一難去って少しの落ち着きを取り戻したスクウェアM百夜街道沿い店。

 しかし、それが終わったところで要の苦労が綺麗になくなってしまうわけではない。

ジーナ

要様

あのー、ジーナさん。距離が近いんだけど

ジーナ

私、喉が渇いてまいりましたの。要様の精力が詰まった熱いミルクが欲しいのです

人を牛みたいに言わないっ!

 ジーナの遠回しのような直球な要求にも顔を赤らめることなく、お断り。

ゆかり

あ、じゃあさ要くん。これ食べる?

紫色のものは食べません!

ゆかり

でもさー、食べてすぐ寝ると牛になるって言うじゃん?

ならないよ! そもそもそれ食べたらゾンビなるんだよ!

秋乃

なるほど。人は食事をとってすぐに寝ると牛に変身する。これで食糧問題は解決されますね

俺を食べないで!

 休憩室は以前にも増していっぱいいっぱいな上に、ジーナが寄ってくる。ゆかりが悪乗りする。秋乃が疑問を呈すで要の精神も限界に近かった。

ゆかり

あははは、要くんおもしろーい

ジーナ

私は結構本気ですのに

 けらけらとおもちゃのように笑うゆかりと艶やかに笑うジーナ。

 その目の前で要はちゃぶ台に両手の拳を叩きつけた。

俺たちには

ツッコミが足りない!

ジーナ

え? 何ですの、急に

ゆかり

あ、これまた壊れちゃった?

秋乃

マスターも定期的なメンテナンスが必要ですね

 さして驚いた様子もない三人に要は立ち上がってさらにまくしたてる。

お前たちに足りないもの、それは!

情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ、そして何よりもぉ!

ツッコミが足りない!

秋乃

二回言いましたね

ゆかり

二回言ったね

ジーナ

二回言いましたわ

そういうわけで、これから第一回ツッコミ役新人オーディションを始めます!

ゆかり

今回はだいぶ飛ばしてきたね

秋乃

でもマスターが怒るよりはこちらの方がいいと思います

ジーナ

要様……

 一番近くにいたジーナの首根っこを掴んだ要はそのままひきずって十字に板を張って立ち入り禁止とした二階へ続く階段の前に立つ。

一旦禁止を解除します

ゆかり

やったー!

百手

あれ、みんなどこ行くの? ねぇ、高橋くんまで、仕事は?

 百手の声を無視した要は暴れるジーナを引き摺ったまま張り紙を剥がす。

 板の隙間を通って三階に上がると、ロビーのソファを適当に並べて、三人をそこに座らせた。

ジーナ

これから何が始まるんですの?

 お尻を擦りながらジーナが問いかける。

ゆかり

ツッコミオーディションってさっき言ってたじゃん

ジーナ

なんでそんなに冷静でいられますの!?

 ジーナのツッコミに反応したように後ろに出来ていた書割にはめられた豆電球が一つ点く。

ジーナさんに一ポイントです

秋乃

いつの間にこんな準備を。さすがです、マスター!

ゆかり

ダメだよ、秋乃丸。そこで気合入れて、いつ用意したのよ、これ! みたいに言わないと

 そう言ったゆかりの背中側の書割にも一つ豆電球が点く。

ゆかり

あたしも一ポイント!

秋乃

むむむ、私だけ一人出遅れた形ですね

ジーナ

なんでそんなにやる気いっぱいなんですの

 呆れたように呟いたジーナの後ろで点いていた電球が消える。

秋乃

どうしてでしょうか?

ゆかり

ツッコむタイミングで呆れてたからじゃない?

ジーナ

なんでしょう、無性に悔しいですわ

 ジーナは頬を膨らませて書割に埋め込まれた電球を数える。

ジーナ

八、九、全部で一〇ということはこれが全部光れば勝ち、ということですわね

ゆかり

うーん、なんか燃えてきた

秋乃

頑張ります

 暴走した要に引き摺られて始まった謎のツッコミオーディションはノリと勢いだけで生きる三人娘の悪乗りでにわかに盛り上がりを見せ始めた。

小木曽

それでは、これよりツッコミオーディションのルールを

ゆかり

なんで裕一が司会やってるの!

 ゆかり 二ポイント。

ゆかり

やったー

小木曽

これから起こる様々な事態にツッコミを入れていただき、うまいものにポイントが発生します

ジーナ

それはもうわかっていますわ!

 ジーナ、一ポイント。

秋乃

むー、私にはまだデータが足りませんが、とても瞬発力が要求される競技のようです

ゆかり

いや、競技じゃないから!

 ゆかりはちらりと要の方を見るが、要はそれに首を振る。

ゆかり

ダメなの?

今のはちょっとありきたりかな

ジーナ

意外と判定が厳しいですわね

小木曽

もちろん、減点となる場合もありますので、早く正確に面白いツッコミをお願いします

ゆかり

なんだか数学のテストみたいでやだなぁ

 こうして要の熱暴走のようなストレス発散を目的としたツッコミオーディションは始まった。
 しかし……

小木曽

何食べる?

ミートパイ

小木曽

欧米か!

ゆかり

……

ジーナ

……

ゆかり

ねぇ、あたし気がついたことがあるんだけど

ジーナ

奇遇ですわね。私もですわ

 三人の背中にある電球が全て消えてから久しい。

 それでも要のネタ振りは続いていた。

ゆかり

要くんもしかしてボケを考えられない?

ジーナ

既に定型化したネタを少しもアレンジせずに使ってくる豪胆さには敬意を表しますわ

最大限褒めてそれなの?

 要の口から出てくるのは一昔前に流行になった芸人のネタばかり。返しももちろんわかっているものばかりなせいで小木曽のツッコミにも力がない。

秋乃

なるほど。私にも少しツッコミというものがわかってきました

 お笑いなどデータにない秋乃だけが感心して聞いている。

ゆかり

なんていうかさ。要くん、もういいよ

ジーナ

そうですわ。世の中には適材適所。あるべき立ち位置というものがあるのですわ

それはフォローじゃなくてトドメだよ!

 耐え切れなくなった要のツッコミにジーナとゆかりが満面の笑みで迎える。

ジーナ

これですわ、これ

ゆかり

やっぱ要くんはこうじゃないとなぁ

うぅ、面白いこと言えないと話題の中心に入れないんだ……

ゆかり

何か落ち込んでる!

秋乃

過去に悲しいことがあったのですね

ジーナ

要様にとってツッコミは生き抜く術だったのです

秋乃

マスターが命を懸けて身につけた技術。一朝一夕で使いこなそうとした私が愚かでした

そんな壮大な話じゃありません!

ジーナ

では、どういう話なのですか?

改めて話せと言われるとそんなに面白い話ってわけでもないんだけどさ

中学とか高校の頃に急に面白い話でもしてよ、とか言われてうまく答えられないとそれだけで面白くない、ノリが悪い人間だって思われちゃうじゃない?

ゆかり

そうなの?

人間の社会ではそうなの!

ゆかり

それでたまにはボケ側に回ってみたかったってわけね

秋乃

結果として、私はともかくゆかりさんもジーナさんも笑っていなかったことから推察するに、マスターは面白くなかったということでしょうか?

ジーナ

秋乃さん、それは言ってはいけませんわ

うぅ

 秋乃の無邪気な一言に要は頭を抱えてしゃがみこむ。

ゆかり

あーあ、またヘコんじゃった

 今にも柔らかい絨毯の中に沈み込んでしまいそうな要を見下ろして、三人は考え込む。

ジーナ

でも自分が苦手なことに挑戦するという気持ちが大切だと思いますわ

ゆかり

そうだね、ジーナいいこと言った!

秋乃

では、我々も苦手なことに挑戦してみてはどうでしょうか?

ゆかり

苦手なこと? バイトとか

ジーナ

えぇ、いい考えですわ

そんなことされたらまた俺の負担が増えるばかりじゃない

 珍しくやる気を見せたゆかりたちにそんなことを言えるはずもなく、要はさっきまでとは違う理由で頭を抱えた。

八話 僕たちにはツッコミが足りない(前編)

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