んほおぉぉぉおおおお————!!!!!

 痴女が絶叫した。

 そして大量の痴女が集まってきた。

CIAの工作員

まずいわ

 お姉さんは、いっせいに銃を構えた。

 周囲を警戒した。

 痴女の群れがどんどんフェンスに迫りくる。

とがにんよ、ひざまずきなさい

 セシリアちゃんがワンピースを胸までまくる。

 痴女がひるむ。

 しかし、

んほおぉぉぉおおおお————!!!!!

 痴女の絶叫がそれに勝る。

 セシリアちゃんの健闘虚しく、痴女の群れが周囲に満ちてきた。


フェンスが保たないわ

 ヤマイダレさんが自動小銃を痴女に向けて言った。フェンスに向かった。

 そのとき。

えっ……

CIAの工作員

ごめんっ

 CIAのお姉さんが、ヤマイダレさんを後ろから殴った。

 銃のグリップで殴って気絶させたのだ。

CIAの工作員

我々が優先すべきこと! それは免疫をもつトモメ・ヤマイダレをいずれかの国の研究機関に無事送り届けることよ

 お姉さんは、ヤマイダレさんを抱えて言った。


MI6の諜報員

あっ、ああ

KGBの職員

その通りね

 お姉さんたちは大きくツバをのみこんだ。

CIAの工作員

彼女はまかせたわ

 CIAのお姉さんはそう言って、ヤマイダレさんをKGBのお姉さんに託した。

 KGBのお姉さんは、ヤマイダレさんをお姫さまダッコすると、モールのほうを見た。

 ここからモールまでは、フェンスで囲んだ細い道が伸びている。

CIAの工作員

じゃあ、よろしくね

 CIAのお姉さんはそう言って、KGBのお姉さんの肩をぽんと叩いた。

 KGBのお姉さんはヤマイダレさんを抱いてモールに向かった。

 CIAのお姉さんはその背中に微笑むと、銃を持てるだけ持って、モールとは反対方向のフェンスに向かった。そこには大量の痴女がいる。広場の真ん中で叫んでる痴女『ウィザード・オヴ・チジョ』のもとまで行こうと、フェンスにのしかかっている。


CIAの工作員

さあ、かかってきなさい!

 お姉さんは、フェンス越しに銃を乱射した。

 その音で他のところにいた痴女も、お姉さんのところに集まってきた。

 というより、お姉さんは痴女を引き付けているように見えた。


MI6の諜報員

まったく。アメリカはそうやって、いつも仕切るんだよなあ

 MI6のお姉さんは、ぼそりとそう言うとフェンスに向かった。

 それからザクザクとフェンス越しに、痴女の頭をナイフで刺しはじめた。

 粛々と痴女を駆除しはじめたのである。

 そして、広場の中心に残された私たちは——。


セシリアちゃん!

 いつきがセシリアちゃんを抱きかかえた。

 私と小夜はそれを護るように周囲を警戒した。

 モールを見た。

 KGBのお姉さんを追うように、細い道に向かった。

 だけれども。

 フェンスの小道が決壊した。

 KGBのお姉さんを襲おうとした痴女が次々とのしかかり、フェンスが倒れたのだ。


やばい!

お姉さんが!

頑張って!

 あっという間の出来事だった。

 お姉さんはヤマイダレさんを抱いて、モールに突進した。

 フェンスはそれを追ってどんどん倒れたけれど、それでもなんとかお姉さんはモールにたどりついた。転がりこんで、扉を閉めたのだ。


でも……

 フェンスが決壊してしまった。

 広場とモールの間にはもう、安全な道はない。

 そこには痴女があふれている。

 こっちを見ている。

 そして私たちは広場の中心に、ぽつんと取り残されている。——

どうしよう

 私たちは、CIAとMI6のお姉さんを見た。

 ふたりとも、モールへのフェンスが決壊したことには気付いていた。

 しかし、目の前のフェンスを防衛するだけで精一杯だった。

 というより、お姉さんたちがいるところのフェンスが押し倒されるのも時間の問題に見えた。


こわいよお

 いつきがセシリアちゃんを、ぎゅっと抱きしめた。

負けないから

 小夜がナイフを構えた。

 しかし、その決意も痴女軍団の前では虚しく感じられた。

 で。

 そんななか、私は振り返った。

しゅごいいぃぃぃ頭バカになっちゃうぅぅんほぉおおおおおおおおおおっ!!

 
 童話の痴女『ウィザード・オヴ・チジョ』は、未だすさまじい悲鳴をあげてる。

オズの魔法使い……

 私は大きくツバをのみこんだ。

『脳みそ』のないカカシ、『心臓(ハート)』のない木こり、『勇気』のないライオン

 分からない。

 やっぱり分からない。

 何度考えても分からない。

弱点が『脳みそ』、『心臓(ハート)』、そして『勇気』……いや違う

 違う気がする。

 弱点ではないような気がする。

 私は深く思考した。

 だけど思いつかないまま、どんどん時間はすぎた。

もうダメだ

 考えることなどできない。

 痴女が迫る。

 じわじわと迫りくる。

 お姉さんも徐々に下がってくる。

 そしてそんななか、私はただ一心に、

みんなを守りたい

 と、それだけを願っていた。

守りたい

 私は、ぎゅっとコブシを握りしめた。

 叫ぶ痴女をまっすぐに見た。

 それから勇気を振り絞って、一歩、前に出た。

 考えた。

 必死に考えた。

 みんなを救うためにはどうすれば良いかを私は必死に考えた。

 そして。


 私は痴女を抱きしめると、その口をふさぐように、くちびるを重ねた。

はわっ、はわわわわっ

 痴女は私の腕のなかで、くにゃりとした。

 私の首にその腕をからませて、私のくちびるを吸った。

 私も無我夢中で吸いついた。

 そうやって絶叫を阻止した。


 ——痴女に吸われると、痴女になる。


 それは分かっていたけれど、でも、みんなを守りたいという気持ちが理性や理屈に勝った。私は痴女と口づけを交わした。いつしか私は、痴女の奇怪なすさまじい抱き心地に、その場限りの陶酔をおぼえるようになった。ぼってりとした痴女のくちびるに、自分のほうから噛みつくように吸いついていったほどだった。


ちゅぱっ

 気がつくと私は、みんなが呆然とする前で、痴女とキスをしていた。

 というより、痴女がくちびるを離したとき、私は喪心状態から復帰した。


あっ

 あわてる私に、痴女は微笑んだ。

 そして言った。


カカシは『知恵』を欲した。ブリキの木こりは『人を愛する心』を欲した。ライオンは『勇気』を欲した。あなたはそれをすべて示した

 痴女はそれだけを言うと霧散した。

 真っ白な魔法の光となって飛び散った。


 それに照らされた痴女の群れは、次々と人間に戻っていった。

 だけど痴女は、一度死んでから痴女になっている。

 だから痴女は、人間に戻るとすぐに死体となった。

 ばたばたと痴女は倒れた。


 その中心で、私たちは呆然と立ちつくしていた。

 しばらくの後、いつきが私のところに飛んできた。


智子! 智子大丈夫!?

えっ、うん

痴女じゃないの? 痴女にならなかったの!?

うん、大丈夫みたい

 私がぼんやり言うと、いつきは大泣きした。

 私は困り顔で小夜を見て、それからうなずきあうと、ほっと安堵のため息をつくのだった。

童話の痴女『ウィザード・オヴ・チジョ』《2》

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