なぁ、高橋。お前あの幽霊コンビニでバイトしてるんだよな?

え? そうだけど?

 大学構内のカフェ。授業の合間の暇な時間を埋めながら、要は少人数の講義で知り合った数少ない友人と次の授業を待っていた。

お前幽霊にとりつかれたりしてないよな?

してそうに見える?

ぱっと見てそう感じないから逆に怖いんだよ

さぁ、もうとりつかれてるかもね

 笑った要に友人は乾いた笑いで答える。

冗談だったのに本気でビビってるよ。どう話を変えようかな

 そこに助け舟を出すように要の携帯が鳴った。

あ、ゴメン。ちょっと出てくる

あぁ、わかった

 席を外して電話に出るといきなり鼻声が耳元で響いた。

百手

高橋くぅん。明日シフト入れたりしないかなぁ?

店長? それは構いませんけど、何かトラブルですか?

百手

トラブルというか、これからトラブルが起こるというか

秋乃さんに何かあったんですか?

百手

いや、そういうわけじゃないんだけどね。とにかく明日説明するよ。あ、休日出勤手当ては出すからね

わかりました。それじゃ明日に

バイトのシフトが急に入っても予定を確認する必要がないって悲しいなぁ

お、終わったか

明日急にシフトが入ったよ

お前、やっぱりとりつかれてるんじゃないのか? 呼ばれたら絶対バイト出ちゃう呪いとか

ちゃんと授業も出てるし大丈夫だよ

 未だに疑う友人に溜息をついて、要はないことがわかっている白紙の手帳を開いた。

おはようござ

百手

ありがとーう!

テンション高っ!

 抱きつこうと突進してきた百手を飛び退いて避けて、要は距離をとる。

ちょっと気持ち悪いんですけど

百手

いやぁ、本当に助かったよ

それでいったい何があったんですか?

百手

とりあえず着替えてきてよ。あいつらが来る前に

あいつら?

ロッカールームに押しやられるのは初めてバイトに来たとき以来だな。相当焦ってるな

 着替えを済ませて店頭に戻ってきたところで、団体客が入ってきて店内に黒服が散らばった。

何なんだ、急に

百手

これがあるから高橋くんに来てもらったんだよ

これって何ですか?

百手

店舗調査だよ。私たち異種族が人間たちと共存できるように取り計らってくれている団体があってね。そこが時々人間に迷惑をかけていないか調査に来るんだ。モンスターズ・イン・ブラック。通称MIB

そんなものが

百手

一応武闘派の精鋭魔族や異種族で構成されてるからケンカ売ったりしないようにね

しませんよ。でも、店長だったら勝てちゃうんですか?

 要の思いつきの質問に百手は肩を跳ね上げる。

百手

昔、コンビニ経営が軌道に乗ってなかった頃にね。鬼頭さん、異種族管理会社の代表さんにMIBに入らないか誘われてね

断ったんですか?

百手

うん。断りついでにみんなのしちゃって、『俺より弱い奴の下につくつもりはない』ってカッコつけて以来、目の敵にされてるんだよー

自業自得じゃないですか

百手

だってその時見てたアニメが面白くてね

そんな理由で!?

だから昨日泣きついてきたんですか

百手

そう言わないでおくれよ。今日だけだからさ

でも店内にあんなに黒服がいたら他のお客さんに迷惑なんですけど

百手

調査だからね。仕方ないところはあるんだろうけど

 商品を見る振りをしながら今も要と百手の方を確認していて、とてもやりにくい。

それでどうして俺が呼ばれたんですか?

百手

一つは君が特に我々から被害を受けていないからだよ

だいぶ受けてると思うんですけどね

百手

何故か高橋くんは頑丈だからね。それから他のバイトは迷惑を実際にかけるのばっかりだから

一応店長もわかってるんですね

 ゆかりはウイルスを撒き散らすし、小木曽の存在は見つかってはいけない。ジーナも初日から要を襲おうとしたし、百手も要に巻きついたことがある。

秋乃さんは?

百手

彼女は人間にしか見えないのに、君のことマスターって呼んじゃうからね。何かに操られていると思われると困るし

結局俺しかいないってわけですね

 そこでようやく要は気がついたが、今日は騒がしい休憩室が水を打ったように静かだった。

 どうやら本当にゆかりもジーナも来ていないらしい。

百手

あとはいつも通り仕事をしてくれればいいから。そのうち帰ると思うよ

わかりました

 しかし、店内には散らばった黒服がいるばかりでまともなお客さんは一人もいない。

 そしてよく見ると、サングラスをかけた黒服の隙間から見える瞳は赤、青、黄色のカラフルなもの。帽子をかぶっている黒服は少し浮いているところを見ると角か何かが生えているのかもしれない。

無事に終わってくれればいいけど

ごきげんよう

いっ!

 要の願いも虚しく、自動ドアが開いてジーナが入ってくる。

 上品な言葉遣いには似合わない上下ジャージ姿が物悲しい。

ジーナ

どうされましたか、要様

いや、なんでも。今日はどうしたの?

ジーナ

急にバイトが休みになりまして、暇してましたの

そうなんだ。ゴメンね、俺にしか出来ない仕事があるらしくてさ

ジーナ

要様は優秀でいらっしゃいますからね

ははは

 乾いた笑いを浮かべる要に黒服の視線が刺さっている。

ジーナさんに下手なこと言わせないようにしなきゃ

それで何か買い物?

ジーナ

いえ、要様のお顔が見たくなって

そ、そう

ジーナ

私、いつも要様のことを考えておりますのよ。あなた様の精を

わー! わー!

ジーナ

どうしましたの、そんなに騒いで

その話はまた明日にしよう。ね?

ジーナ

私の気持ちにようやく答えてくださいますの?

そういうわけでもないんだけど

 いい渋った要の言葉などもうジーナには届いていない。

ジーナ

では、明日。私、一日千秋の思いで待ちわびておりますわ

セリフだけなら素敵な誘いなんだけどなぁ

 現実は立ち去っていくのは小学生にしか見えないジャージ姿の夢魔で、求められているのは要の精力だけだ。

秋乃

こんにちは、マス

あ、あぁ、秋乃さん!

秋乃

どうかしましたか、マス

ちょっと静かにしてもらっていいかな!?

 ジーナが帰ってほっとしたのも束の間。いつの間にか現れた秋乃に要は身振りを大きくして答える。

今はマスターって呼んじゃダメ、いいね

秋乃

はい、マス

えぇと、枡は置いてないかなぁ

秋乃

いえ、私は枡を買いにきたわけでは

そういうわけだから他のお店を探してもらえるかな?

秋乃

は、はい。わ、わかりました。枡、枡

 秋乃は疑問を小声で口にしながら店を出て行く。

明日枡を大量入荷してこないようにメール入れとかなきゃ

百手

すまないね。来ないようにって言づけておいたんだけど

 物陰から様子を窺うように百手が顔を出す。

謝るくらいなら助け舟出してくださいよ

百手

無理だよ。何かの拍子に触手出しちゃったら怒られるんだよ

最強生物が弱気なこと言わないでくださいよ

 とはいえまだ話の通じる二人で助かった。本当に怖いのはゆかりの方だ。たぶん要の言うことは聞かないし、あまのじゃくに逆をする可能性もある。

 何より小木曽を連れている以上、何か命令をして小木曽がそれに従ったらその時点で疑われてしまう。

俺一人じゃ手に負えないかもしれないぞ

 溜息混じりに吐いた弱気が何かを呼び寄せたのか。狙ったように自動ドアが開いて、入店音が鳴る。

ゆかり

やっほー!

……マジで?

 走りこんでくるゆかりの姿に要は隠すつもりもなく大きな溜息をついた。

七話 Monsters in Black(前編)

facebook twitter
pagetop