私たち一座も大広間の隅へ避難した。
本当は部屋の外へ逃げたいけれど、
出入り口付近には伯爵の私兵たちがいて
それができない。
私はかさばるアコーディオンを床に置き、
フロストから預かった
フルートだけを握りしめて推移を見守る。
――私のアコーディオンは
きっと争乱に巻き込まれて壊れちゃうだろうな。
でもこの状況じゃそれは仕方ない……。
その代わり、
このフルートだけは絶対に守ってみせる!
彼から預かった大切なものだからっ!!
そして直接、手渡しで返すんだッ!!!
私たち一座も大広間の隅へ避難した。
本当は部屋の外へ逃げたいけれど、
出入り口付近には伯爵の私兵たちがいて
それができない。
私はかさばるアコーディオンを床に置き、
フロストから預かった
フルートだけを握りしめて推移を見守る。
――私のアコーディオンは
きっと争乱に巻き込まれて壊れちゃうだろうな。
でもこの状況じゃそれは仕方ない……。
その代わり、
このフルートだけは絶対に守ってみせる!
彼から預かった大切なものだからっ!!
そして直接、手渡しで返すんだッ!!!
こうなれば王子も
監察官も衛兵も一座も
皆殺しだっ!
見苦しい男だ。
これがバサールの本性か……。
やれやれと肩を落とし、
深いため息をつくフロスト。
そのあと、
周りを囲む兵士たちをわずかに退かせ、
意を決したような目つきで
伯爵の私兵たちを見やる。
サットフィルドの兵士たちよ、
手向かいをしないなら
罪を問うようなことはしない。
剣を収めよ!
それともこのまま
バサールと心中するかい?
伯爵の私兵たちの多くが戸惑っていた。
心を決めかねているのか、
お互いに顔を見合わせて様子をうかがっている。
やがてそんな中からひとりの兵士が前に出て、
持っていた槍を床に置いた。
そしてひざまずいて深々と頭を下げる。
私はフロスト王子に従います。
これ以上、
市民を苦しめる者のために
働くことは出来ません。
そ、そうだっ!
俺の家族や町のみんなは
伯爵に苦しめられてきたんだっ!
従って堪るかっ!
俺も伯爵なんかのために
戦いたくはないっ!
堰を切ったように兵士の多くは剣や槍を置いて
大広間から去っていった。
こうして最終的には
伯爵とその側近たちだけが
フロストたちと対峙することとなった。
それでも兵士の数はまだまだ多いけど……。
くっ!
自業自得ってヤツだね。
ま、あれだけの悪政をしていれば
当然だけど。
観念しろ、バサール。
今ならまだ酌量の余地はあるぞ?
――全員、動くなっ!
その時、大広間の出入り口の方から
大きな声が響いてきた。
そちらに視線を向けると、
伯爵の執事がアーシャの首に剣を突きつけて
立っていた。
ふっふっふ!
…………。
アーシャ!
人質がどうなってもいいのか?
おおっ! でかしたぞ!
……外道が。
僕はそんな脅しには屈しない。
みなの者、バサールを拘束せよ!
バカなっ!
人質がいるんだぞっ!?
ふっ……。
ひ、人質を殺せ~っ!
伯爵の指示を受け、
執事はアーシャを床にうつ伏せに押さえつけ、
持っていた剣を胴体めがけて振り下ろした。
かはっ……。
アーシャ!
はーっはっは!
王子の無謀な指示のせいで
少女が死んだっ!
……卑怯者。
なっ!?
アーシャは剣が体に刺さったまま起き上がった。
切っ先は体を貫通し、
腹の辺りから十数センチくらい飛び出ている。
通常ではあり得ないその光景を見て
執事は腰を抜かし、床に尻餅をついた。
瞳は恐怖の色に染まり、
歯をガタガタと震わせている。
そんな執事をアーシャは冷たく見下ろし、
眉を吊り上げて珍しく怒りをあらわにする。
あなたたち、最低ですッ!
バ、バカなっ!
なぜ動けるっ!?
アーシャは体に刺さった剣を引き抜き、
執事にその切っ先を向けた。
執事はただ震えるだけで動けない。
覚悟してくださいっ!!
ぎゃあぁああああぁーっ!
アーシャは躊躇なく執事を切り捨てた。
床には赤い水たまりが広がっていき、
彼はそれっきり動かなくなる。
それを見届けると、
アーシャは私たちのところへ駆け寄ってくる。
アーシャ!
大丈夫です。
魔法玉は傷付いていませんので。
フロストさんの作戦通りです。
でも怪我しちゃったじゃない!
こんなのすぐに治ります。
魔法力さえあれば
すぐに傷口は塞がりますから。
私の体はそうできています。
あ、悪魔めっ!
伯爵のその言葉を聞いて私はカチンときた。
失礼ねっ!
市民を苦しめてきたあんたの方が
よっぽど悪魔よっ!
うぐっ……。
いよいよ追い詰められた伯爵。
今のアーシャの様子を見て
私兵たちにも動揺が広がっている。
かなり士気は下がっているみたい。
これならもしかしたら、
戦わずに伯爵たちは降伏するかも。
でもそう思ったのも束の間――。
レンジャー風の青年が伯爵の前に歩み出た。
バサール様、ご安心ください。
まだ私がおります。
おぉっ! クライン!
――よぉ、ザコども!
さっさとかかってこいよ。
それともビビって
足が動かねぇのか?
腰抜けどもめっ!
クラインは蔑むような瞳で衛兵さんたちを見た。
それに刺激された衛兵さんたちは
剣を抜いて一斉にクラインに斬りかかる。
はぁっ!
ぐぎゃぁああっ!
っ!?
――剣の動きが見えなかった。
どこからどうやって
剣を振るったのか分からない。
気がついた時には
クラインに向かっていった数人の衛兵さんが
全て切り捨てられていた。
クラインは口元を上げ、怪しく微笑んでいる。
それを見た瞬間、私は全身に寒気が走った。
兵士ども、さっさと突撃しろ。
戦う気のないやつは敵味方関係なく
ぶっ殺してやる。
ヒッ!
クラインは殺意を含ませた瞳で
私兵たちを睨み付けている。
このまま動かなければ、
本当に斬りかかってきそうな雰囲気だ。
――と思っていた矢先!
ぐぎゃああああぁっ!
ひとりの私兵がクラインに斬り殺された。
さらにクラインはニタニタしながら
次のターゲットを探すかのように
私兵たちを見回していく。
それを目の当たりにした私兵たちは
死の恐怖を肌で感じ、
半狂乱になって衛兵さんたちに斬りかかった。
う、うわぁあああぁっ!
それをきっかけに、その場は大混戦となった。
私たちのところにも
私兵たちが襲いかかって来る。
今のところは
アーシャが追い払ってくれているけど、
いつまで対応できるか分からない。
だから私たちは
なんとか大広間から脱出しようと
私兵たちの隙をうかがっていた。
ただ、相手は死にものぐるいで
剣を振り回しているから
なかなかチャンスが生まれない。
あっ……。
その時、私兵や衛兵さんたちの位置がズレて、
偶然にも出入り口までのルートが開いた。
あとはそこを真っ直ぐに走っていけば、
大広間から出られる。
私はホッと息を息をついて――
ミリア、危ないっ!
えっ?
差し迫ったようなアルベルトの声で
私は顔を後ろに向けた。
すると目の前には私兵の姿があって、
しかも今にも私に向かって
剣を振り下ろそうとしている。
注意が周りから逸れていた僅かな間に
接近されてしまっていたらしい。
やられる……。
私は死を覚悟した。
迫る刃がスローモーションに見える。
あぁ……フロスト……私は……。
次回へ続く!