北野愛佳は機嫌が悪かった。
気付いたら見知らない街にいて、なにより自分の兄が行方不明になっていることが大きかった。

歩き、さ迷い、兄を探しながら街を徘徊する。愛佳は人との会話を苦手とするため、誰かに尋ねるという行動はできない。

兄様、一体どこにいるの?

探しても探しても見つからない。けれど確信はあった。兄はこの近くにいる。感とは違うもの、気配でもない。言うなればそう、香りだった。

クンクン。ああ、兄様の香りがする……

香りに従い愛佳は道を歩く。兄様、兄様、兄様―――
呟きは止まる気配はなかった。

ねね、そこの可愛い子ちゃん

……

うわー無視? そんな冷たい態度とらないでよ。俺は怪しい人じゃないぜ?

いやいや、どっからどうみても怪しいでしょ。お前はもっと柔らかく接しろ。……コホン、お嬢さん、宜しければ僕たちと今からお茶しませんか?

……

あ、あれ? 無視?

プーーっ! だっせ!

うるさい。今のはリハーサルだから、本番はこれからだから、ちゃんと見とけ

うるさい奴らだ。愛佳は心の中でそう思いながら歩みを止めない。

お嬢さん、夜道に女の子1人では危険です。どうぞ手を、私があなたの行く道中までお連れいたしましょう

目障りです。消えてください

ガーン!

一体こいつらは何がしたいのだろう。邪魔をしたいのだろうか?

退いてください

ええなんで? いいじゃん、少しぐらい付き合ってよ。悪いようにはしないからさー

そういって、男は強引に腕を引っ張った。

その瞬間、全身に鳥肌が立つ。触れられた。

兄でない他人に。ゴミに。害虫に。気持ち悪い。

嘔吐しそうになった体を何とか堪え、男を殺す勢いで睨んだ。

な、なんだよその目は……

…ろ…す……

は?

……殺す

ぐっ……ぅぁあああああああッ!?

気付けば刺していた。いざって時の為に隠していたナイフが、男の横腹に深く突き刺さっている。

死ね、私に気安く触れた報いだ! 死ね!死ね!

何度も何度も、狂ったかのようにめった刺し。返り血を浴びて、愛佳は真っ赤なバラ色に染まる。

そして、しばらくして男は絶命した。あっけなく、唐突に、何が起こったのさえ理解できずに、存在以前なる者へとなった。

おお、こりゃあ怖い

しかし、対してもう1人の男は至って冷静だった。まるで誰かが死ぬ姿なんて見慣れていると言わんばかりに、死んだ彼とは赤の他人だったかのように。

……あなたも死にますか?

いやいやお嬢さん。お見事です。感服です。一体どのように歪んでいたらそのような殺人を犯せるのでしょうか。ボクはいささか気になるところですが、お生憎とボクはそれどころではありません

男は死んだそれに指を指す。

その血を頂いてもよろしいですか。今さっきの惨状を見たせいで騒ぐんですよ。ああ、血、血だ……血が飲みたい……!

は、はぁ……べつに構いませんけど

ありがとうございます!

驚くことに、この男は血を吸い始めた。死んだ彼の開かれた横腹を、おいしそうに吸い尽くす。

き、きもっ

血液の問題として自分の血と他人の血が混ざりあえば死ぬことだってある筈だ。

そもそも、血をおいしそうに飲むなんて狂っていると言わざるを得ない。一体何を考えている。

はたして、本当にこいつは人なんだろうか。

そんなことを思っていると、食事(?)が終えたようで、彼は口回り真っ赤に染めながら愛佳を見つめる。

ボクは人であり吸血鬼でもある。人のままでいたいから、あまり目立った行動ができないんですよ。そこでこの馬鹿な男をずっと前から狙っていたんですが、どうやって殺そうかと悩んでいたらあなたが殺してくれました。感謝の言葉もでません。ですのでここは一言だけ、ありがとうございます、と言っておきます

吸血鬼? ……なんですかそれ

授かったギフト名ですよ

ギフト?

初めて聞く言葉だった。

おや、まさかご存じありませんか? 誤魔化している目でもありませんし……これはたまげました。ではあなたはここの環境に慣れていないにも関わらず人を殺したってことですか。……どうにも、あなたは危険な存在のようだ

そのギフトとやらがなんなのか教えて貰ってもいいですか

ええ構いませんよ。あなたには恩がありますからね

ひらりと破けられた一枚の紙が地面に落ちる。
それを愛佳に直接渡すことはしなかった。

先ほどの惨状の発端は、彼女に触れるという行為によって起きたことだという事を、吸血鬼は把握している。

私のメアドです。明日にでもギルド協会に向かうことをおススメします。そこであなたの知りたがっていること、この紙の意味も理解することでしょう

分かりました。さあ、もう用はないでしょ? 私の視界から消えてほしいんだけど

残念です。ではあなたの言葉通り、僕は消えることにします。さようなら

真っ暗な闇の中、男の足音を残し、姿は消えていった。

はぁ、一体何だったんでしょうね

全く理解できないが、分かることはあった。兄を探す大事な時間を削られたことについてだ。

愛佳は、このイライラとした気持ちを誰かにぶつけたいと思うが、生憎と人とこれ以上関わりたくない。

それにいつまでもイラついていたところで、それこそ時間の無駄だろう。

はぁ、とため息を吐いて、気を取り戻し兄を探すことを再開する。

クンクン、……え?

しかし、もうその必要はなかった。

ようやく見つけた

後ろから、兄の声がした。

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