穂波さま

ところで、じゃ

 つばさホールドから解放され、ソファに倒れこんでいる穂波さまが、ソファーテーブル近くでくつろいでいる僕たちに声をかける。

なんですかー?

つばさ

なぁにー?

穂波さま

お主らがつまんでおるのはなんじゃ?

ああ、これですか

 棒状のプレッツェル部にチョコをコーティングしたものを穂波さまに見せる。

ポッキーというお菓子ですね

穂波さま

そとうみの菓子か!

えっと、まあそうです

 正確には日本のお菓子メーカーが作り出したお菓子だけど、和菓子以外のお菓子をそとうみのお菓子という神様たちにとっては、そとうみのお菓子なのだろう。

穂波さま

ほほう、あのクッキーなるものも素晴しい菓子だったが、これも期待できそうじゃ!

つばさ

んー、穂波さまも食べる?

 はい、あーん、とつばさがポッキーを穂波さまの口に近づける。

穂波さま

頂くのじゃ

 ぱくり、とポッキーを加え、唇だけで器用に口の中に入れる。

穂波さま

……!

 目を見開く穂波さま。すっくと座り直し、ポッキーを両手で掴みつつ、ポキリ、モグモグ、ポキリ、モグモグと食べ進める。
 そして、持ち手のプレッツェルだけの部分をぽいっと口に含み、よく噛んで飲み込んだ。

穂波さま

な、なんということじゃ……

つばさ

どう? 穂波さま

穂波さま

食べたことのない甘味じゃった……特にこの周りにかかったものが不思議な甘さをしておってじゃ

ああ、それがチョコですよ

穂波さま

ほう、これが残念チョコの元か

つばさ

残念チョコ?

そうです、残念チョコです

つばさ

残念チョコってなあに?

なんでもないよ、つばさ

穂波さま

あの時は適当に流したが、こんなに美味い菓子だったとは、驚きじゃ

つばさ

なんか流された気がするけど、チョコならまだ他にもあるよう。とっておきのを出してあげるね!

 たたたーと、キッチンに走り、つばさが持ってきたのは、地元の有名なチョコレート専門店『あぺてぃさん』のはちみつチョコレートだ。

 長方形にカットされただけの、小さなレンガのようなチョコだが、何度も何度も練られることによって生み出されたくちどけの良さと、はちみつの優しい甘さが特徴のチョコレートだ。

つばさ

はい、あーん

 ソファに乗り、穂波さまの隣に座ったつばさは、その一欠片を指で摘み、穂波さまの口に近づける。

 このチョコの弱点は、常温でもとろけてしまう融点の低さだ。保存は常に冷蔵庫、取り出しても手でつかむとすぐに手についてしまう。

 その融点の低さが、はちみつの甘い香りを弾けさせるのだが、その香りは穂波さまの正気を失わせた。

つばさ

あ、ちょっと、やだ、穂波さま

 穂波さまはつばさの指まで咥えた。

 それどころか、つばさの指についたチョコまで逃すか、といった様子で、ぺろぺろぺろと一心不乱に舐めまくり、ついには馬乗りになっても舐めまくる。

つばさ

や、やだ、お兄ちゃん助けてよう……っ

 涙目になりながら、つばさが僕に助けを求める。

穂波さま、落ち着いてください

 僕は穂波さまをむんず、と抱き上げる。

穂波さま

はっ

 己に帰った穂波さまが、周りを見渡し一言。

穂波さま

わ、わらわは一体何をしていたのじゃ……?

 本気で覚えていないようだった。

つばさ、穂波さまは洋菓子初心者なんだから、あまり刺激の強いのはまだ与えちゃだめだ

つばさ

わ、わかったよう……

 穂波さまに与えるものはよく考えること。

 『あぺてぃさん』のはちみつチョコレートはこのことを僕達に教えてくれた。

小噺・神様とチョコレート

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