クリス

……だめだっ

 ペンを走らせていたクリスが、舌打ちまじりに吐き棄てる。
 邪魔にならないように少し離れたところで見守っていたフィリスが、慌てて駆け寄った。

フィリス

だめって……

クリス

だいたいはできたんだ。だけど、封印する物がないと。それも、それなりの魔力があるものじゃないと

フィリス

キリシア先生はもともと水晶に封じられてた、って言ってたよね

クリス

ああ。見たことないからわからないが……。多分、魔力性の水晶だったんだな。それに値する物が、ここにはないっ

 だんっと拳を机に叩きつける。

フィリス

……そんな

 遠くで銃声が聞こえる。

フィリス

だけど、センはできない提案はしないって言った。……嘘をついているっていったらそれまでだけど。でも、今はそこを疑っている場合じゃない

 必死に頭を働かせる。考えることは苦手だけど、そんなことを言っている場合じゃない。

フィリス

何かを水晶に変えるしかないよね

クリス

ああ。だけど、ただの水晶じゃだめだ

フィリス

そこに、魔力を与えないと……?

クリス

ああ。でも、実際問題、今ここにあるWC粒子じゃ、封印させるので精一杯だと思う

フィリス

……そうだね

 大気中のWC粒子の濃度がかなり薄くなっているのは、魔導師の体感として理解できる。

フィリス

じゃあ、なにか、もともと魔力のあるものを変化させるしかないってことよね……

クリス

だけど、そんな都合のいいもの……。学内にある魔具は練習用だから、たかが知れてるし

フィリス

高い魔力……。元からあって…‥

 そこまで考えて、フィリスはひらめいた。
 ひらめいて、しまった。

フィリス

……クリス

クリス

ん?

フィリス

私が、……なる

クリス

え?

 それを言うことに、ためらいがなかったと言ったら嘘になる。だけど、それしかないから。

フィリス

私が、あれを封印する水晶になる

クリス

……なにを言ってっ!

フィリス

だって、これしかないっ!

 クリスの言葉を遮る。

フィリス

クリス、やるやらないは別として教えて。私が水晶化したら封印は可能? 私の、魔力なら?

クリス

それは……

 一瞬口ごもり、何かを思案するように視線を宙に彷徨わせたが、

クリス

可能、というか、悔しいけど適切だと思う

フィリス

なら

クリス

だけど、そんなのダメだっ!

フィリス

でもっ

クリス

ダメに決まってんだろっ! フィリスがいなくなるなて、そんなの……認められるわけないっ

 ぐっと両肩を掴まれた。

クリス

フィリスがそんなことするなんてだめだ。やるなら、俺がやる。俺がなる

フィリス

……クリス

 肩に置かれた手に、そっと自分の手を重ねる。

フィリス

でも、残念だけど、ダメだよ。言いたくないけど、クリスは適任じゃない

 躊躇いがちに、でもはっきり告げられた言葉にクリスの顔が歪む。

フィリス

自分でも、わかってるでしょう?

クリス

……それは

 魔法がうまく使えない、魔力の低いクリスだと封印するのに適した水晶にはなれない。

クリス

……だけどっ

フィリス

ごめん、私、これがベストな選択だと思う

 怒っているようにも、泣きそうにもとれるクリスの顔。そんな顔がさせたいわけじゃない。でも他に、思いつくことがない。

クリス

フィリス

 ぐっと肩を引き寄せられ、次の瞬間抱きしめられてた。

フィリス

わっ、クリス?

クリス

好きなんだ

 耳元で言われた言葉に、こんなときなのに心臓が跳ねた。

クリス

ずっと、フィリスのこと、好きなんだ。……だから、嫌なんだ。フィリスがいなくなるなんて。俺が、守れないなんて

フィリス

……クリス

 両手をそっと、クリスの背中にまわす。

フィリス

ああ、こんなときなのに。どうしよう。すっごい嬉しい

フィリス

私も……

クリス

え?

フィリス

私もクリスのこと、大好き

クリス

フィリス

 顔を上げると、困った顔をしているクリスと目があった。

フィリス

ねぇ、だから、わかるでしょ? 私も、クリスが守れないの、すっごくやだ

クリス

……だけど

フィリス

このままだと、全滅だよ。守る方法があるのに、何もしないなんて、私、嫌だ

 クリスは何かを耐えるかのようにしばらく黙ってフィリスを見つめていたが、

クリス

……約束、する

 やがてはっきり告げた。

フィリス

え?

クリス

絶対、助ける。すごく、待たせちゃうかもしれないけれど、絶対に。あれを倒して、フィリスを元に戻す

 しっかりと目を見て言われた言葉に、

フィリス

……うん、待ってる

 頷いた。

クリス

だから、フィリス。そのあとさ

 どこか照れたように目をそらすと、

クリス

俺と付き合って

フィリス

……はい

 予期せぬ言葉に戸惑って、それでも断る理由なんてあるわけなかった。

pagetop