河川敷のテント小屋前でホームレスたちが酒を飲み交わしている所に突然勢い込んで勇人が走ってきた。
 
夏の夜とはいえ、とっぷりと日が暮れている。

なんや勇人、またブレンドコーヒーでも飲みとなったんか

いえ

なんや言うねん。暑苦しいやっちゃな

光太郎さんにお願いがあるんです。サッカーを教えて欲しいんです!

サッカー?……なんで俺やねん。頼む人間違ってるんちゃうか。俺がお前に教えることなんか、何もないで

光太郎さん、俺が何に悩んでたか、本当は知ってるでしょ?

はぁ?そんなもん知るかいな

俺は今まで逃げてたんです
オウンゴールだって、ディフェンスにいって、はずみでオウンになったんだから仕方ない。俺の実力はあんなもんやし、って
けど、絶対レギュラーを取り返したいんです!そやから、お願いします!俺に本当のサッカーを教えてください!!

そやから俺にはできんって言うてるやろ。悪いなぁ、誰か他のやつに頼んでくれ

光太郎は追い払うような仕草で、素っ気無くあしらった。
 
勇人は諦めずにズボンのポケットから写真を出して見せた。それは勇人が幼稚園のとき、サッカーセミナーで光太郎に教えてもらい、一緒に撮ってもらった写真だった。

ユニフォーム姿の光太郎の膝の上に乗ってピースサインの幼い勇人が写っている。




光太郎さんの膝の上にいるのが俺です
……光太郎さんは実業団でサッカーしてましたよね?

よけいなお世話や。お前みたいなガキに何がわかるねん! 俺の左足はもう、もう……、出て行け! 今すぐこっから出て行ってくれ!

よけいなこと言ってすみません…
また来ます

なんべん来ても、同じやで

悪態をついて光太郎はまた酒を煽った。
 



彩名は勇人の足音を聞きながら、意を決したように光太郎に近づいた。

あのぅ…
おじさん…、光太郎さん

誰やおまえは?

真田くんの同級生ですが、お願いがあります

なんや

真田くんに、いえ真田様にサッカーを教えてあげてくださいませ! ぜひに! お願いたてまつりまするー!

彩名は土下座して懇願した。

監視部の彩名にできることはこんなことぐらいだ、と思った。


ハッハッハッハッ……。息をはずませて、土手を一人でランニングをする勇人の元に、仲間に借りた自転車に乗った光太郎が現れた。

スパイクには『浪花ライナス』と書かれていた。

光太郎さん! 来てくれたんや
あれっ、そのスパイク……

まだ履けるのに履かんともったいないやろ。ホームレス魂に反するからな

似合ってますよ

あほぬかせ

光太郎は自転車で先に走り出した。勇人が光太郎の後を追って走り、忽ち追いつき、併走する。
 

そんな二人の様子をリサイクル工場の陰から彩名が見ていた。二人の遠くなる後ろ姿を見つめる彩名に、花がほころぶような笑顔が戻った。

真田様……

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