龍の口の中は相変わらず洞窟のようだった。
しかし今日はいつにも増して口内が暑かった。
いや、違う。これは熱い、だ。
龍の口の中は相変わらず洞窟のようだった。
しかし今日はいつにも増して口内が暑かった。
いや、違う。これは熱い、だ。
そういえばこの龍は炎を吹くんだった
口の中では逃げ場がない。しかしここまで来た以上、前へ進むしかないのだ。
ふと背後に気配がした。振り返るとジン皇子がわたしの後に続いて口の中に入ってくるところだった。
な、なんでついてきてるの?
言ったよな、見届けるって
でも、昨夜は寝てたくせに
あ、あんただって寝てただろう
こんな時だというのに、少しだけ気持ちに余裕が持てた。
わたしたちは口の中を急いで進んだ。
ここです!
口の中の最も奥にある歯に辿り着いた。
わたしは塞いだばかりの蓋を外すことにした。
カバンから鉤爪を取り出す。しっかり接着したので簡単には外せないだろうが、開けないことには原因がつかめないのだ。
……え?
意外なことに蓋はあっさりと外れた。
戸惑っているのも束の間、歯の穴から線状の黒い霧が噴出した。
……シュウウウウ
それは散らばってすぐに見えなくなった。
……い、今のって
…………………
……ロイローさんの、魔力に似てた?
思わず考え込んでしまいそうになった。
だけど今は時間がない。とにかく行動を起こさなければいけないのだ。
わたしは蓋の外れた歯の中を覗き込んだ。
……ウッ!
歯の中はグシャグシャだった。せっかく洗浄して固めた神経の周りも、まるで嵐に蹂躙されたかのように掻き乱されていた。
……こうなってはわたしでは手に負えません。脱出しましょう
本当は治してあげたい。でも、この状況下ではわたしにできることはないも同然だった。
いや、まだやれることはあるんじゃないか?
え、えええ? いや、無理ですよ!
わたしはジン皇子に現状を説明をした。
歯の中に仕込まれていたものは抜くことはできた。だけどグシャグシャにされた患部は今もなお強烈な痛みを発し続けているはずだ。龍はまだ暴れ続けるだろう。
要するに一瞬で治療ができればいいんだろ? だったら抜いてしまえばいいじゃないか。人間の歯と同じように
……龍を相手にそんなこと簡単にできるわけないです。前にそう言ったじゃないですか
できるさ
ジン皇子は平然と言い切った。そして手にしてドラゴンキラーを構えた。
これは龍の硬い体でも傷を与えるように作られたオリハルコン製の武器だ。命を絶つことができるなら、歯茎を根本から切り取ることも可能じゃないか?
………………ッ!?
わたしは驚きの言葉を失った。なんという飛び抜けた発想力だろう。
もちろん危険なのはわかっているさ。麻酔もかけてやれないんだろう? 痛みで龍がもっと暴れるかもしれない。炎だって吐かれたりするかもしれない
でも、もしもこの龍が耐えてくれるのなら、あながち成功の目もあるんじゃないか?
もっともあんたが協力してくれなきゃ無理だけどな。俺は歯科医じゃないから、どこをどう切ればいいかわからない。なあ、手伝ってくれるか?
て、手伝うも何も、もともとこれはわたしの仕事じゃない!?
いや、あんただけの仕事ってわけでもないだろ。上手くいけば龍の研究にもなるんだから
……それに、さ
俺の仕事道具も、龍の命を奪うだけじゃなく、命を助けるために使ってみたいんだ。あんたみたいに
そこまで言われてしまっては、わたしはもう何も言い返すことはできなかった。
外からロイローの切羽詰まった声が聞こえた。
ジン殿下! 限界です! あと一分刻も持ちません!
ロイロー! 今から一仕事する! 龍の動きがもっと激しくなるかもしれないが、気合を入れて縛りつけておけよ!
ジン皇子はドラゴンキラーを両手で持ち直した。
さあ、やろうぜ。どこから切り込めばいい?
ゆっくり調べている暇はない。
わたしはこれまでの経験と勘を総動員し、剣を切り込む場所と角度をジン皇子に示した。
わかった。やるぞ!
ジン皇子はドラゴンキラーを振りかぶり、龍の歯茎に叩き込んだ。
ギォオオオオオオオオオオオオオオオ!
喉の奥から龍の咆哮が上がった。
ドラゴンキラーは深々と歯茎に突き刺さった。
しかし奥歯を丸ごと抉り出すには浅すぎる。
まだまだぁ!
ジン皇子はドラゴンキラーを手元に引き、それから体ごと踏み込むようにして刀身を押し込んだ。まるでノコギリのような使い方だった。
熱い血が吹き出した。でも、ジン皇子は引かない。わたしも顔を背けなたりはしなかった。
そこから対称的に切り返して!
刀身が十分な深さに到達したのを見届け、わたしはジン皇子に指示を出した。
ジン皇子はVの字で歯を抉り出そうとする。
初撃は勢いをつけられたが、切り返しは刀身が肉に食い込んでいるので難しい。
ジン皇子の顔が歪む。
ぐ、お、お、ぉおおおおお!
ジン皇子は両足を踏ん張ってドラゴンキラーを持ち上げていく。
バキン!
不吉な音が響いた。
剣が折れたのかと思ったが、龍の口を固定していた支柱の一本が折れた音だった。
龍も相当な痛みを感じているのだろう。顎によりいっそうの力が入り、他の支柱も次々に折れていった。
最後の一本が粉砕され、龍の上顎が急降下してきた。
ジン皇子、危ない!
わたしはジン皇子に飛びついた。
二人一緒に龍の舌の上を転がり、かろうじて上の歯に貫かれるのを避けることができた。
口が閉まったので一度真っ暗闇になったが、再び龍が口を開けたので光が差し込んだ。
ジン皇子は歯茎に刺さったままのドラゴンキラーをつかんだ。
いったんしゃがみ込み、肩に担ぐようにして両足を踏ん張る。
これで、最後、だ!
ドラゴンキラーが歯茎を持ち上げる。
わたしも横から鉤爪を引っ掛け、上へ向けて精一杯に持ち上げた。
いっけえええぇえ!
でいやあぁああ!
ガッ!!!
支えていた力が一気に解放され、ついに奥歯が歯茎から切り離された。
やった! 切れた! 抜けた!
……ん? 何か様子がおかしい
喜びも束の間、急に龍の口の中の風向きが変わった。
奥の方に真っ赤な光が灯るのが見えた。
炎が来る! 急いで外に出るんだ!
わたしとジン皇子は一緒に外へ向かった。巻き込まれたら間違いなく致命傷だ。
ゴウッ、と物凄い風圧と熱が背中に迫りくる。
――間に合わない!?
突如、腕を強く引っ張ら、ジン皇子に抱きかかえられた。
彼は自身のマントでわたしを包み込んだ。
ジン皇子は龍の歯を蹴った。
しかしわたしたちを追いかけるようにして灼熱の火炎が一閃した。
エピソード7へつづく ☞