視界に広がっているのは
東京郊外にある、ごく普通の閑静な住宅街。


空は全体が低い雲に覆われていて、
今にも雨が降ってきそうだ。

朝にしては暗いと思ったんだよな……。
 
 

三崎 凪砂

頭痛の原因は天気か……。

 
 
天気が悪くなると、俺は頭が痛くなる。
いわゆる『天気痛』ってヤツだ。

記憶にはないんだけど、
幼いころに交通事故に遭って
頭に大怪我をしたことがあるらしい。
その古傷が影響しているんだと思う。



こういう時は何をするにも気が滅入る。

でも幸いなことに今日から春休みなので
通学する必要がない。



――来月から高校二年か。



ひとつ上の先輩たちは、
この春休みから受験勉強を始めるのかな?
来年には俺もその立場になるのか……。
 
 

三崎 凪砂

今から心配しても仕方ないか。
気にしたって
何かが変わるわけでもないし。

 
 
俺は気持ちを切り替えると、
顔を洗うために部屋を出て洗面所へ向かった。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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