-雪解(ゆきげ)-
-雪解(ゆきげ)-
滞りなく卒業式も終わり、高校生活最期の放課後。
で、どうしょう? カラオケでも行っとく?
ええな~! 行きにコンビニで泡入りのジュース、買ってからいこうや☆
いやいや、制服のままやったら、さすがにまずいやろ?
大丈夫やって。店の方も売れりゃええって思ってるんやから
それに今日は卒業式! パーッといこうや!
そうそう! な~、和人!
……
あ、ああ
他の3人に適当に相づちを打ちながら、俺は忘れ物を取りに行くか行かないかで、まだ迷っていた。
忘れ物と言っても、「モノ」ではない。
……それは千咲との「関係」もしくは「時間」だ。
今日までは学校という空間が、俺と千咲をかろうじて繋ぎ留めいていた。
しかし、この学校を卒業してしまった今、その関係性は永遠に失われることになる。
その事実が俺を焦らせていた。
ほな行こか!
あ……その、なんだ……
ん? なんやなんや?
?
どうした?
3人に見つめられ、俺は言葉を無くす。
今さら俺にできることなんて……あるのか?
……いや、なんもない
ん! 今日はパーッと行くで!
吹っ切るつもりで下駄箱を出る。
すると、もれなく凍てつく風が出迎えた。
……春はすぐそこまで来ているはずなのに、
さびー! ……って、あれ?
?
……
雪や
弱々しく空から落ちてくる雪。
空を見上げていると、徐々に強さを増してくる。
どうりで冷えるはずや
卒業式に雪が降るっちゅうのは、なんかええね~
なんでやねん! 寒いだけやんか
はあ~、これやから日本のわび・さびが分からんヤツはあかんわ
いや、関係ないやろ
ははっ!
いつも通りのやり取りに苦笑する俺。
「あほ」が揃いも揃っての3年間は、それはそれで楽しかった。
……いや、こいつらがいない3年間なんて考えられない。
夜遅くまで語り合ったこともあれば、拳で語り合ったこともある。
弱さを、痛さを、そして優しさを知ることができたのもこいつらのおかげ。
そして。
そして、あと一つ足りないものがあるのは分かっているはずのに……。
どうしても、俺には勇気が出ない。
校門の手前で、学舎(まなびや)を振り返る。
ときには晴れ渡る中。
ときには雨に降られながら。
そして、今日のように雪に降られて。
この校舎は毎年毎年、卒業していく生徒たちを見送ってきたのだろう。
その中にはきっと、俺と同じような想いを抱いたヤツもいたに違いない。
そいつらはどうしたのだろうか?
あるいは諦めきれぬまま、あるいはどうにか諦めて……。
おい
ん? ああ
我に返る。
すると、前を歩いていた仲間の1人が、無言であごをしゃくった。
……
?
校門を抜けると、壁にもたれて寒そうに手をさすっている女の子。
思わず固まってしまう、俺。
……
千咲……
俺ら、先に行っとくから『ゆっくり』来いや
ん、悪ぃ……
ばーか
あ、そういや家に財布置き忘れてたわ
それは大変や! 急いで取りに帰るで!
よしきた!
3人は速攻で姿を消す。
……すまん、恩に切る。
あんな……
えっと……
そ、卒業おめでとう!
こうやって話しかけられるのは、どれ位ぶりだろう。
お、おう!
お前もな
卒業、おめでとう
こうやって話しかけるのは、どれ位ぶりだろう。
うん、ありがと!
留年しやんくて良かったやん
いや、やっぱ留年は恥ずいやろ
そ、そやね……
お、おう……
……
……
へへ……
はは……
……
……
会話が続かない。
話したいことがたくさんあったはずなのに。
……しばらく言葉を探したあと、ようやく思い出した。
そういやお前、どこの大学行くん?
あたし?
うん、国公立受かってたら、大阪の方行くわ
そうなんや……
あんたはどうなん?
俺は神戸の方の私立に推薦で上手いこと引っかかったから、そこ行くねん
へー、神戸と大阪やったら近いね
お前が受かってたら……の話やけどな
からかったつもりで言ったのが、みるみる彼女の表情がかげるのが見て取れた。
うん、そやね……
……
……
つーか、なんか返せや
え?
『あたしやったら受かってるに決まってるやん!』とか言えや!
……あんま出来んかったからそんなこと、よう言わんわ
どあほっ!
情けない表情を浮かべる彼女の頭を、昔みたいに思わずはたいてしまう。
なにすんの?! 痛いやんか!
背の低い彼女が俺の頭をはたけるはずもない。
しかし、負けず嫌いなので、もちろん叩き返そうとする。
その攻撃を避けながら、俺は言う。
悔しかったら受かってみろ! 前期あかんかっても後期があるやろが!
あんたに言われんでも、受かったるわ!
まあ、せいぜい頑張れ……
って、ぶっ!
地面に落ちていたのは……カイロ。
攻撃が当たらないと悟った彼女が俺の顔面に投げつけた物。
こうなったら早く後期の対策せな
あんたなんかに構ってる暇あらへん!
相変わらずくるくると変わる表情に安堵する俺がいる。
そして、思いついた。
千咲!
なんやの?
これ……持ってけ
俺はズボンのポケットから自分のカイロを取り出し、彼女に放り投げた。
わわっ
お守り代わりに使え。絶対、受かるから
……なんかこれ、持ってたら逆に落ちそうなんやけど
失敬な! 大学に受かった俺の運を分けたるって言ってんのに
思ったことはすぐに言葉に出すところは相変わらず。
そうなんや……
やったら有り難く受け取っとくわ
風邪、ひくなよ
うん……
頷いたものの、行こうとしない。
なにやってんねん。勉強するんちゃうんか?
言われやんでもするわ、あほ!
やからその前に……
その前に?
写真、一緒に撮りたいねん……
あっ……
卒業式なんて、一生に何度経験するのだろう?
……たぶん、片手で収まる回数だ。
彼女はスマホを取り出すと、通りかかった生徒に声を掛け、撮影を頼んでいる。
2回撮るから
ととっ!
息を弾ませて戻って来ると、俺の腕に自分の腕を絡めた。
じゃ、撮りますよ?
1枚目は校門の前で撮った。
「学校名が写らないと意味がない」という彼女の提案でだ。
顔が並ぶほどの近い距離。
そして、2枚目。
じゃ、2枚目いきまーす
はい、チー……
ね、和人!
なん……
肩を叩かれ、横を向いた拍子にそれは起こる。
唇に重ねられていたのは、千咲の唇。
そしてそのまま、その瞬間がフィルムに収められる。
ありがとう!
……
……
俺と同様、呆然とするその生徒からスマホを受け取ると、彼女は微笑む。
じゃ、また……ね
ああ……
相変わらず降り続ける雪の中を、軽やかに走っていく後ろ姿。
青春やな
うんうん!
オレにもプリーズ!!!!!
お前ら……いつから?
最初から最後まで☆
ええもん見せて貰ったわ……
ありがとう! ブルー・スプリング!
やかましいわ!!!!!
面映ゆくてたまらないけど……俺の中で凍り付いていた様々な想い。
葛藤や、
悩みや、
迷いが溶けていく……。
……俺にとっての卒業式は雪解となった。
-FIN.-