ジン

お疲れ様。昼休みか?

うん。昼ごはん

 わたしが龍の口から出てくると、外ではジン皇子が岩場に座って待っていた。

 ジン皇子がやってきて三日刻が経っていた。

 彼はわたしの仕事を朝から夕方まで変わらずに眺めている。

 わたしは昼用に用意しておいたパンを食べ始めた。

 最初はわたしの食事の量に驚いていたジン皇子だったが、今ではもう見慣れたのか何も言ってこない。

ジン

それにしてもあんた、やっぱり凄いよな。見ていると常に動きまわっている。歯科医っていうからもっと繊細な感じを想像してたからさ

わたしなんて大したことはしてません。それよりも大変なのは龍の方ですから

ジン

なぜ? 働いているのはあんただろ。龍は動かないで座っているだけじゃないか

動くよりも動かないでいることの方が難しいものです。治療中なら特に。龍の歯の治療はほとんど治水工事みたいなものです。悪い部分を叩いて、割って、削ります。その間、龍はずっと痛みに耐えています

痛いからといって動かれるととても危険なんですけど、この龍はほとんど動きません。とても我慢強いんです。半人前のわたしでも治療が滞りなく進められるのは、この龍がとても協力的だからなんですよ

ジン

謙虚なんだな、あんた。そういうところを含めて感心するよ

いいえ。祖母と比べるとわたしはまだまです。よく動いているように見えるのは無駄な動きが多いからなんだと思います。現に今日も工具の一つを痛めてしまいました。宿に戻ったら手入れをし直さないといけません

ジン

工具を? 龍の歯ってそんなに硬いのか? ちょっとそれ、見せてもらえるか?

いいですよ。これです

 わたしはカバンから手回し式のドリルを取り出した。

 使い込んでいるため正直かなりボロイ。なのにジン皇子は驚きの声を上げた。

ジン

おお!

ジン

オリハルコン合金じゃないか。いいものを使っているな。ああ、確かにところどころ欠けている。これを摩耗させるなんて、龍の歯はよほどの強度なんだな

そうなんです。なので角度を計算して、ドリルの方が傷まないように注意深く作業していかないと……

って、オリハルコンのことがわかるんですか?

ジン

まあ、これでも王族の端くれだからさ。ガキの頃から教育係にあれこれ勉強させられてきてるんだ

さ、流石は王様なんですね……

ジン

いやいや、俺が王様なわけじゃないよ。皇子だから、王様の息子だな。それも第二。要するに候補者の一人にすぎないんだ

 ふと、初日にジン皇子がロイローと王位について話していた時のことを思い出した。

 それを訊ねるとジン皇子は少しだけ苦笑した。

ジン

ああ。アスタリア王国には龍を倒した者が王位を継承する、というしきたりがあるんだ。ロイローの奴は堅物だから、どうしても俺に龍を倒させようと必死なんだよ。すまない。悪い奴じゃないんだけどな

そういう事情があったんですか

 ちなみにロイローはわたしの仕事にはあまり興味がないようで、時おりしかこの仕事場に姿を現さない。

ジン

しかしあんた、本当に王族のことに疎いんだな。だいたいの人間はそんなこと遠慮して訊いてこないものだよ

そうなんですか? す、すいません。田舎者の上に粗忽者で

ジン

いいんだ。むしろ気が楽でいい

 そう言ってジン皇子は軽やかに笑った。



 ジン皇子がやってきて一週刻が経った。

 わたしの仕事ぶりが評価されたのか、龍の討伐は見送られたようだった。

 仕事場にジン皇子がいることも日常の一部となり、わたしは龍の治療に専念していった。

 そしてついに治療の山場がやってきた。

 その日の朝一番、わたしはジン皇子に説明した。

今日はこれから龍に全身麻酔を打ち、徹夜で治療をすることにしました。この龍にとって一番難しい治療となります

ジン

徹夜? そんな無理をしなくても、二日に分けてやればいいんじゃないか?

龍の麻酔は強力なものを使わなければなりません。それ故に体への負担が大きいんです。人間だって二日もずっと寝ていたら体がバキバキになるでしょう? 一日にまとめるに越したことはないんです

ジン

でも徹夜なんかしたら、あんたの体にも負担がかかるんじゃないか?

この作業が終われば治療はほとんど終わりです。翌日からわたしはしばらく休むつもりなので、問題ありません

ジン

そうか。まあ、あんたが大丈夫って言うなら信用するよ。けど……

けど、なんですか?

ジン

あんた、意外と抜けてるところもあるからさ。この前なんて工具を地面に置いてるのに、バッグに入れてると思って必死に探していただろ? 俺に見られてないと思ってただろうけど、見てたから。ガン見してたから

そ、それは……そういうこともあるでしょう! 賢い龍なんかじゃなくて、人間だもの

ジン

徹夜の間に眠り込んでしまって、龍の麻酔が切れたらバクンと丸飲みに、ってことになったりは……

しません!

……と、言い切りたいとは思いますけど

ジン

ハハハハハハハ!

 ジン皇子は声を上げて笑ったが、決して嫌な感じではなかった。

ジン

まあ、夜も俺が見ててやるよ。あんたの仕事は最後まで見届けるつもりでいるんだ。大丈夫。いざって時は助けてやるからさ

 からかわれている気はしたが、ジン皇子の言葉は素直に嬉しかった。


 ……でも、この夜にあんなことが起こるとは、まだわたしは知らなかったのだ。

エピソード4へつづく ☞ 

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