すまなさそうに眉を潜めたヒメことケンタは、ちらりと連中が去っていった方へ視線を向けた後、小さくため息をついた。
ごめんなさいね……
すまなさそうに眉を潜めたヒメことケンタは、ちらりと連中が去っていった方へ視線を向けた後、小さくため息をついた。
えらく嫌われたもんだと、アキラが肩を落とし、ショウコが不安そうに寄り添っていると、その空気を吹き飛ばそうとするかのようにケンタが明るく笑いかけた。
二人とも、今日はいろいろあって疲れたでしょ?
狭い部屋で申し訳ないけれど、あたしの部屋でゆっくりしたら?
その言葉に、アキラとショウコは互いに顔を見合わせたあとで素直に甘えようと、連中が去っていった扉を開けて待つケンタの元へと駆け寄った。
そうして扉の先に足を踏み出してみて、アキラは思わず驚いた。
きっと、ここに来るまでの通路と同じような無骨な光景が広がっているのだろうと予想していたのに、それは見事に外れたどころか、アキラたちの個室があった廊下のような奇麗な装丁を擁していた。
まだ、あの場所を出てからそんなに時間はたっていないはずなのに、ずいぶんと長い時間が経過したような錯覚を覚えながら、アキラとショウコはケンタの後をついて廊下を歩いていく。
やがてケンタに案内された場所は、そんな廊下に並ぶ一室の扉の前だった。
いっそ、懐かしささえ覚えそうなほどの扉を前に、アキラとショウコがなんとも言えない顔になっていると、ケンタは小さく微笑みながら扉を開けた。
さぁ、どうぞ
遠慮なく入って
そう促されて踏み入れた部屋の中は、予想に反して極シンプルな様子だった。
ケンタの今までの言動から、それこそカーテンやカーペットはピンクで統一され、そこかしこに可愛いぬいぐるみが飾られているのでは、と内心で予想していたのに、実際はぬいぐるみは愚か、カーテンやカーペットすらなかった。
ただ、部屋の片隅に申し訳程度に置かれたベッドと机だけが唯一の調度品といえるくらいだ。
なんにもないでしょ?
ホントは、あまりにも味気ないからぬいぐるみとか置きたいんだけどね……
生憎、ここじゃ手に入らないものだから……
まるで内心を見透かしたかのような言葉に思わず苦笑するアキラに、ケンタから逆に質問が飛ぶ。
あなたたちがいたところはどうだったの?
俺たちのところはもうちょっと物があったかな……
うん!
本棚とかもあったし、漫画やゲームなんかももってきてよかったし、ぬいぐるみなんかも置いてあったよ!
あら!
それは羨ましいわね……
あたしもそっちにいたかったわ……
もう後三年若かったら、あたしもあなたたちと一緒のところにいれたのに……
いや……
たとえ同い年だったとしても、ウィルスに感染してたか分からないし、俺たちみたいに隔離もされなかったかもしれないじゃん……
アキラが無粋なツッコミを胸に押しとどめていると、小さなちゃぶ台の向こうから温かそうな湯気を立てる紅茶が差し出された。
その手をたどってみると、その先には優しく微笑むケンタの顔があった。
ほら、お飲みなさい
いつの間に……
常に気遣い心遣いを忘れない
これが良い女の条件よ?
ぱちり、と器用にショウコへ片目を瞑ってみせたケンタは、そのままショウコの耳元に顔を寄せた。
ね、ショウコちゃん
あとで美味しい紅茶の淹れ方を教えてあげるわ
ついでに美味しい料理のレシピも教えてあげる
それできっちり、あの子の手綱を握りなさい
…………?
男ってのは、料理ができて自分を振り回すくらいの女に弱いものよ
途端、ショウコが顔を真っ赤にしながらちらちらとアキラと紅茶の間で視線をさまよわせる。
それを可笑しそうに笑ったケンタは、冗談よ、と囁いてからキッチンへと向かった。
一方、何の話をしているのかさっぱりだったアキラは、目の前で繰り広げられた秘密の会話に、ただただ首を傾げるしかなかった。
その夜、それまでの疲れが出たのだろう、アキラとショウコが深い眠りに落ち、その様子をケンタが優しく眺めているときのことだった。
ピピッ!
アキラたちと同様に左手首に装着されたケンタのリングが軽い電子音を響かせ、その小さな画面にいくつかの文章を浮かび上がらせた。
これは……!?
薄暗い部屋の中で、リングの光だけでぼんやりと照らされたケンタは、リングに表示された内容に眉を潜め、ついで深い眠りの中にいるアキラたちをなんともいえない表情で見つめてから、静かに部屋を出た。
薄暗い廊下を歩き、辿り着いたのは、昼間に彼らがいた小さな部屋。
そこには、今はケンタの部屋で寝ているアキラとショウコ以外の全員が顔を揃えていた。
そんな彼らの顔をぐるり、と見回してから、ケンタは静かに問いかける。
あなたたち……
本気なの……?
もちろんだ……
もしかしたら、ここを出られるかもしれない……
そのチャンスなのよ?
ここにいる全員が……
それを目標にしてきたはずだ……
そしてようやく、その条件が提示された……
今の私たちに余裕はない……
それが例え罠だとしても……
やるしか道は残されてない……
でもあの子たちには何の罪も……!
綺麗ごとばかりじゃ生きちゃいけねぇ……
それはお前さんだって分かってるはずだぜ?
そう、分かっている。
分かっているが、それでもケンタはまだ納得しきれずにいた。
これから彼らがやろうとしていることに。
これから起ころうとしていることに。
お前さんにも俺たちを手伝えだなんてことは言わないさ……
ただ俺たちの邪魔もしないでもらおう
これまで、共に助け合いながら生きてきた仲間たちに言われ、ケンタは口を噤む。
そうして悩みながら出した答え、それは……
わかったわ……
それだけを言い残し、この場を去ることだけだった。