……ここは?

見た限りでは飲食店のようだ。それにしても騒がしい。人という人が溢れていている。なんらかのパーティでも開いているのだろうか。

……っ!

頭が痛い。直接に脳を鈍器で殴れれているような痛みだ。

俺はどうしてこんなところにいる……?

思い出せない記憶。違和感というより不気味だった。

あ、お兄ちゃんが起きた!

お兄ちゃんと呼ばれて、一瞬ドキッと胸が高鳴る。
けれど、その子は俺が想像する妹は違った。

……質問していいか

んー?

俺はいつの間にお前の兄になったんだ?

ええー? お兄ちゃんはお兄ちゃんなんですよ? お兄ちゃん!

まるでオレオレ詐欺を聞いているような気持ちになった……

キズナはね、キズナって言うんだよ。お兄ちゃんの名前はー?

……俺は北野翔琉だ

わーい! カケルお兄ちゃん!

キズナちゃんか。元気な奴だ

ふと思う。俺の妹だって、これぐらい明るい子だったらいいのにと。その希望はとうに遅い。手遅れなんだ。

ロリコン……

……誤解を招くことをいうな

小さい子どもを見てニヤニヤしていたように見えたんだけど? それは誤解っていうのかしら

機能性だろ

アカネお姉ちゃん! お兄ちゃんはカケルお兄ちゃんって言うんだって!

よしよしキズナー。この人に近付いちゃあ駄目よ。食べられても知らないからね。

え……? カケルお兄ちゃんはキズナを食べるの……?

……

う、うわ……どうしよ、キズナはお兄ちゃんに食べられちゃう……

キミにそんな趣味があるなんて……ブラックリスト認定

子どもが好き。はたしてそれの何が悪だというのだろうか。

というかお前は……誰だ?

赤い髪の女の子。どこかで見たことが顔だ。一体どこで出会ったかを考えているうちに、いくつかの答えが浮かんだ。

そう、こいつの名前は確か桐里朱音だったか。

そうか、思い出したぞ。俺はお前に殺されかけたんだ

というか、どうしてこいつは普通に話しかけてきてるんだ。

まったく、分からないことだらけだ

おうおう少年よ。悩んだって答えは出ねぇよ。なんせここは異世界だぜ?

はい、お水よ。飲んで落ち着いたら?

男の口臭が酒臭い。ありがとうってお礼を言って、女性から水を受け取る。

水一杯に1万円だからよろしく

ブ―――ッ!! 金取るのかよ!?

思わず噴き出した。

もう、イジメないであげたら? 可哀想よ

あはは、キミってからかいがいがあって楽しいわ。

……他人をからかうのは自由だが、被害を受ける奴もいるからな? そこんところよろしく

キズナはなんと水ビショビショだったり……

男は水によって濡れたキズナの服と顔をタオルで吹いていた。

ご、ごめん

いいっていいって。あれは百歩譲って朱音が悪い。

ちょっとどういう意味よ?

そのままの意味だっつうの

ああヤダヤダ。みんなして私を悪者にするもの。やってらんないわ

おい、どこいくんだ?

外の空気を吸いに行くのよ

そう言って、彼女は外に出ていった。

じゃあ俺も失礼する

行く当てあるの?

どうにかする

朱音ちゃんから聞いてない? 私たちはこの世界から脱出するために組織を結成してるの。あなたさえ良ければ、仲間として迎えるわ

確かに、桐里と喫茶店で会話している時にそんなことを聞いたと思う。桐里筆頭に20人ほどの仲間を引き連れているとかなんとか。まぁ、どうでもいいことだ。

考えとく。じゃあな

……そう、気を付けてね

女性は悲しそうな目で俺を見送る。罪悪感なんてものは感じなかった。そもそも俺は悪いことをしていない。

所詮はこいつらとの関係とは、他人でしかないから。

外はすでに夜だった。どうにもこの世界は日本の文化とは違うらしい。

明かりを灯すのは丸い球のようなもので、フワフワと雲のように浮いている。

それが何個も散らばっているのだから、周囲はそれなりに明るかった。

実に興味深い。

月が赤いことについても驚きだ。驚きというより不気味なんだが。

こうしてみると、ここが地球ではないんだと改めて考えさせられる。

やっぱりどこかに行くのね

彼女は屋根の上で俺を見降ろしていた。

お前にはいくつか聞きたいことがあったよ。けど止めておく

人間は様々な欲求があって、好奇心という欲求はとくに理性で抗えるものじゃないわ。本当に聞かなくていいの?

気になることは自分の手で答えを導く。だからお前らには頼らない。手始めにあの剣はなんだったのか、どうして俺の身に傷1つないのかを調べるとしよう

どこからか現れた剣。どこにでもあって、どこにもない剣。まるでおとぎ話のようだが、この目で見た限りきっと本物であり、事実なんだろう。

そんなことを考えていると、桐里はあろうことか屋根から飛び降りた。地面に着地して、何事もなかったかのように俺の目の前に立つ。

桐里朱音という少女は本当に人間なのだろうか。いささか気になることだった。

まったく、どうしてそこまで頑ななのかしら。そこまで拒絶をする理由を聞いてもいい?

そんなこと聞いてどうする

どうもしない。ただの知的好奇心よ

……

彼女から多少の情報を教えてもらった。なら対価を払うことは礼儀だろう。

俺はお前らとは違う

なに? 自慢話?

人を信じていない。いや、信じられないんだ。本能が人を拒絶する。

当然よ。だって初対面だもの。警戒するのはべつにおかしなことじゃないわ。でも考えなさい、この状況を。あなた一人でなんとかするのは困難、だったら一か八かの運で私たち信頼した方が賢い選択よ

お前は裏切られた悲しみを知っているか? 絶望することがどれだけ苦しいことなのかその身で感じたことがあるのか?

誰かを信じれば裏切られる。何かを期待すれば後悔する。その時感じた思いがどれだけ胸が締め付けられるか

そこに辛い思いが待っているなら、最初からなにも信じない。俺はもう、何も傷付きたくない。

信じたくても信じられない。それはトラウマとも言える。過去の記憶によって、それを拒絶するかぎり、俺のトラウマは永遠だ。

俺には妹がいるんだ。たくさんの悲しみと苦しみを与えられた。だから一緒なんだ。妹は俺しか信じないし、俺も妹しか信じられない

……

なぁ、日本にいた頃、お前はどのような食事をしていた。

え、……母親が作ってくれた料理を食べていたわ

そうか、俺はよく地面にいる虫を食べていたよ。妹も同じだ。たまに食べるネズミが、俺たちにとって豪華な食事だった

……そう。私は同情なんてしないわ。理解できないその気持ちを安易に同情するのはキミに失礼なことだと思うから

それでいい。この気持ちを、他人に容易く理解されてたまるか

でもね。だったら尚更私たちの仲間になるべきよ

……どういう意味だ?

キミと妹さんは今離ればなれになっている。なら一刻も早く妹さんの為に帰るべきじゃない。仲間になればより早く帰れる希望が見える。そうでしょう?

そういうことなら安心しろ。妹もこの世界にいる。絶対にだ

……本当にそう思っているの?

当然だ。あいつと俺は一心同体。俺がここに居る限り、愛佳、妹は必ずここにいる

……

言葉が出ないようだ。大方、頭のおかしい奴だと馬鹿にしているんだろう。べつに、それならそれでいい。誰がどう思おうが俺には関係ない。

誰も信用できない。誰にも優しくされたくない。だからお前の仲間にはなれない。……けれど

けれど?

確かにお前の言う通りなんだと思う。こんな状況だ。一人で何とかできる自信はない。なら誰かと協力した方が利口なんだろう

それってつまり―――

勘違いはするな

彼女の言ようとした言葉を遮る。

ただ手を組むだけだ。そこに信頼関係はない

……そう

条件をだしたい。俺はお前らのしようとしていることを全力で手助けする。その代わり、お前らは俺に情報を提供しろ。それで手をうってくれないか

……うん。それでもいい。ありがとう

ありがとうの意味が分からなかった。どうしてありがとうなのだろうか。そんな言葉言われる筋合いはないのに、彼女にはたくさん傷つけるようなこと言った。

本当なら文句の1つ2つ言いたいはずだ。本当に、意味が分からない。

はは、変な奴だな

百歩譲ってキミに言われたくないんだけど

じゃあ俺は行く。妹を探したいんだ

手伝うわよ?

妹の顔分かるのか?

……分からない

いいよ。勝手に探すし、それにそう遠くない時間に出会えるだろう。明日でよければお前に会いにいく。

なら、時計塔の針が12時になったらここで会いましょう。それと、妹さんの顔分からないけど探すから。こんな暗い時間だし、小さい女の子が出歩いているならきっと気付くでしょう

……やれやれ、お人好しなやつだ

俺は優しい人には必ず裏があると常々思っているけど、きっとこいつもその部類だ。

……と思いたいが、何故だろうか、不思議と、血迷ったのか桐里朱音という少女は悪意というものが無いと思えてしまう。

……

な、なによ、人の顔をジッみて、もしかして私に惚れたのかしら?

あはは、調子に乗るな

とにかく、これから妹を探しに行こう。そう思い、俺は彼女と別れた。

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