昼になってもベッドの中に留まっているのはいつぶりだっただろう。

 久しぶりの休日だった。

 仕事は完了したので今日の予定は一切ない。あとは次の龍を見つけるまでわたしは無職だ。

とにかく今日は寝る。今から二度寝だぞ! 三度寝だって辞さない覚悟なんだから!

 しかし寝ようとしている時に限って、外がやけに騒がしいことが気になった。

……なんだろう? 普段の町の雰囲気とは違う気がする

 わたしはベッドから出て宿の窓を開けた。

グルオォォオオオ!!

 町の上を巨大な影が通過する。見上げると龍が荒々しく空を旋回していた。

……え? なんで?

 龍は通常、理由もなく人の営みの傍にはやってこない。だから治療の間も郊外の谷間に逗留していたのだ。

ギャオァアオオ!

 突如、龍が雄叫びを上げながら炎を吹いた。

 炎は上空で消え失せたが、散り散りになった火の粉が雪のように町に降り注いできた。

な、何この状況!?

 わたしは急いで宿を飛び出した。

 幸いどこも火事にはなっていないようだった。

でも、次に龍が地上に向けて火を吹いたりしたら……

 ふと、ロイローが前に言っていたことが頭をよぎった。

ロイロー

龍は二百歳を越えると狂って人々を襲うようになる!

……で、でも、それは歯が悪化した痛みだったはずなのに……

ロイロー

結局、歯と龍の狂いには因果関係などなかったのではないか?

 突如、わたしの目の前にロイローが現れて言った。

そ、そんなことは……

 わたしは否定したかったが、ことができなかった。

 ロイローの隣にはジン皇子の姿もあった。彼はこれまで見せたことのない険しい顔をしていた。

ジン

……今は原因を探っている場合じゃない。町に被害が出ないうちに仕留めるんだ!

……仕留める?

 ジン皇子は殺しを避けようとする心優しい人なのだと思っていた。

 そんな彼が決断を下したことがショックだった。

……………

 呆然としていると空にいた龍が急降下してきた。

ロイロー

こっちに来る! 我々を狙っているぞ!

 ロイローが駆け出す。

 立ち尽くしているとジン皇子に腕を引っ張られた。

ジン

こんな狭い通りでは周りに被害が出る。広場の方へ誘導するんだ!

 わたしはジン皇子と一緒に走った。

 町の人々は概ね建物の中に避難していた。

 龍は時おり雄叫びを上げながら、空を滑るようにしてわたしたちを追ってくる。

 わたしは焦るあまり足をもつれさせた。

 風を切り裂く音とともに龍の爪が襲いかかってきた。

ギィン!!!

 重い金属質な音が響き渡った。

 顔を上げるとジン皇子が剣の鞘で、龍の爪を受け止めていた。

ジン

――ハッ!

 気合一閃、ジン皇子は攻撃を受け流して龍の巨体をひっくり返した。

ジン

ロイロー! 今だ! 縛って地面に縫い付けろ!

ロイロー

御意!

 ロイローは両手を印を結び詠唱を始めた。

 瞬間、黒い線状の霧が出現し、龍の四本の足を地面に縫いつけた。

 龍は激しく抵抗するが、身動きが取れない。

……そうだ。この人たちは龍を殺すためにやってきた人たちだったんだ

 今さらながらその現実を突きつけられる。

ジン

人に仇なす邪龍よ。今、ここで命を絶たせてもらう!

 ジン皇子は鞘から剣を抜いた。

 わたしは息を呑んだ。

 ジン皇子の剣は普通ではなかった。刀身は鋭い鱗が覆っているかのようにギザギザしている。

 見るのは初めてだったが、わたしはその武器のことを知っていた。

……ド、ドラゴンキラー?

 龍の歯科医である祖母が嫌っていた、竜を殺すために作られた剣だ。

……グルルルルゥウ!

 龍が低い唸り声を上げた。

 龍は聡い。自分の死をその剣に見たのかもしれない。

 その時、龍と目が合った。

 巨大な眼球がわたしの姿を映し出していた。

 怒り狂っているわけではない。苦しんでいるのだ。この町についてから一月刻、ほぼ毎日会っていた龍だ。勘違いなわけはない。

待って!

 わたしはジン皇子の前に両手を広げて飛び出した。

 龍に踏み込もうとしていたジン皇子は声を荒らげた。

ジン

危ないだろ! 巻き込まれたいのか!?

もう一度だけ調べさせて! この龍は狂ってなんかいない。わたしの治療が悪かっただけかもしれない。それだけでも確かめさせて!

ジン

この状況で龍の口に入ろうってのか?

龍には敵意が感じられない。ただ苦しくて、悲しくて、もがいているだけなの

ジン

あんた、下手したら死ぬぞ? どれくらい危険かわかっているだろ!?

わかってる! でもここでわたしが確かめないと、歯の痛みで苦しんでいる龍が全て狂ってしまったことにされてしまう!

ジン

……………

 ジン皇子はわたしのことを黙って見つめた。もしかしたら狂っているはわたしの方だと思われたかもしれない。

ジン

ロイロー!

ロイロー

はい、殿下!

ジン

そのまま縛り続けてろ!

ロイロー

な、なぜです?

ジン

確かめなきゃいけないことがある!

 ジン皇子はわたし向き直ると早口で言った。

ジン

仕事道具を取ってこい。ただし、少しでも龍が危険だと判断したら即座に斬り捨てる。いいな?

わかりました!

 わたしは踵を返して宿へと走った。

 とにかく時間がない。自分の部屋に戻るとカバンをつかんでジン皇子の元へ急いだ。

 広場に戻ってくると周りの建物がいくつか倒壊していた。

 龍はロイローの魔法に縛られたままだったが、相当暴れたらしく、かなり場所を移動していた。

ロイロー

持ってあと三分刻だ!

 ロイローの表情はかなり疲弊していた。

 わたしは龍の傍へと走り寄る。心の中で口を開くように念じる。

 龍は低い唸り声を発しながら顎を開いた。

やっぱりこの龍は狂ってなんかいない! 意志がしっかり通じている!

 わたしはカバンから支柱を全て取り出し、素早く龍の顎に設置した。

 荒ぶっている龍を相手にどれほど効果があるかわからないが、少しでも時間を稼げれば上出来だ。

よしっ!

 わたしは地面を蹴って龍の口の中に潜り込んだ。

エピソード6へつづく ☞ 

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