むかし、時姫はとある使命を受けた。

より多くの地球の男を美しくせよ

そのために、まずは自分を慕う男を美しく育てよ

そして、美しい男を月へ献上せよ

と。

月に住むかぐや姫のもとに。

――――――かぐや姫の御君は地上には戻れないから、私が、彼女に相応しい殿方を見繕って差し上げねばならない。

これは交換条件だった。

私も彼女に願いを叶えてもらった。

すべての男が時姫に恋をする能力。

誰もが羨む、素晴らしい能力を与えてもらった。

そちの腕、期待しておるぞ


一回だけ出会ったかぐや姫の笑みは、まさに人外の美しさを放っていた。

◆◆◆◆◆◆◆

貴女様からそろそろ能力を取り上げようか、という話がでておりました

お目付けの兎どもがいう。

時姫さまと来たら遊んでばかり

蜜だけ吸って

育った男は

数えるほどしか

居らぬではないですか

あの御方はお待ちです

首を長くして

ご自分の手元に置くのも良いですが

早くかぐやの御君の元に

…………わかっています


時姫は目をぎゅっと閉じた。
偽りの恋であろうとも、殿方にかぐや姫の好みを埋め込んでゆくのは心が痛む。

花はこの時期に贈れ

後朝の文はこう書け

声は低く、掠れるように吟じろ


どの殿方も私が喜ぶと思ってやっている。
にこにこと笑顔で私の言うとおりにする。
その度に愛しさと哀しさが胸にひしめく。
情が、わいてしまった。
決して地上に戻れぬ月に彼らを放り込めない。

特にーーーーーいや、優劣をつけることすら赦される身ではないがーーーーーーーミハル、だけは。

どれを贈るかお悩みですか


一羽の兎が目を細めて、楽しそうに言った。

………………

僭越ながら私めが選んで差し上げませうか

………………いや、結構です

出し惜しみは無しですよ


そうだ、と老兎は膝を打った。

次にくる輩を必ず最高級のものに仕立てあげてください。私どもも、素材の良いものを入れますから。それをあの御方に献上いたしましょう

………えっ?

駄目そうなら

あゝ

ミハル様ですな

ミハル

ミハルだな

左様

未完成品ではありますが、きっとあの御方も気に入るでしょう

時姫様のお気に入りとあらば、ね

……………


ミハル。

ミハルに会いたい。

時姫は唇を噛みしめた。

ミハルは、時姫がまだかぐやの御君と出会う前に、ずっと懸想していた男である。
良家の末弟で、篳篥の名手であった。
男のくせに女に負けぬ愛嬌を持ち、誰からも愛される才を持っていた。
そして彼も自分を愛す人々すべてを深く愛していた。
人々の中心で人々の心の支えとなるべくこの世に生を受けたような男であった。

時姫が能力を賜り、都中の男がひっきりなしに彼女の元を訪れる中、彼もまたひょっこりと夜這いに現れた。
その時のことを時姫は生涯忘れぬであろう。

僕に抱かれてくれるかい?


彼はいたずらっぽく、時姫を口説いてきた。
その瞳は熱っぽかった。

……………


次に訪れる殿方を問答無用で月送りにせねばならない。
さもなくばミハルが月送りになってしまう。

……………できないよ


時姫は自分の覚悟のなさを心底恨んだ。

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