小噺・クッキーのでどころ

穂波さま

ところで、このクッキーなるもの、一体誰に作ったのじゃ?

 囲炉裏前での夕飯をご相伴しているとき、穂波さまが思い出したように呟いた。
 何故夕飯かというと、穂波さまの神付きになると決心した後、夜遅いということで僕は神域の中で泊まることになったためだ。

山の神さま

あ、私もきになりますきになります

 ご飯をよそいながら、ずずい、と山の神様が近づいてくる。

なんでそんなことを聞くんですか?

 僕はそのご飯茶碗を受け取りつつ、疑問に疑問を返した。

穂波さま

想いというものはな、対象があれば強く収束するものじゃ

 お箸をくるくると指示棒のように回しながら、その疑問返しに答える。

山の神さま

あれだけ強く込めてるのなら、きっと誰かを想ってつくったのかなってかなって

 なるほど、想いというのは対象があって初めて意味を成すものらしい。

うーん、誰かを想ってと言われても、あれはただのバレンタインのお返しに作ったものですし

 僕は記憶を辿りつつ、その経緯を語る。

穂波さま

ばれんたいん?

山の神さま

私知ってるわ知ってるわ。女の子が好きな男の子にそとうみのお菓子のちょこっていうのを渡す機会よね

穂波さま

ほほう。ということは、お主、モテるんじゃのう

全部義理ですよ

穂波さま

ギリ? ギリとは何じゃ

山の神さま

義理ちょこっていう、好きでもないけどとりあえず渡すちょこねちょこね

穂波さま

なんじゃ、残念なちょこか

残念……かはともかく、チョコを貰った男はそれのお返しとして、一ヶ月後にお菓子を送らないとだめなんですよ

 ふきのとうの焼きものを取りながら、僕は答える。

穂波さま

ふむふむ、変な風習じゃのう

そのチョコをくれた人からのご所望で、手作りクッキーを作ることになったんです

 

部長

少年! 私が手作りチョコを渡したからには、お返しも手作りクッキーを渡すこと! いいわね!

穂波さま

なるほど、では、その者を想って作ったわけじゃな

想う、ってほどのことじゃないですよ。おいしく作れればいいなとは思いましたが

山の神さま

そうなのねそうなのね

 にまーっと山の神様が微笑む。

穂波さま

そうなのじゃな、そうなのじゃな

 にやぁぁっと穂波様がニヤつく。

 そして、二人共両手を握り合ってきゃーっとしばらく騒いでいた。

なんでそんなに盛り上がってるんですか?

 そんな僕の素朴な疑問を聞いて、盛り上がっている神様たちが止まった。

穂波さま

え?

山の神さま

ええ?

穂波さま

いや、あのくっきーなるものに込められた想いの量からして、な?

山の神さま

そうよね、そうよね?

……? 言ってる意味がよくわかりませんが

 そう言うと、神様たちは二人共肩を落とし、長い溜息を吐いて一言。

穂波さま

……なんというかじゃ

山の神さま

あなたもその子も、苦労しそうねしそうね

 その言葉の意味がよくわからないまま、神様との夜は更けていった。

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