通りすがりの探偵編
エピローグ

 冬休みが明け、県立彩萌第一高等学校の校舎は冬眠から覚めたように騒ぎ出す。

 乾いた隙間風が流れる廊下には互いの再会を喜ぶ生徒達の姿も見受けられる。教室の中に一歩踏み出せば、まるで異国の地に迷い込んだような喧騒を総身に受ける。

 彼らはクリスマスや三が日を満喫したのだろうか――などと、冬休み中の出来事を語り合う輝かしきクソリア充共の集団をぼうっと眺め、紫月は誰にも気取られないように教室の片隅でため息をついた。

 一週間の謹慎がようやく解かれ、学校と探偵の二重生活が再び始まると思うと、ああやって楽しそうにしている連中を妬ましく思う。こちとらクリスマスは虐殺パーティー、元旦は忍者爺の大往生である。青葉や龍也と一緒にゲーセンで心と財布をリフレッシュした以外は特に楽しいことは無かったりする。


 ああ、いいなー。
 彼女欲しいなー。

 クリスマスに【自主規制】したかったなー。

 元旦も【検閲削除】したかったなー。

 なんなら年柄年中【不適切な発言があったことをお詫びいたします】したいなー。

東雲あゆ

おっはよー!

 教室に飛び込んできたあゆの姿を見て、紫月は咄嗟に窓の外を眺めた。あれと教室で関わるとろくなことが無い。主にあゆ自身の評判的な意味合いで。

 本当なら彼女の場合、適当な何人かと世間話なんぞをするものだが――何故か、紫月のもとへ一直線に駆け寄って来た。

東雲あゆ

葉群君、おっす

…………

無視だ。他人のフリだ。
透明マントを貸してくれ
ドラ×もん。

東雲あゆ

おっす

……………………

 あゆが意地でもこちらの顔を正面から覗こうとしてくるが、あっちも意地ならこっちも意地だ。

絶対に顔は見せてやらないぞ☆

東雲あゆ

ねえねえ葉群君

…………

東雲あゆ

次のデート、
何処のラブホ
行こうか

葉群紫月

黙れぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!

 わざと大きな声で訊ねてきたあゆの顔に全身全霊のアイアンクローを喰らわせた。

葉群紫月

おのれは大観衆の前でなに晒してくれとんじゃ!

東雲あゆ

おお、ようやく反応してくれた。おはよう、紫月君

葉群紫月

下の名前で呼ぶな……!

 紫月は周りの生徒達の唖然とした視線を気にしながら言った。

葉群紫月

学校での俺は崇高にして最強のぼっちだ。よって、気安く話しかけるな。

いいな?

東雲あゆ

ええー? 自分の彼氏に話しかけちゃ駄目って罰ゲーム過ぎない?

葉群紫月

周囲に純度百パーセントの
嘘を垂れ流すな

東雲あゆ

へっへー、やーだよーだっ

 彼女はするりとアイアンクローから逃れると、紫月の周囲を小馬鹿にしたように飛び跳ね始めた。

東雲あゆ

ほらほーら、悔しかったら捕まえてみろやーい

葉群紫月

……随分と元気だな

 本気で相手にするのも馬鹿らしくなり、紫月は鼻を鳴らして視線を伏せた。

 二曲輪猪助の葬儀は臨終から三日後に行われ、東雲家の少ない親族に見守られて火葬されたと聞いている。東雲家が代々所有しているお墓に彼の骨を入れたばかりだというのに、いまの彼女は初めて紫月と言葉を交わした時よりもずっと元気だった。

 こちらの心境を察したのか、あゆが紫月の正面で立ち止まる。

東雲あゆ

……いつまでもくよくよしてる私を見たら、きっとお祖父ちゃんもおちおち天国で眠っちゃいられないからさ。もしかしたら、またこの学校にすっ飛んでくるかもしれないし

葉群紫月

それを人は空元気って言うんだとよ

東雲あゆ

葉群君の場合、気にし過ぎだよ

 いままで色んな種類の笑顔を見せたあゆが、ようやく大人びた笑みを浮かべる。

 この時、紫月は初めて、あゆを綺麗だな、と思った。

東雲あゆ

お互い、人のことは全く言えないじゃん

葉群紫月

……………………

 突き抜けて無邪気な彼女が自分より大人だったと知り、紫月は絶句してしまった。

 気付けば、クラスメート達が揃いも揃って二人の会話に聞き入っている。中には二人の仲を邪推する者までいるようだ。

 さてと。この始末、どうつけてくれよう。

葉群紫月

東雲さん

東雲あゆ

ん?

葉群紫月

放課後、青葉や火野君達と一緒にバッティングセンター行くんだけど、君も一緒にどうだい? その後は俺と青葉が行きつけにしているラーメン屋を紹介するよ

 もう周囲が抱く彼女のイメージなど知ったことではない。そもそも彼女の身柄を想像だけで拘束する権限は誰も持ち合わせてなんかいない。

 彼女は彼女のままで、俺は俺のままだ。

 人は思ったより、
ずっと自由に生きられる
のだから。

東雲あゆ

うん、行く!

 この翌日から、彼女に気安く話しかけるクラスメートはほとんどいなくなった。

通りすがりの探偵編

おわり

『通りすがりの探偵』編/エピローグ

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