短く息を吐き出しながら、ショウコは胸の真ん中からじわり、と熱が広がるのを感じてゆっくりと視線を落とすと、そこには僅かに見える鈍色の何かと、その先にある木製の何か、そしてそれを握る誰かの手だった。
さらにそこから手の先をたどっていけば、自分たちを安心させるかのようなケンタの微笑が待っていた。
かふっ……!?
短く息を吐き出しながら、ショウコは胸の真ん中からじわり、と熱が広がるのを感じてゆっくりと視線を落とすと、そこには僅かに見える鈍色の何かと、その先にある木製の何か、そしてそれを握る誰かの手だった。
さらにそこから手の先をたどっていけば、自分たちを安心させるかのようなケンタの微笑が待っていた。
一体、自分に何が起こったのか。
どうして胸がこんなに熱いのか。
ケンタは一体何を握っているのか。
そんなことを疑問に思いながらも、ショウコは全身から徐々に力が抜けていくのを感じていた。
そして、そのまま力なく床に倒れこもうとした瞬間。
ショウコ!!
アキラが慌てて彼女を抱きとめた。
たちまちショウコの胸から溢れ出た血液が、手や服にべとりと付くのも構わずに、アキラはショウコの顔を覗き込んだ。
健康的だった白い肌は、徐々に血の気を失って青ざめていき、いつもは天真爛漫な光を宿す瞳は、不安そうに揺れている。
初めて見る幼馴染のその様子に動揺するアキラへ、ショウコはそっと手を伸ばした。
アッキー……
ショウコ!?
しっかりしろ!!
伸ばされた手を強く掴み、叫ぶように呼びかけるアキラへ、ショウコは困惑と恐怖と諦観とが混じったなんともいえない顔を向ける。
アッキー……
私ね……
アッキーがいつもそばにいてくれて……
嬉しかったよ……
なんだよ!
そんなこと今言うなよ!!
私……
いつもアッキーを困らせてばっかりだったね……
ごめんね……
だからそんなこと言うなよ!!
それじゃまるで……!!
遺言みたいだ、という言葉を飲み込むアキラ。
もしその言葉を口にしてしまったら、本当にショウコは死んでしまいそうだったから。
そんなアキラに、ショウコは小さく首を振って見せた。
ねぇ……聞いて……
私…………分かるの……
だから……聞いて……
うるさい!
いいから黙ってろ!!
…………
くそっ!!
血が止まらない!!
止まれよ!!
止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!止まれ!
止まれ!!!!
手が真っ赤に染まるのも構わずに、必死にショウコの傷口を押さえて止血を試みるアキラ。
っ!?
そうだ!
メーティス!!
あいつなら……!!
それは無駄よ
突然、それまで黙っていたケンタが割り込んだ。
彼……もしかしたら彼女かも知れないけれど、ともかくメーティスにあなたたちを助けるつもりがあるのなら、あたしと出会った時にあなたたちは機械に殺されかけていなかったはずよ?
あなたたちはメーティスに見限られた……
だから、今更あなたがメーティスに助けを請うたところで、助けをよこすとは思えないわ……
黙れよ……
そもそもあんたがショウコを刺したんだぞ!?
どの口で……
ケンタを睨み、掴みかかろうとするアキラの手を、再びショウコが掴む。
ケンカは駄目だよアッキー……
けど……!
いいから……
私の……話を聞いて……?
弱弱しく、けれどはっきりと言われて、アキラが大人しく引き下がる。
……今まで……
……いっぱい……
……アッキーを困らせて……
……ごめんなさい……
……でも……
……アッキーと一緒に……過ごせて……
……私は……嬉しかった……
……昔からずっと……一緒にいてくれて……
……こうして……今も一緒に……いてくれる……
ねぇ……アッキー……
私ね…………
アッキーが……
大……好き……だよ……
そういってショウコは、そっとアキラの頭を引き寄せると、静かに自分の唇を押し付けた。
アキラは一瞬驚いたように目を見開き、すぐにそれを大人しく受け入れる。
そうしてそれから少しして、ゆっくりと顔を離したショウコは、照れくさそうに笑った。
えへ……へ……
しかし、もう限界が近いのだろう、ゆっくりと瞳が閉じられていく。
それをすぐに悟ったアキラが、必死にショウコへ縋り付く。
駄目だ!
ショウコ!!
目を開けろ!!
死ぬな!!!
アキラの必死な呼びかけに、けれどショウコはこたえることなくゆっくりと瞼を閉じていく。
そして……。
最後に閉じられた目の端から、つと一筋の涙を流して、ついにショウコの全身から力が抜けた。
ショウコ……?
肩を揺さぶりながら呼びかけてみるも、彼女からの反応はない。
おい……
へんな冗談はやめろよ……!
笑えないぞ……?
嘘だろ?
頼むから目を開けてくれよ……
なぁ……ショウコ……
いくら揺さぶっても、いくら呼びかけても反応を返さないショウコに対して、アキラの目から涙が溢れ出てくる。
ショウコ!!!!
事切れ、動かない幼馴染に覆いかぶさるようにして咽び泣くアキラへ、ケンタが歩み寄る。
そんなに悲しむ必要はないわ……
だってすぐにあなたもショウコちゃんのそばに行くんだから……
そういいながら、どこからか取り出したナイフを突きつけるケンタへ、アキラは顔を上げて見せる。
その顔は憎悪に歪んでおり、まるで視線だけで殺さんとする勢いだった。
……ろし……る……!
殺……てや……!
殺してやる……!
殺してやる!!
呪詛の言葉を吐き出しながら、アキラはベルトに挟んでいた包丁を抜き放ち、一気にケンタの懐に飛び込んだ。
……っ!?
一瞬驚いたように息を呑んだケンタは、しかし直後に柔らかな表情へと変え、抵抗することなくアキラが突き出した刃を受け入れた。
ずぶり、と僅かな抵抗と柔らかい感触が、アキラの手に伝わってきた。