大太刀同士の幾度にも渡る衝突が灼熱の片鱗を散らしている。耳に障る異音が立て続けに連鎖する中、二匹の鬼が戦場の中心で円舞を踏む様は、目にした者は必ず引き込まれてしまう修羅の戯れだった。
ここで驚くべきは、葉群紫月が突如として発揮した超越的な戦闘能力だ。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!
カアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!
大太刀同士の幾度にも渡る衝突が灼熱の片鱗を散らしている。耳に障る異音が立て続けに連鎖する中、二匹の鬼が戦場の中心で円舞を踏む様は、目にした者は必ず引き込まれてしまう修羅の戯れだった。
ここで驚くべきは、葉群紫月が突如として発揮した超越的な戦闘能力だ。
あの太刀筋に追いついている……?
腹を押さえながら呟き、さらに注意深く彼らの剣戟を観察する。
異常な身体能力を起点に瞬間移動並みの速力で猛攻を仕掛ける時芳に対し、紫月は信じられない反応速度と俊敏性で彼の太刀捌きに対応し、あわよくば反撃に転じている。
どうなっている? さっきまで俺の動きすら捉えられなかったのに……
気持ちの強さは勝負にあまり関係が無い。勝負を決めるのは戦力であり戦術であり戦略であり、そしてほんの少しの運に過ぎない。
ということは、あれが葉群紫月の実力だ。何故いままで隠していたのだろうか。
いや。そんなことはどうでもいい。このまま戦い続けたら損をするのは確実にこちらだ。PSYドラッグの副作用が時芳の体に訪れるより先に、損耗が激しい紫月の体力が底を尽きてしまうだろう。
せめて俺だけでも動ければ。
一瞬でいい。ほんの少しでも、奴に付け入る隙を生み出せれば――
紫月君、下がれ!
!
鋭い叫びに応えて横に飛ぶと、青葉が発砲。銃弾を時芳の両目に命中させた。
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?
さすがに目玉までは強化されなかったらしい。時芳は刀を取り落とし、両目を両手で押さえながら聞くに堪えない悲鳴を漏らして全身をうねらせる。
ブルズアイ!
ナイスショット!
まだだ!
彼女の指摘は正しかった。眼窩から銃弾が転がり落ち、奴の目玉が一瞬にして再生してしまった。
ふぅ……やれやれ。惜しかったな
これも駄目か
青葉が銃を再びリロードすると、時芳が取り落とした大太刀を拾い上げて再び地を蹴った。狙いは青葉だ。
しかし、時芳の脚は次の一歩で動かなくなった。
動かない……っ!?
どうやら彼にとっても不測の事態らしい。薬の副作用だろうか。
でも、動きが止まった程度でどうしろと? 相手の体は銃弾を軽々弾く強度を秘めているんだぞ!?
経絡だ!
愁斗が血を吐きながら声を絞り出す。
活性の経絡を突け!
……! そうか
攻略法はいまの一言で判明した。とはいえ、イチかバチの大きな賭けだ。
東雲さん!
う……うん!
あゆは迷わず紫月の指示に従い、時芳の間合いまで入ると、既に懐から抜き出していた最後の千本を例の箇所に深々と突き刺した。
彼女が離脱すると、青葉が言われるまでもなく弾倉内の銃弾を全て撃ち尽くした。狙いは皮膚が薄い関節や人体における急所の全てだ。
弾は全て弾かれたが、そのうちの何発かは皮膚を陥没させている。
こ……この程度で……私を……止められるとでも……!
誰も止めやしねぇよ。
むしろ、加速させたんだ
何を……
時芳が何かを疑い出した時、彼の肉体が突然膨張した。上半身が風船みたいに膨らみ、内側から衣装がびりびりと裂けて、やがて堰を切ったように布地が弾け飛ぶ。
ごふぉおおおおおおおおっ!? ふぁ……ぁ……何だ、ふぉれぁああああああっ!?
おそらくお前が使ったPSYドラッグとやらは肉体と知覚を強化する類の薬物だ。普通に考えたらその反動は肉体の衰弱と知覚の低下なんだろうが、失血した状態で腕一本を再生するような量を使ったなら、薬の効果はこれまで以上にはっきりと表れている
そういうことか
青葉が床に尻餅をついて紫月の説明を引き継いだ。
いわゆるオーバードーズ――過剰摂取と似たような状態が発現していたんだな。だから薬の効果に体がついていけなくなり、自身の体力と摂取量のバランスが一気に崩れた。私に目玉を撃たれた後に動けなくなったのはその為だな
そして、東雲さんに活性の経絡を突かせたのは肉体の活性能力をさらに暴発させる為だ。
そうすればほら、
この通りのパンパンデブだ
おおおっ……おおおおおおおおおォォオオオオオオオオオオオオ!
説明している間に、時芳の顔面も腫れたように膨れていた。この男には、果たしていまの説明――自分の敗因がきちんと伝わったのだろうか。
紫月は秋嵐を地面に突き立て、両手の指をぽきぽきと鳴らした。
さて。さっきの礼だ。
お前に一つ、冥土からの土産を
プレゼントしてやるよ
いま思えば、こいつのせいで今日は散々だった。何が悲しくて、クリスマスの夜にこんな血生臭い激戦を繰り広げなければならなかったのだろう。
紫月は床を蹴って、真っ直ぐ時芳の間合いに肉薄する。
風魔戦技・最終奥義
えーっと……たしかこの技には、大切なコツがあったんだっけ。
開いた掌に願いや想いを乗せて握り込み、腕はあくまで重々しく振り上げ――
喰らえ!
二曲輪猪助直伝の
必殺奥義――
祈るように、拳を振るう。
クソジジイの!
拳骨っ!
全身全霊、掛け値無しにして唯一無二の一撃が、原型を失い始めた時芳の顔面に深くめり込んだ。
この一発だけは、猪助と一緒に放っている気分になっていた。
限界まで膨らんだ風船が破裂すると、元は人間と言えども丁度あんな感じになるのだろうか。時芳の肉体は紫月のワンパンチで破裂して、およそ人から出たとは思えない衝撃波を血液や内臓と共に爆散させた。
至近距離でモロに衝撃を喰らった紫月が床を再び転がり、素早く起き上がる。
……ようやく終わったか
改めて、周辺に広がる血溜まりと躯の数々をぐるりと見渡す。
この戦闘で落命した者の総数を目算するだけで吐き気がする。PSYドラッグがもたらす効果も然ることながら、北条時芳自身が有する戦闘能力が如何に強大であったかがよく分かる構図だ。
倒した後だからこそ、戦慄を禁じ得ない。
伊崎さん!
あゆが腹を抱えて倒れた愁斗の傍に跪く。
しっかりして、
すぐに救急車を呼ぶから!
……いや、もう遅い
愁斗が首を横に振ると、顔の左半分に黒い斑模様がくっきりと浮かび上がる。
伊崎さん、それっ……
PSYドラッグの副作用だ
答える彼の面持ちは何処か安らかだった。
風魔一党に加入した時から、俺はPSYドラッグの被験体に使われていたんだ。当然の末路……といったところか
既に肉体が限界を迎えていたんだな
青葉が覚束ない足取りであゆの隣に立った。
強靭な肉体と精神力を持っていなければ、とっくのとうに廃人化しているような量を摂取させられていたのか。よくこんな状態で戦えたものだ
病は気から……と、よく言うだろう
彼の体から、徐々に力が抜けていくのが目に見えて分かる。顔の斑模様も範囲が広がり、瞬く間に左腕を浸食していく。
でも……これで、
気張る必要は無くなった
何を言っている? まだ奥さんやお子さんに会ってもいないのに
……貴陽青葉。頼みがある
愁斗は何故か、青葉に浸食が及んでいない右手を伸ばす。
この城の武器庫……階段から、右側の倉庫の奥……刀を入れた、籠の……下
何を言っている? おい!
伊崎さん!
……あゆを……頼む
伸ばした右手が斑模様の浸食と共に脱力し、伊崎愁斗はこの場で息絶えた。
叶うなら、一度だけでいいから、ゆっくりと話をしてみたかった。
……この、大馬鹿野郎
紫月は足元に落ちていた時芳の大太刀を思いっきり蹴っ飛ばした。
金属が床を打つ音を聞いても、気分は全く晴れなかった。
彩萌市内で一際大きな存在感を放つ北条一家の邸宅内は、新渡戸文雄ら警察の人間からすれば宝の山だった。
銃器に麻薬、刀剣の類や盗品のロードバイクまで選り取りみどり。とにかく、所有しているだけで豚箱行きへの通行手形と化すような代物がごろごろ見つかった。
おい、新渡戸ぇ!
胴間声を張ってずかずかと居間に入ってきたのは、新渡戸の先輩であり、熟練のベテラン刑事である駒木定義(こまきさだよし)だ。
元・公安の人間だったらしいが、どういう訳かいまは彩萌署捜査一課に君臨する課長様……の、筈なんだが、
ちょっと、これ見ろや
彼は二色刷りのチラシを新渡戸の眼前に突き付けた。
近くのサミットで大根と納豆の半額タイムセールだとよ。安くね?
いま何時だと思ってんすか。
もう終わってますよ、それ
何ィ!?
……あ、言われてみればその通りだわ
駒木が安っぽい腕時計を見て嘆息する。
うちの嫁さん、ちゃんと仕入れてくれたかなぁ……大根と納豆
先輩、ちゃんと仕事してください
してるよ! ほら!
いい加減にして欲しいと思ったその瞬間、駒木がこれまた妙な紙をさっきと同じように突き出してきた。紙の材質は画用紙で、描かれているのは目玉のようなイラストだが、絵に使われた色料はインクでもなければ水彩絵の具でもなく、ただのクレヨンだった。
今度は子供の落書きっすか?
ほんとアンタって人は……
おめぇさんはコイツを見て
何も感じねぇか?
はあ?
目玉の絵をしばらく凝視してみる。
ふと、ある映像が脳裏を過った。
……この目玉の絵、
最近何処かで見たような
最近、駅前で街頭演説するようになった、おかしな新興宗教団体のロゴだよ。単なる印刷のチラシだったら大した手掛かりにはならんだろうが、こいつに使われた色料はクレヨンで、見るからに手書きのものだ。これをお前さんはどう見る?
手書きのイラストを譲渡するような……親密な関係性がその宗教団体と北条一家の間で築かれていた?
俺もそう思う。
確定的なことは言えんが……
駒木は鑑識によって足元の座卓の上にたったいま置かれた木箱を見下ろす。
PSYドラッグのアンプルが見つかった以上、その宗教団体にもガサ入れする必要性が出てきたな
そいつは後回しですよ。いまは北条時芳本人の行方を追わなきゃ
北条の名を口にして思い出した。黒狛が関わっている風魔一党の案件はどうなったのだろう。あれ次第でこちらの捜査方針も大きく変わってくるので、いち早くあちらの情報は掴んでおきたいところだ。
無造作にポケットからスマホを取り出し、家探し中に着信していたメールに全て目を通す。
その中に一通だけ、杏樹からのメールが届いていた。
……駒木さん
あん?
やっぱり宗教団体のことを
先に調べましょう
いきなりどうしたってんだ?
まさか北条が見つかったとでも?
見つかったっていうか
……消えたっていうか
新渡戸は他の警官や鑑識などに気取られないよう、駒木を人気の無い一角に誘い込み、可能な限り小声で告げる。
駒木さん。いまから話すことは絶対に口外しないでくださいよ
どうせお前が便宜を図ってる
探偵社絡みだろ?
普段は彩萌署内においてキング・オブ・お茶目の称号を欲しいままにする駒木だが、時々発揮する勘の鋭さと天性の捜査センスは新渡戸がいままで関わった刑事の中で随一とも言える。
だからこそ、駒木は新渡戸が信頼を置く数少ない一人なのだ。
ダーティーなのはお互い様だろ。俺が裏社会の連中とねんごろやってるように、お前さんだって民間の協力者を有効活用している。俺達は同じ穴の貉だよ
だったらこっちも安心して話せます
新渡戸は杏樹から伝えられた内容をそのまま開示した。ついさっき北条時芳が迎えた末路と、北条自身がPSYドラッグを服用していた事実まで、少なくとも警察関係者からすれば喉から手が出るほど欲しい情報のオンパレードだった。
黙って話を聞き、駒木は深々と頷いた。
新渡戸。俺の勘だと、いまはまだ前座だって言っているように聞こえたぜ?
同感です。この後、とてつもなくドデカい嵐がすっ飛んでくる
とにかく捜査に戻るぞ。話はそれからだ
ええ
全ては北条一家の敷地内を全部洗ってからだ。何としてもこの家探しは夜が明けるまでに終わらせたいものだと願っていたが、そうそう簡単に終わらせてくれるほど、屋敷の広さと部屋の多さは警察関係者の精神衛生に優しくなかった。