ケンタ

あんたたち!
早く起きなさい!!

部屋に戻るなり、血相を変えながら叫んだケンタの声に、アキラとショウコは慌てて飛び起きた。
そのまま、証明が落とされて暗い部屋の中をきょろきょろと見回したあと、眠そうに眼をこすりながらケンタに目を向けた。

アキラ

なんだよもう……
まだ暗いじゃないか……

ショウコ

そうだよ、ヒメ……
私もまだ眠いよ……

ぶつぶつと言いながら、再び布団へ戻ろうとする二人を、ケンタは額に青筋を浮かべさせながら怒鳴った。

ケンタ

窓がないから暗いのは当たり前でしょ?
ってそうじゃなくて!
寝ぼけるのも大概にしなさい!
ほら、早く起きて!
さっさとここから逃げ出すわよ!!

怒鳴られ、布団を引っぺがされたところでようやく目が覚めたアキラが、怪訝な顔をする。

アキラ

……?
逃げ出すって……どうかしたのか?

ケンタ

緊急事態よ
あたしの仲間……昼間の彼らたちが、あなたたちを殺そうとしてるのよ……

アキラ

はぁっ!?

思わず目をむくアキラに、ケンタは小さくため息をつきながら、先ほどの話し合いの様子を聞かせた。

ケンタ

彼らはあなたたちを完全に危険物扱いしていたわ……
それに……こいつにメーティスから連絡が来たの……

そう言いながらケンタが掲げて見せたのは、アキラたちも付けているリング。

ケンタ

これには、あなたたちを殺せば、ここから出られるって書いてあったの……

アキラ

え……?
冗談……だよな?

ケンタ

……残念ながら……マジよ

重々しく放たれた言葉にアキラは力なく項垂れ、けれどすぐに顔を上げた。

アキラ

だったら……
なんであんたは……ヒメはそんなことを俺たちに話すんだ?
あんたなら、さっさと俺らを殺すこともできただろ?

ケンタ

あたしは別に子供を殺してまでここから出ようだなんて、そんな真似をしたくないのよ……
あたしはあたしの力でここを出るわ……
だから今回はあんたたちの味方よ

ぱちり、と器用に片目を瞑ってみせるケンタをじっと見たアキラは、やがて納得するように大きく頷いた。

ケンタ

うむ、よろしい
さぁ、そう決まったらさっさと彼女を起こしてここを出るわよ?
あたしはドアのところであいつらが来ないかを見張ってるから!

アキラ

わかった!

素早く返事をしてから、アキラはすぐにショウコを起こし始める。

アキラ

ショウコ!
起きろ、ショウコ!

むにゃむにゃとあいまいな返事をするショウコの肩を乱暴に揺らすアキラ。
そのたびに、幼馴染の豊かに育った胸がぐいんぐいんと揺れて目のやり場に困るのだが、今はそんなことを考えている場合ではないと慌てて頭を振ると、今度はぺちぺちと頬を叩く。
そこまでされてようやく目が覚めたのか、ショウコが眠たげに目元をこすりながらゆっくりと体を起こした。

ショウコ

なぁにぃ?
まだ眠たいよ……ふぁ……

小さく欠伸をしながら間延びした声で問うショウコに、アキラは思わず脱力しそうになるのを必死で我慢して、ケンタから聞いた話を聞かせた。

アキラ

どうやら昼間にあった連中が俺たちを殺そうとしているらしい!
今はヒメが入り口を見張ってるけど、いつ奴らが突入してくるかわからない!
だからすぐにここから出るぞ!!

アキラの言葉をしばらくぽけぽけと聞いていたショウコに不安を感じたものの、どうやらきちんと大事なこととして受け取ってくれたらしく、その顔つきを一変させた。

そこからの行動は早かった。
とりあえず飲み物を、ということでキッチンに飛び込み、部屋の主――ケンタの許可なく扉を開け放つと、程よく冷えていたミネラルウォーターを2本ひっつかむ。

ケンタ

準備できた!?

叫ぶように訊ねるケンタに、大声で返事をしながら彼のもとへ向かおうとしたアキラが気持ちが焦ったのか、その場で蹴躓き、テーブルの上にあったものを盛大に床にぶちまける。
耳障りな不協和音が部屋に響き、眼前に包丁が突き刺さって思わず冷や汗をかくアキラに、ショウコの白い手がのばされた。

ショウコ

大丈夫、アッキー?

アキラ

アッキーいうなし

心配そうに問うショウコに、いつもの調子で返して彼女の手を握ったアキラは、床に突き刺さった包丁を引き抜きながら立ち上がる。
そんなものどうするの、と首をかしげる幼馴染に念のためだと答えたアキラは包丁をベルトに挟むと、そのまま扉で待ち構えるケンタのもとへと駆け寄った。

ケンタ

さぁ、行くわよ!!

ケンタの合図とともに、三人は揃って部屋を飛び出した。
その直後。

廣田

っ!?
いたぞ!!

志木城

逃がさない!!

半田

待てゴラァッ!!

まるで町中のチンピラのようなどなり声をあげながら、ケンタの仲間たちが一斉に追いかけてくるのが確認でき、アキラとショウコは内心で冷や汗をかく。

そんな二人の気持ちを知ってか知らずか、先導するケンタが肩越しに振り返って舌を出した。

ケンタ

待てといわれて待つ馬鹿はいないわよ!

半田

んだとごらぁっ!!

額に青筋を浮かべながら反論しようとした半田の肩を宮上が押さえつけ、走りながら、それでも静かにケンタへと言葉を発する。

宮上

お前さん、さっきは俺たちの邪魔をしないって言ってたよな?
なのに、何でそいつらを逃がす?
そいつらを逃がしたってお前さんが何か得をするわけでもねぇだろ?

ケンタ

あたしはあたしが正しいと思ったことをするまでよ
あたしはこの子たちを殺してまで外に出ようと思わない……
だからこの子たちを逃がす……
それがあたしの思う正しいことよ……
それに、あなたほどの男が損得勘定で動くわけ?
あなたこそ、らしくないんじゃないの?

宮上

らしくねぇ、か……
確かに俺らしくもねぇかもしれないねぇ……
年端もいかねぇガキを追いかけて殺そうってんだからな……

宮上

けど、俺だって……
いや、ここにいるこいつら全員が覚悟を決めてるんだ……
どんなことをしてでも生き延びて……
絶対にこんなクソったれなところから出るってな……

宮上

だから……
そこをどきな

存外静かに放たれたその言葉は、しかし大きな圧力を持って襲い掛かってきて、アキラとショウコは気圧されて立ち止まる。

その瞬間、獲物の足が止まったことを好機と捕らえた半田と廣田が、一気に飛び出してアキラとショウコへと襲い掛かる。

そして、二人が振りかざすナイフがアキラとショウコをそれぞれ捕らえようとした瞬間だった。

がつっ、という鈍い音共に、大の男二人が冗談のように吹き飛び、そのまま壁に激突して動かなくなる。

半ば諦めかけていたアキラが、ゆっくりと目を開けると、そこにはアキラとショウコを守るように立ちはだかる逞しい背中があった。

ケンタ

あなたたちの言い分は分かってるつもり……
けど、あたしだって自分の言葉を曲げるつもりはないの
例えその結果、あなたたちを殺すことになってもね

そう言い放つと同時にケンタは動き、一気に志木城と香具山に肉薄したかと思うと、素早くその手を閃かせた。

志木城

え?

香具山

なに?

何をされたか理解できぬままに、二人が呟いた瞬間だった。
同時に首から盛大に血を吹き出し、その場に倒れこむ。

あまりの早業にアキラは何も言えず、ショウコが目の前で人が死んでいくのを、顔を青ざめさせながら呆然と見守る中、最後に残った宮上が舌打ちをしながらナイフを逆手に構え、ケンタへと接近していく。

次々と閃くナイフを余裕を持って躱しながら、ケンタは再びその手にもったナイフを素早く振るう。
その直後、志木城や香具山と同じように首から盛大に血を吹き出し、宮上が倒れこんだ。

ナイフを振って血を払い落としたケンタは、倒れた全員が動かないことを確認してから、ゆっくりとアキラとショウコに向き直り、優しく微笑んだ。

ケンタ

怖い思いをさせてしまったわね……
ごめんなさい……

そういいながら、呆然としたままのショウコを抱き起こし、背中を優しく叩く。

ケンタ

もう大丈夫……
全部終わったから……
だから安心して……
…………
…………
…………

ケンタ

死んでちょうだい

次の瞬間、ショウコの豊かな胸にナイフが深々と突き立てられた。

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