そこは喫茶店だった。誰もが通えるような居心地の良さそうな喫茶店。本があれば優雅にひと時の時間を消費してみたい気持ちだが、しかし生憎と手持ちにはないし、そもそも状況がそれを許されない。
アカネ、連れてきた
そこは喫茶店だった。誰もが通えるような居心地の良さそうな喫茶店。本があれば優雅にひと時の時間を消費してみたい気持ちだが、しかし生憎と手持ちにはないし、そもそも状況がそれを許されない。
ご苦労さま、イア。物はいつもの場所にあるわ
分かった。依頼は完了した。私は去る。
ええ。またよろしくね
会話は終えたようで、イアという少女はこの場から去っていった。
ささキミ。立ってないで座ったら?
ああ
イアにはね。私と同じ変わった服装を着ている人を探して貰ってるの。依頼としてね。小さいのに頑張り屋さんだし、面白い子よ。
そして、今私はキミと出会っている。あらためて自己紹介しましょうか。私は桐里朱音(きりさとあかね)。ようこそ、異世界へ
俺は北野翔琉。……質問をしてもいいか?
許可するわ
お前は日本人か。
ええ。この世界の住民から見て、私たちは変わった服装を着ているわ。
確かにここまで来る途中に、幾度か人にすれ違い、その度に変わった服装をしていた。まるでファンタジーのような甲冑や革を使用している。目の前にいる少女がそれらのファンシーな服装に当てはまらない側にいるってことは、つまりはそういうことなのだろう。
異世界ってどういうことだ。
そのままの意味よ。ここは地球ではない違う星の世界ってこと
その根拠はなんだ?
そうね。そのうち嫌でも思い知るんじゃない?
不吉な物言いだった。
なぁ、一から説明してくれないか。俺とお前の身に何が起こった。どうしてこんな場所にいるんだ
……
おい、黙るなよ
どうして私たちがここに居るかは分からないわ。分かっているのは、ここは異世界であり、普通ではない世界って事実だけ。
言うなれば天災ね。天災が起こるキッカケなんて分からないでしょ?
……そうか。
随分と落ち着いているのね。焦らないの? 元の世界に帰りたい! とか
帰りたい気持ちはあるよ。けど、分からないことを考えたところで無意味だし、焦るなんてそんな醜態をさらすのは論外だ。
考え方を変えればいい。帰る方法がないなら探せばいいだけの話だ。
あれ、私って帰る方法がないって言ったかしら
もしあればお前はとっくにこの世界にはいないだろう。それといつからこの世界に滞在しているんだ? 2日、3日って話ではないんだろ?
へー、どうしてそう思うの?
異世界ってどういうことだと俺が質問した時、お前は嫌でも思い知ると言った。それは長い間居続けない限り感じられない思いだ。
仮に短い期間で理解できたとして、それならお前の精神には何らかの異常があるはず。それだけ過酷な環境だろうからな
だが、お前は今ここで俺と会話をしながらお茶をしている。ここが違う世界だと知った時は誰だって感情に負担がかかり、気持ちの整理をする時間が必要になる。
ようするにだ、お前には余裕がありすぎる。
その話からして、キミもずいぶんと余裕があるように見えるけど?
ボクは特別なんだ
自信家なのね
負けず嫌いなんだ。信じて努力をすれば誰だって特別になれる。
自慢うざ
ひどっ!
心の底から本音で思っていることに心をえぐる。
痛い。心臓がズキズキと痛い。少し、涙目になっている少年がいた。
というか俺だった。
まぁそうね。キミの考え方はおおむね正解よ。私はこの世界に2年近く住んでるわ
……2年
絶望なんだと思う。つまりは、2年間日本に帰れる方法を分かっていないんだ。
違う違う。
桐里はまるで俺の心の声を見透かすように言った。
帰れる方法はあるわ。ただ、その条件が難しいの。ほら、よくあるでしょう? 魔王を倒せば元の世界に帰れるとか、100層のダンジョンをクリアできたら帰れるとか
ゲームじゃん!
あとは、この世界に集う日本人全員を最後の1人まで生き残れば帰れるとか?
デスゲームじゃん!
2年間この世界にいるけど、そのぐらいしか方法が思い付かないのよ。
それが本当だって事実は? 信憑性は? 実際にそれで帰ることが叶うの?
さぁ?
……
とりあえず私たちが目指していることは、ダンジョンを100層まで上ること。そして、魔王とやらを見つけることよ。デスゲームは論外ね。言ってみただけ
……ちょっとまて、いま私たちって言ったか?
そうそう、ここには天災を受けた人がざっと100人ぐらいいるわ。私は20人程の組織を結成させて、その中のリーダーってなっているの
頭が痛い……
世の中なにが起こったとしても驚きは少ない。なにかが起こる現実に於いて、驚いてばかりいるのも疲れてしまうからだ。しかし、しかしだ。
それでも俺は敢えて言よう。
こんな現実なんて認められるか!
っと。そろそろ時間ね
彼女は突然と立ち上がる。
週に一度、集会を開いてるのよ。キミの自己紹介も兼ねて着いてきてくれない? というか強制だから
勝手に言ってろ。俺はいかない。
あっそ。なら仕方がないわよね?
……
これなーんだ?
剣が燃えていた。熱い温度が肌を刺激し、それは紛れもない本物と言わざるを得ない。
確かに驚いた。本当に今日は驚いてばかりだ。燃える剣。実際それをこの目で見ているし、受け入れよう。だがしかし、考えてもみてくれ。はたしてあれは、どこから現れた? どうやって?
キミに良いことを教えてあげる
剣は振り上げられた。それでボクを斬りつけようと言わんばかりに。
この世界では常識なんて通用しない。過去の人生に於いてどれだけ功績を得ていたってそんなのは無意味。ここにとって全ては、力によって人の価値が生まれるの。
一体キミに何ができる? なんなら抵抗してみる? 勿論、この剣に触れた瞬間に灰になるわよ? まぁ、抵抗しなくても斬るんだけどね。
私はキミみたいな人が嫌いよ。力もないくせに粋がってる人。強がっている人。そんなものは所詮、弱者になりたくないという強い願望による自己防衛でしかないのに。
お、お前は何を言っているんだ……
立場を弁えなさい。それが力のない人がこの世界で生きる術よ。……安心して、殺しはしないわ。ただ、分からせるだけだから
そう言って、激しい痛みが全身に襲う。気が遠のくのは一瞬のことだった。