ユキ

ふふ、おっばけやしき~、おっばけやしき~♪

ルイヴェル

ユキ……、この暗闇でその上機嫌な歌声は、場違いだと思うんだがな?

ユキ

だってだって、わくわくするんだも~ん!! 早くお化けさん出てこないかな~♪

セレスフィーナ

ふふ、そろそろではないでしょうか? 

 幼い王兄姫の楽しげな様子とは正反対に、三人が訪れている場所は、どこからどう見てもおどろおどろしい恐怖の空間であった。
 ほんのりと闇夜に浮かんでいる淡い光は、魔術によるものだが、頼りない輝きだ。
 魔物や幽霊の類に扮した者達が、この館に訪れた者達を驚かせる事が目的の場所で、あちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。
 そう、誰もが恐怖と驚愕で恐れ戦く場所なのだ……。だというのに。
 
 
 

ユキ

皆楽しそうだね~!!

ルイヴェル

別に本物が出たところで、どうという事もないんだがな。ふあぁぁ……。

セレスフィーナ

それとこれとは別って事なのよ。どこから現れるかわからない、それが醍醐味なんだから。

ユキ

お化けさ~ん、どこですか~?

ルイヴェル

ユキ、あまり先に行くんじゃない。転ぶぞ。

ユキ

だいじょうぶだよ~!! きゃっきゃっ!! お化けさ~ん、ユキとあ~そ~び~ま~しょ~!!

 ルイヴェルとセレスフィーナからすれば、何という事もない、子供騙しの催し物だ。
 魔物が出ようが、幽霊が出ようが、危険なのは間違いなくこの三人に襲いかかる側。
 だから、双子の姉弟に怯えの色が一切ない事は不思議ではない。……の、だが。
 この幼子の、何をも恐れぬ、いや、むしろ自分からエンカウントしに行こうとする猛者の如きはしゃぎ様は、やはり場違いかもしれない。

ルイヴェル

これがこんなにも楽しみにしているんだ。是非とも全力で楽しませに来てほしいものだな。

セレスフィーナ

それはそれで……、心配なのよねぇ。ルイヴェル、もしも、ユキ姫様がこのお化け屋敷で泣かされでもしたら……。

ルイヴェル

……ふっ。

セレスフィーナ

駄目よ? 間違っても報復なんてしちゃ駄目ですからね!!

 自分が泣かせるのは良くても、他人がそれをやらかすのは腹に据えかねる。
 そんな表情で笑みを浮かべたルイヴェルに、セレスフィーナはげんなりと肩を落とす。
 駄目だ、これは絶対にやらかす顔だ。
 心の底から可愛がっている王兄姫殿下に恐怖のひとつでも味わわせるような事があれば、そのまぁるい大きな瞳に涙の粒ひとつでも浮かべば……、この弟は大魔王と化してしまう。

セレスフィーナ

わ、私がしっかりしておかないと……、また、レイフィード陛下にご迷惑がかかってしまう!!

 流石に、このお化け屋敷に勤めている者達から命を奪ったりはしないだろうが……。
 それでもやはり、何をするかわからないあたりがこの弟の怖いところだ。
 痛み始めた胃を押さえながら、セレスフィーナは遅れて二人の後を追った。

 

セレスフィーナ

に、偽物だとわかってはいても、やっぱりドキドキするものなのよね。

 流石に、他の客達と同じように悲鳴をあげる事はしなかったが、セレスフィーナは周囲から聞こえてくるその音に、少しずつ微かに震えを抱いていた。
 恐怖、というよりも、ノリ的なものが感染してきたのかもしれない。
 小さな王兄姫も、さっきまではしゃいでいたのが嘘のように押し黙ってしまっている。

ユキ

……。

ルイヴェル

ふふ、やはり怖くなってきたか? ユキ、手を握ってほしいか? それとも、抱っこか?

ユキ

……。

 大絶叫の声を耳にしても、可愛らしい王兄姫は反応のひとつも零さない。
 それを恐怖故の子供らしい反応なのだと、その場にしゃがみこみ、幼子の顔を覗き込んだルイヴェルだったが……。

セレスフィーナ

ユ、ユキ姫様……?

ユキ

……ん、で。

ルイヴェル

ん? なんだ?

ユキ

なんでユキ達のところには、お化けさんが一人も来ないのぉおおおおおおおお!!!!!!

セレスフィーナ

……。

ルイヴェル

……。

 まさかのそっちか!!
 てっきり恐怖心から無言になってしまったのかと案じていたというのに、王兄姫ユキの本音は予想外過ぎるものだった。
 確かに、お化け屋敷として使われているこの館を歩く事十分。まったくと言っていいほど出ない。
 ――驚かし要員の皆さんが。

セレスフィーナ

多分……、ルイヴェルが無意識に発しているブラックな気配のせい、だと思うのだけど。

ルイヴェル

……おい、さっさと客を楽しませたらどうだ?

 ぼそりとルイヴェルが不機嫌そうに呟いたその瞬間、どこからともなく迫ってきた多くの足音。
 

ガォオオオオオ!!

食べちゃうぞぉおおおおおおっ!!

お願いですから、楽しんでくださぁああい!!

ユキ

うわぁ~!! お化けさん達だ~!! いらっしゃ~い!! きゃっきゃっ!!

セレスフィーナ

こ、こんなに……?

ルイヴェル

ふん、ようやく仕事をする気になったか。

 館の地下を進んでいた三人の前方と背後に集結した沢山の異形集団。
 彼らは小さな王兄姫に焦った視線を注ぎ、必死に驚かそうと頑張っている。
 恐らくは……、どこかで三人の様子を眺めながら出るに出られずにいた者達なのだろう。
 ルイヴェルからのお許しが出た事で、ようやく姿を現してくれたようだ。主に、……恐怖心から。

ユキ

ふふ、いっぱい、いっぱ~い!! お化けさん、一緒に遊ぼ~!!

うぅ~!! お願いですから驚いてくださいよぉ~!!

そんなに嬉しそうな顔されると、複雑なんですよ~!!

ほ、ほら!! 魔物に捕まっちゃいましたよ~!! 食べられちゃうぞぉ~!!

ユキ

わぁ~い!! 魔物さんに高いたか~いされちゃった~!!

い、いやっ、だから、ちょっとでもいいから怖がってくださいよ~!!

ルイヴェル

お前達……、子供一人も驚かせないとあれば、給料を貰う資格はないな……。職を変えたらどうだ?

うぅ~……っ、こ、このお嬢ちゃんが例外なんですよぉ~!! 他の子供達は大泣きしてくれるってのにっ。

 冷ややかに呆れきったルイヴェルからの視線と苦情に、魔物仕様の着ぐるみに身を包んでいる男がしゅぅぅんと辛そうにその巨体を縮める。
 勿論、このお化け屋敷のスタッフである彼らには何の非もない。双子の王宮医師が連れて来た幼い姫君が無敵過ぎただけの話なのだから。
 それでもやはり、このお化け屋敷という催し物を開いている側としては、プライドを抉られるのだろう。

セレスフィーナ

あの、ウチの弟がごめんなさいね? 適度にユキ姫様を楽しませてくだされば、それでいいから……。

そ、そんな、うぅ~……!!

生半可な仕事が出来るかあああああああ!!

セレスフィーナ

え? ちょっ、ちょっと、どうしたの!?

 幼子一人泣かせられなくて、何がお化け屋敷か!!
 驚かし要員のスタッフ達は、うぉおおおお!! と雄たけびをあげながら声を拳を振り上げた。

こちら、お化け屋敷地下区域スタッフ!! 館内の同士に告ぐ!!

我らの意地と誇りに懸けて、対象・蒼髪の幼女にプランSSを実行せよ!!

ぷ、プランSSだ、と……!? 正気か!? 同士達よ!! 子供一人にそんなっ。

子供だと侮るなかれぇえええええ!! 敵は強大なる猛者だ!! 全力でかからねば、――こちらが殺られる!!

ユキ

なんでぇ~? なんでお化けさん達どっか行っちゃったのぉ……。ユキ、まだ皆と遊びたいのに……っ。

ルイヴェル

そう落ち込むな。どうやら、もっと面白い驚かせ方をする為に一時撤収に入ったようだからな……。休憩時間だと思え。

セレスフィーナ

……プランSSって、一体何なのかしら。

 しゅんと落ち込んでいる王兄姫を、セレスフィーナも慰めるようにその頭を撫でてやる。

ルイヴェル

是が非でもユキを泣かせる気のようだが……、その先に何が待つのかを、どうやらわかっていないようだな。

 哀れ、お化け屋敷スタッフ一同!!
 全力で自分達の意地と誇りを取り戻すべく出直しに向かったようだが……、むしろその選択は命取りだ。
 万が一にでも、この小さな王兄姫殿下がひと粒の涙でも零す事になれば、――その瞬間に戦慄の大魔王が降臨してしまう!!

セレスフィーナ

ユキ姫様、怖くなったらすぐに仰ってくださいね? その場合はすぐにここを出ますので。

ユキ

大丈夫だよ~!! ユキ、お化けさん達大好きだから、どんとこぉ~い!! なの~。

ルイヴェル

よしよし。お前は本当に母親である夏葉様似の大物だな。――で? 化け物スタッフ共を好きだと言ったが、俺とどっちが好きだ?

ユキ

ルイおにいちゃ~ん!

ルイヴェル

よし。この全く面白くもない化け物屋敷を出たら、お前の大好きなプリンを買ってやろう。

ユキ

わぁ~い!!

セレスフィーナ

ルイヴェル……。そんな赤の他人とまで張り合って……。そこまでしてユキ姫様に好きって言われたいのね。はぁ……。

 誰が一番好きかと尋ねれば、必ずこの小さな王兄姫はこう答えてきた。――全員好き! と。
 だがしかし、今日会ったばかりのお化け屋敷スタッフの面々と比較すれば、あっさり一位の座に就ける。
 非常に子供っぽい……。なんだか泣けてくるほどのその必死さに、セレスフィーナは頭痛を覚えてしまうのであった。

1-4・お化け屋敷と王兄姫(※光効果注意)

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