-十六夜の月-

空には漆黒のカーテンの上に、星が散りばめられている。


――そして、今日は十六夜。


真夜中の公園は秋だというのに早くも冬のような冷気に包まれていて、外灯も凍えていた。


フラフラとおぼつかない足取りで歩く後輩。


彼女に肩を貸しながら、もし、生徒達に見られでもしたら厄介だな、とオレは心の中でため息をついた。

す、すませ……ちょっと……

突然、後輩はそう言うと、オレを押しのけて前に進もうとした。

つまずきそうになる彼女を慌てて支える。

は……離して下さ……い……

何言ってるんだよ。一人じゃまともに立ってられないくせに

先輩に……お見苦しい所を見せてしまいます……

いいから

オレがそう言うと同時に、後輩は胃液と一緒にそれをぶちまけた……2度……3度と。


ほんの少しの軽蔑。


きっとオレ以外の男が今の彼女を見たら、突き放された気分になるだろう。


普段絶対に見せないような汚さと醜さ。


しかし、嫌悪感というよりはそんな無防備な彼女を知ったことを嬉しく思った。

















使えよ

……すいません

差し出したハンカチを受け取るときも目を合わさない。

学生時代、そして赴任先の学校でも先輩であるオレの前で、醜態を見せたことを悔やんでいるのだろう。

落ち着いたか?

はい……あの……

……

一瞬、顔を上げ俺を見たがすぐに目を伏せた。

オレはあえて何も言わず、後輩の隣にちょうど二人分の空間を空けてベンチに腰を下ろす。


こんなとき、何か軽い冗談でも言った方が良いのだろう。

……が、オレはそんな器用さも持ち得ていない。


外気が身に染みる中、タバコに火を付けた。

軽蔑……してますよね?

横から聞こえた声。

俺は後輩の方を見ず、煙を吐きながら言った。

少し。でも大したことじゃない

嘘つかなくてもいいです。ものすごく軽蔑してるんでしょう?

自嘲気味に言い放つ彼女。

別に

……嘘つき。軽蔑したなら軽蔑したと、汚いなら汚いとそう言って下さい!

酒のせいだろうが、やけに今日の後輩はオレに突っかかってくる。

 

普段、酒の飲めない彼女がここまで飲んだ理由。

前々から聞かされていた彼氏に、ついに別れを告げられたから。

学校を休んだ理由を淡々と述べた声は予想と反して乾いたもので「少し付き合って頂けませんか?」と言った後輩に、オレは2つ返事で承諾したのだった。

 

実際、オレが止めなければどこまでも飲んでしまうような勢いを持っていた。

それに女1人で酒をあおらせるほど、甲斐性なしでいたくなかった。


……いや、違う。


どこかでオレは、何かを期待していたんだ。
 

どうなんですか?

『軽蔑している』、『汚い』と嘘ついて、お前が満足するならそうしよう

フゥーっと吐き出した煙が闇に溶け込んでいく。

そして後輩を見ると、何故かその目は生き生きしていた。

先輩は私のこと、好きなんですよね

何を……

思わぬ方向からきたパンチに一瞬たじろいたが、平静を装う。

酔ってるんだろう? バカなことを言うんじゃない

ずっと前から気付いてました

先輩、嘘付けないから……

……

私を抱きたいですか?

……っと

くわえていたタバコを思わずポロリ、と落としてしまった。
 

いいですよ。私も先輩のこと、嫌いじゃないです

くすくすと笑う後輩。

オレは足下に落ちたタバコを踏み消し、新たに火を付ける。

ゆっくりと煙を肺にため込み、空を仰ぐ。

十六夜の月が俺と後輩を見つめていた。

……自分を大事にしろよ

壊されたいときだってあります

お前なぁ……

吐いちゃう女は嫌いですか?

べ、別にそれくらいは……

だったらもっと側に行っても良いですよね?

す、好きにしろ

ふふっ

体を預けてきた後輩の温もり。

残るタバコはあと数本になっていた――。

-END-

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