大陸中心部。
奴隷都市レイス・キングダム中央地区――
大陸中心部。
奴隷都市レイス・キングダム中央地区――
……
ここに連れて来られてからどれ程の時間が経っただろうか。
奴隷狩りと聞いて、それ相応の覚悟はしていたけれど、実際はそんな事は一度も無く。
力の大半を抑制される“鉄輪”を付けられ、この大広間に幽閉されている。ただそれだけの扱いだ。
皆は、今頃どうしているかな?
城下町の被害も甚大だった。どうしても皆の安否が気になってしまう。
兄さんは……大丈夫だろうか。またどこかで無理をしていなければいいんだけど。
フェイト、大丈夫か?
うん、僕は大丈夫だよ。他の皆は?
特別これと言って酷い扱いは受けてないからな。
“でも、精神的にはそろそろキツい”
ランディの最後の言葉に僕の表情も自然と曇る。無理もない、僕だってそうだ。何もされていなからと言って無事に帰れる保証なんてどこにも無いのだから。
……
僕達はこれからどうなるのだろう。この都市を支配している“公爵”と言う人は何が目的でこんな事をしているのだろうか。
この都市は、いつから存在しているのだろうか――
ライト・リブルス王都内・謁見の間。
そうか、彼等と対面したか。
カッカッカ。流石はお主が信を置く精鋭達だの。話が早くてこちらも助かったでの。
玉座に腰をおろすフラウスの横で、ワシは少し前の出来事を話して聞かせる。
余談だが、深淵の力で生成した槍の持ち手に足を下ろし、見ようによっては軽く逆立ち状態であるのだが。
深淵は重力の概念が無い故、別段苦でも何でもないからの~
さてフラウスよ。奴隷都市を攻略するのであれば、まずはあの不死者共を黙らせなければならん。
亡者兵士(ボーン・レイス)の事だな。
ミディアとエミリオの報告では、奴等は失伝した死霊術で使役されている高位の不死者と聞いている。
うむ、そうだの。
奴等は深淵の力で操られている故、お主達人間にはちと分が悪いでの。
深淵の言葉にフラウスの表情が僅かに鋭くなる。
……もしかして、ワシちょっぴり疑われてる?
言っておくが、ワシは何も関与しておらんでの。誤解はしないでくれよ。
遙か昔、精霊術とは趣が全く異なる“魔術”も存在しておったのだ。
確かにワシも深淵の使い手だが、妙な疑いをかけられてはたまったものではないからの。ここはしっかりと身の潔白を主張しておかねばの。
わかっている。今更お前を疑う道理は無い。
ほっ
しかし、失伝した魔術か……確かに厄介な代物となるだろうな。
そうだの。単刀直入に言うと、アレをどうにかできるのは同じ力を持つワシとワシに仕える眷族だけになる。
闇よりも深き深淵を相手に、相反する光ではなく同じ性質の力を以ってこれを滅する―――毒を以って毒を制する、とはよく言ったモノだの。
元より、七界の理で立ち向かうには相手が悪い。だからこそ、天界の天使達も迂闊に手が出せない。悪い意味での均衡が保たれている状態だの。
……
フラウスは無言のまま立ち上がり、数歩前に進み出る。
“公爵”は、その様な手段を用いてまで一体何を成そうとしている?
罪の無い子供達を大勢捕らえ、そこに何の意味があると言うのだ……
その言葉は、まるで問いかけの様だった。
確かに疑問だの。ワシとて都市の支配者たる者の考えなどわかるハズがない。
だが、現実問題として放置しておくワケにもいかんのも事実。
だが、俺は立ち止まるワケにはいかない。
必ず救うと約束をした――信じて待っている者の為にも。
ふむ? お主やはり“個人的な思い入れが”ある様だの。
確信犯染みた笑みを浮かべ、契約主に軽いツッコミを入れてみる。
フラウスは振り返る事はしなかったが、その場から動かず両腕を組む。
エラクトラ。
何かの?
首を傾けるワシに対し、フラウスはハッキリとした口調で問いかけてきた。
一国を統べる者が、たった一人の人間に固執するのは愚かだと思うか?
固執、とな? それが個人的な思い入れか。
必ず救う、と言っていた。となれば……奴隷狩りとやらに巻き込まれ、連れ去られた者達だろうの。事実、この国でもそれが起き、甚大な被害を被ったと聞いているでの。
そこまで言うからには、かなり親しい間柄の誰かが奴隷都市に連れていかれたと言うワケか。
そうだの。一国を預かる者としては……あまり褒められたモノではないの。
その固執とやらが、全ての命運を左右する事にもなり兼ねんからな
スタッ。
槍から飛び降り、フラウスの隣に危なげ無く着地する。
だが、一人の人間として見れば、決して恥じる事ではないの。
全力をかけて救い出したい相手がいると言うワケか。
あぁ、そうだ。
否定はせず、フラウスはあっさりと肯定した。
そして、ここで初めてワシの方に向き直る。
俺には年の離れた弟が一人いる。綺麗な目をした、誰に対しても献身的に接する心根の優しい子だ。
一年前の奴隷狩り……あの時もそうだった。弟は我が身よりもまず民の安否を最優先とし、自ら率先して不死者の軍勢に立ち向かって行ったのだ。
なるほど、身内が奴隷狩りに巻き込まれていたのか。
当然、お主達も奮闘したのであろう?
……結果だけを見れば俺達の勝利だったのかもしれない。奴等を撃退する事には成功しているのだからな。
だが、結局俺はたった一人の弟を護ってやる事が出来なかった……目の前に在りながら、俺はその手を取る事が叶わなかったのだ。
表情はあまり変わっていないものの、声色は顕著だ。
当時の状況などワシが知る由も無いが、この男にとっては耐え難い喪失と後悔が残る結果だったに違いない。
人を統べる者は、常に大局を見失ってはならない。そう在るべき立場と言っていい。時には大を生かす為に小を犠牲にせねばならぬ時もある。
だが、そんな物はあくまで理論の一つに過ぎない。どんな言葉で、理屈で取り繕うとも感情まで偽る事は出来ない……そんな事はワシでも理解出来る。
うむ、やはり人間はこうでなくてはの。
何?
たった一人の弟なのだろう? 何を恥じる必要がある。
生命を賭ける理由など理解されなくても良いのだ。その者にとってはそれが全てなのだからな。
しかしなるほど。この堅物の弟か。どんな奴か気になってきたでの。
これは奴隷都市に攻め込む時の楽しみが増えたでの~
……生きている保証はどこにも無いのが本音だが、この世に絶対と言う物は存在しない。今は生きていると信じる他無いだろうの。
エレクトラ。
どうした、フラウス?
少しの間を置いて、フラウスはワシの頭に手を乗せ、いきなり無造作に撫で回した。
お前は本当に不思議な奴だ。
??? お主も大概だと思うのだがの?
まぁとにかく、だ。目の前にいる男はワシの契約主。
この流れから予想するに、当面の目的は奴隷都市に連れていかれた者達の救出となるだろうの。
いよいよ本格的に動く時が来たかの。
行動は早いに越した事は無い。ワシはワシで裏から色々と手を回しておくとしようかの。