期待に満ちたゆかりの顔を見ていると、下手な嘘では通じそうもない。
おっつかれー! どしたの、要くん? 顔がトースターの底みたいな色してるよ?
それはコゲが溜まってるだけだから掃除しなさい
りょーかい! で、なんで要くんはそんな顔色悪いわけ?
現在進行形で悩み事があるからかなぁ
へー、どんなの?
富良野さんがやらかしそうで胃が痛い、なんて言えないしなぁ
期待に満ちたゆかりの顔を見ていると、下手な嘘では通じそうもない。
ぎこちなく顔を歪めて笑顔を作ると、要はどうにか話を逸らす。
ほら、何か買いにきたんじゃないの? いつものやつ
そうだった。今日の授業超ダルかったのー
よし、うまく話題が逸れた!
黒服の視線が要に刺さっているが、背中に同じように視線を浴びているゆかりは少しも動じた様子がない。全身に包帯をぐるぐると巻いた独特のファッションはゆかりがゾンビであることを除いても普段から注目の的なのかもしれない。
よし、決めた。要くん、奢って。ジュースとアイス。いつものやつね
いつもの、とはゆかりがよく食べているグレープアイスとレモンティーだ。
ダメ。ちゃんと自分で買う
えー、要くんのケチ!
黒服がにわかにざわつきはじめる。要が感染者ならばゆかりの言うことを聞くはずだが、要はゆかりのウイルスに感染しない。
よし、高橋くんならちゃんと断れる!
物陰で百手がガッツポーズを作る。最大の敵が味方というのもなんとなく物悲しい話だ。
買うならちゃんと自分のお金で払いなよ。休憩してるだけなのにお給料もらってるんだから
えー、あたしみんなに癒しをばら撒いてるじゃない
ばら撒いてるのはウイルスだよ!
要のいつも通りのツッコミにまた黒服たちがざわつき始める。
うぅ、いつものノリでやっちゃった
あたしはちゃんと迷惑にならないところで消化してるもん
そうだったね。ゴメン
あ、素直。どうしたのー?
ゆかりがにたりと笑って要の頬を突く。
我慢だ、我慢だ、俺。確かにこれは特別手当つかないと割に合わない仕事かもしれない
不安そうな面持ちで要とゆかりのやり取りを見ていた黒服たちだったが、結局友人の戯れと判断したのか、問題なしと判断して店から出ようとした時だった。
姫、ジュースとアイスお持ちしました
小木曽ォ!
なんすか?
いや、なんでもないけど
そりゃ富良野さんがいて小木曽さんがいないわけないよな
帰ろうとしていた黒服が列を成して戻ってくるのを見て、要は自分が悪いわけでもないのに視線を逸らす。
後ろでは抑えきれなくなった触手をぬるぬると動かしている百手の姿が見えた。
これはどうしようかな
頭を捻った要だが、早々いい案は思いつかない。この間にもゆかりが小木曽に何かを頼んでしまえばそれでおしまいだ。
あ、裕一ありがとう。それじゃあさ
ちょ
考えている間にゆかりが小木曽から商品を受け取ってレジの前に置く。
奢って、って言われたら終わる!
裕一も何か持ってきなよ。いつもお世話になってるから何か奢ってあげる
おぉ!
何、要くん。変な声出して?
いや、富良野さんの言動に感動してるんだよ
えー、そんなにあたしの優しさに心動かされちゃった?
まぁね
じゃあ、要くんが奢ってよ
それはダメ
えー
姫、俺が
いいの。あたしが奢るって言ったんだから裕一は早く自分の分取ってくる!
結局小木曽はゆかりと同じ商品を持ってきて、ゆかりがお金を払って帰っていった。
恐縮する小木曽の背中を見送ると、ようやく納得したのか黒服たちも店から出て行った。
ふぅー。何とか生き残れた
おつかれさま。迷惑かけるね
全くです。最後は結局富良野さんの気まぐれのおかげですけどね
あれで結構気が遣える子なんだよ。普段はあえてやらないだけで
それもどうかと思うんですけど
今回は富良野くんに助けられたわけだし、よしとしようじゃないか
そうですね。でも次回からわかったらすぐに言ってくださいね
対策でもしてくれるのかい?
えぇ。店に来ないようにちゃんとしつけておきますから
なかなか怖いこと言うね、高橋くん
疲れた体を引きずるようにロッカールームに引き上げる要の背中を見て、百手は要の方がよっぽど化け物じみていると頬を掻いた。
ねぇねぇ、昨日はなんだったの?
確かに昨日の要様の様子はおかしかったですわね
はい、マスターもですが、お店に何人も異種族さんがいました。過去このような事態には遭遇していません
要の苦労など知るはずもない三人娘は昨日の要がおかしかったことだけは気付いて、休憩室に集まってあれこれと話をしていた。
おはようございまーす
あ、要くん。ってどうしたのその袋?
店長は何か仕事で知り合いの会社に行くから、これ差し入れとして置いておくって
へぇ、なんですの?
これは、プリンですね。全員分あります
プリン? やったー、食べるー!
こっちに飛びついてこない!
そうですわよ、ゆかり。はしたないですわ
はーい。それにしても店長が差し入れなんて珍しいね
昨日頑張ったごほうび、って言っても誰もわからないんだろうな
要はプリンが入ったビニール袋を休憩室のちゃぶ台に置く。空っぽの店に客が入るはずもなく、きっと売上も少しも伸びていないだろう。
そういえばさ、昨日の要くんなんか変だったよね?
そうですわ。何かお悩み事なら私が何でもお聞きしますわよ
そうです、マスター。隠し事なんて必要ないのです
うーん、そうだね
要は本当に心配そうな表情で要を見つめる三人をじっくりと見て、微笑んだ。
もう解決はしたんだけど、次があったらその時はよーく相談させてもらうよ
要の微笑みにゆかりと秋乃は思わず背筋を伸ばす。
あ、本当にごめんなさい
すみませんでした、マスター
ん? 俺は何も言ってないけど?
そうですわよ。どうしたんですの、って私の頭を押さないでください!
いいからジーナも謝りなさいって。この要くんは絶対怒ってるんだから
そうです、ジーナさん。理由はどうあれ、マスターの逆鱗に触れる何かを我々がした以上、謝っておかなくてはならないのです
なんなのよ、いったい
腰を折ったまま要の表情を窺う三人に、要は満面の笑みを返してやる。
それを見て、さらにゆかりと秋乃はさらに肝を冷やす。
やばいよ、これ。どうしよう?
もしかして店長はマスターの怒りを静めるためにプリンを?
ちょっとやりすぎたかな? でも本当に大変だったんだから
小声で相談するゆかりと秋乃。そしてまだ理解が追いつかないジーナを置いて、要は伸びをしながらレジに向かった。