目の前に迫る刃――。
避ける余裕なんて、もはやない。


私は最後の一瞬に備えて全身から力を抜く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ハミュン

させないんだからぁ~っ!

 
 
 
 
 
 
 
不意に窓の向こう側から
電光石火の勢いでハミュンが飛来してきた。

そして私に斬りかかっていた私兵の
腕に体当たりをする。
 
 

 
 

ハミュン

がっ……っ!!

伯爵の私兵

くっ!

 
 
 

ミリア

うくっ!

 
逸れた剣は私の腕をかすめていった。

少し切り傷は受けてしまったものの、
既の所で致命傷は免れる。


傷口は脈に合わせてズキンズキンと痛い。
 
 

ルドルフ

おらぁっ!

 
私に斬りかかった私兵は、
直後に駆け寄ってきた座長が切り捨てた。

さらにアルベルトとアーシャ、アランが
私たちを庇うように立って守ってくれる。
 
 

アルベルト

大丈夫か、ミリアっ!

ミリア

うんっ!
それよりもハミュンがっ!

ハミュン

…………。

 
ハミュンは床に倒れたままだった。

斬られた様子はないけど、
私兵に猛スピードで体当たりしたから
当たり所が悪かったら命だって……。



ゴメン、ハミュン!
私を守るためにこんな無茶をさせてっ!


私は即座に手のひらで優しく包み、
顔を近付けて脈と息があるかを確認する。
 
 

ハミュン

あ……ぅ……。

ミリア

ハミュン!

ミリア

今すぐに回復魔法を
かけてあげるからっ!

 
私は傷が癒えることをイメージしながら
フロストのフルートを吹き始めた。


曲は演奏できなくても、
音さえ出せれば私の魔法は発動させられる。

どうか死なないで、ハミュン!
 
 
 
 
 

 
 
♪♪~♪~♪♪♪~!!!
 
 

ミリア

私の家族を助けて……。

 
 
 

 

 
程なく温かな光がハミュンに降り注いだ。

すると徐々にハミュンの顔色が良くなっていき、
ついにゆっくりと目を開ける。
 
 

ハミュン

ミリア……。

ミリア

良かった!
ハミュン! ゴメンねっ!
助けてくれてありがとうっ!

ハミュン

いいのよ、これくらい。
ミリアも助かって良かった。

 
私の想いが神様に通じたのか、
ハミュンの怪我は回復していった。
それを見て
アランたちも安堵の表情を浮かべている。






その後、伯爵の私兵たちは
衛兵さんたちの活躍によって
無力化されていった。

伯爵自身もすでに拘束され、縛られている。


――今や残っているのはクラインだけ。



ただ、彼には隙がなくて誰も近付けていない。

疲れもほとんど見せず、
しかもこんな追い詰められた状況なのに
ニヤニヤと楽しげに微笑んでいる。
  
 

クライン

思った以上にやるな、あんたら。
こんなに楽しい戦いは久しぶりだ。

フロスト

あとはお前だけだ。降伏しろ!

クライン

それじゃ、面白くねぇだろ。

クライン

なぁ、王子様よぉ。
俺とサシで勝負しな。
それならこれ以上、
余計な犠牲も出ないだろ。

フロスト

…………。

クライン

このままだと、
衛兵どもが何人かは死ぬぜ?

クライン

あんた、そうとう出来るんだろ?
身のこなしを見ていれば分かるぜ。

フロスト

……分かった。相手になろう。

 
フロストは衛兵たちを退かせ、
クラインの前に出た。

そしてルード監察官から剣を受け取る。
 
 

ミリア

嫌な予感がする……。

 
胸の中がざわざわして収まらなかった。

全然、落ち着かない。
こんな感覚、初めてかも知れない。


このままフロストを戦わせちゃいけないって
私の本能が警告してるのかもしれないッ!
 
 

ミリア

フロストっ!

 
私は無意識のうちに叫んでいた。

真っ直ぐにフロストを見つめ、
張り裂けそうになる胸を押さえる。


するとフロストは
顔だけを私に向けて優しく微笑んだ。
 
 

フロスト

大丈夫だよ、ミリア。
僕は負けないから。

 
コーツ村の近くで傭兵たちに襲われた時にも
同じような言葉を聞いた。

そしてその時と同じように、
今回も胸がドキドキして体が熱くなってくる。

彼の笑顔が目の奥に焼き付いて離れない。
 
 
 
 
 

フロスト

…………。

クライン

…………。

 
2人はお互いに剣を構え、
仕掛けるタイミングをうかがっていた。

その場にいたほかの全員は
固唾を呑んで勝負の行方を見守る。
 
 

フロスト

っ!

クライン

でやぁっ!

 
――その時は不意に訪れた!

2人は地面を蹴り、
お互いに最大スピードで突進していく。
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 

  
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

フロスト

……んくっ!

ミリア

フロスト!

 
フロストは顔をしかめ、膝を突いた。
脇腹には血が滲み、床にポタポタと垂れている。


一方、クラインは――
 
 

クライン

……み……ごと……。

 
 
 

クライン

…………。

 
 
 
クラインは上半身に
袈裟懸けに深い一撃を食らい、
その場に倒れ込んだ。

あの傷と出血ではもう助からないと思う。
事実、そのまま指先ひとつ動かなくなる。



――フロストの勝ちだっ!
 
 

ミリア

フロスト~っ!

 
 

 
 

フロスト

っ……。

 
私はフロストに駆け寄って体を抱きしめた。


温かくてがっしりとした体つき。
スーッとするミント系の香水のいい匂いが
鼻の中に広がってくる。
 
 

ミリア

今から回復魔法をかけるから。

 
――神様、フロストの命を助けてくださいっ!

私は彼を抱きしめたまま、
斬撃による傷が癒えるようにと祈った。
 
 

 
 
媒体とする音は私の心臓の音――。

大きく高鳴っているから、
フロストにも確実に伝わってるはず。


私の奏でる、彼のためだけの演奏だ。
 
 

ミリア

聞こえるでしょ、私の心臓の音。

フロスト

あぁ……心地いい響きだ……。
こんなに素晴らしい
演奏を聴いたのは
生まれて初めてだよ……。

 
その直後、回復魔法は見事に発動して、
フロストの怪我は治っていった。


……良かった……本当に良かったっ!
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第37幕 あなただけに伝わる音

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