逃げるようにして救護室まできたフィリスは、一呼吸おくとドアに手をかけて、

フィリス

失礼しまーす

 少し開けた。

キリシア

いい子いい子

 中の光景を見て、そのままの体勢で少し固まる。
 キリシアがクリスの頭を撫でていた。

フィリス

な、ナニそれっ! どういう状況っ?!

 脳処理が追いついていないフィリスを見つけると、

キリシア

あら、お迎えよ

 キリシアがくすりと笑う。

クリス

フィリスっ

 慌てたようにクリスが立ち上がった。

フィリス

何、その態度。見られたくなかったの?

 フィリスの中の黒い感情など知る由もなく、

クリス

センセ、ありがとう。それじゃあ

 クリスは早口で言うと、早足でドアの方にやってくる。

クリス

ほら、フィリス

 肩を押されて、素直に歩き出す。

キリシア

はぁーい、まったねー

 キリシアの軽い声だけが追ってきた。
 二人並んで、教室に向かって歩き出す。

クリス

なにしにきたんだよ。フィリスなら怪我とか自分で治せるだろ

フィリス

追試。……朝一だったから

クリス

あ、どうだった?

フィリス

今までで一番よくできた。……ありがとう

クリス

そっか

 クリスが自分のことのように嬉しそうに笑う。
 だけど、もやもやは止まらない。

フィリス

……キリシア先生と仲いいんだね

クリス

いや、……ほら俺、回復系苦手だからよくお世話になってて

フィリス

なんで先生のところ行くの?

クリス

は? いや、だって救護室って本来そういう用法……

フィリス

言ってくれれば、私が治すのにっ!

クリス

いや、でも……

クリス

なんで怪我したの? とか訊かれても答えられないのに頼めるわけないだろ!

フィリス

不潔っ!

クリス

はぁ?!

フィリス

どうせ、キリシア先生が美人だからでしょ! でれでれ鼻の下伸ばしちゃってさいてー!

クリス

伸ばしてないし! 知らんし! なんだそれ!

フィリス

頭とか撫でられて! いやらしい!

クリス

いや、落ち着けってフィリス

 肩に伸ばされた手を、

フィリス

触らないでっ!

 咄嗟に払いのけた。
 その瞬間、しまったと思う。
 だけど、遅い。

クリス

……ああ、そうかよ

 クリスは一度舌打ちすると、

クリス

もう知らねーよ。勝手にしろ

 それだけ言って、反対方向に歩きだす。

フィリス

……何よ

フィリス

泣きそうな顔しちゃって。何よ、何よ! 本当もう大っ嫌い!

エレナ

でも、好きなんでしょう?

 教室に戻ったところで、待っていたエレナに勢いよく先ほどの出来事を告げると、呆れたように笑いながら言われた。

フィリス

それは……そうだけど。……今、すごく後悔しはじめてるんだけど

 俯き加減にフィリスが呟いた言葉に、エレナが微笑ましそうに笑う。

エレナ

ねぇ、追試も全部終わったんでしょう? ちょっとケーキでも食べに行こうよ。そこで話全部聞くから

 親友の柔らかい笑みに、気持ちが少し和らぐ。

エレナ

で、あとでちゃんとクリスくんに謝りなね

フィリス

……うん

エレナ

よし。ちょっとわたし、先生の所に課題だしてくるから。待ってて

フィリス

わかった。……はやくね

エレナ

オッケー

 軽やかに頷くと、エレナは教室を後にした。

クリス

フールモ・ストレーコ!

 魔法練習室。そこで苛立ち混じりにクリスは呪文を唱えた。唯一得意な雷撃の呪文は、狙った通りに的に当たる。

クリス

なんだよフィリスのやつ。人の気も知らないで!

クリス

フラーモ!

 次の火炎の呪文は、不発だった。
 それにますます苛立ちが募る。
 特大の電撃でも放ってすっきりしたい。脳内で威力をあげた呪文の構成式を組み立てていると、

クリス

うわっ

 どーんっと派手な音がして、校舎が揺れた。

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