それから数日後、
座長のところに伯爵の側近さんがやってきた。
お屋敷で興行をしてほしいとのことらしい。


――うん、フロストの計画通りに
進んでいるみたい。


そしてその日の夜に
私たちは興行の最終的な
打ち合わせをすることとなった。
 
 

フロスト

いよいよ本番だね。

ルドルフ

そうですな。
あれを披露する時が来ましたな。

ミリア

フロスト、あの脚本で
本当に大丈夫なの?

フロスト

手はずは整っているよ。
100%安全とは
言い切れないけど。

ミリア

ちょっと不安ね……。

フロスト

伯爵の屋敷には今日、
ライカントから到着した監察官と
護衛の小隊が滞在している。

フロスト

明日はその監察官一行も
伯爵と一緒に興行を
見ることになる。

アルベルト

もしかしてそれって
お前が手配した連中か?

フロスト

正確にはエステル姉さんさ。
みんな本国で騎士をしていたり、
修羅場を何度もくぐり抜けたり
してきた精鋭だよ。

フロスト

彼らは伯爵の私兵たち全てを
短時間で制圧できる力がある。
伯爵もそれは分かっているから
抵抗するとしても最後だけだろう。

フロスト

それでもみんなに
危害が及ばないとは限らない。
その点は申し訳ないと思っている。

 
フロストは眉を曇らせ、頭を下げた。

するとアルベルトがフロストの肩を
ポンと軽く叩く。
 
 

アルベルト

その時は自分たちで身を守るさ。
旅先でモンスターや盗賊なんかと
戦ってきているわけだしな。
そう簡単にはやられないさ。

アラン

オイラも本気を
見せちゃおっかなっ!

ミリア

アラン、身を守るのが
最優先なんだから、
自分から戦おうとしないでね?
分かった?

アラン

えぇ~っ?

ミリア

お願いだから心配を
かけるようなことをしないで。
もし万が一のことがあったら……。

 
もしアランが大怪我をしちゃったらって
想像したら、
悲しくて勝手に瞳が潤んでしまった。


鼻を啜っていると、
アランはオロオロしながら私の服の袖を
指で摘んで引っ張る。
 
 

アラン

わ、分かったよぉ。
だから泣くなよぉ!

ミリア

……うん。

ミリア

アーシャ、くれぐれも
気をつけてね?

アーシャ

私なら大丈夫です。
皆さん、存分にやってください。

ハミュン

ホント、あんたたちって
肝が据わってるわね。

ルドルフ

土壇場の度胸は
興行で身についたのかもなっ!

ハミュン

私は何もできないけど、
せめて遠くから見守っててあげる。

ミリア

うん、お願いねっ♪

 
その後、私たちは打ち合わせを終えると、
翌日の興行に備えてゆっくりと休んだのだった。


緊張して眠れないって人がいないのは、
ハミュンが言ったように
私たちの肝が据わっているからなのかな?



単に鈍感なだけだったりして……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
翌日、私たちは興行で使う道具一式を
荷車に乗せて
バサール伯爵の屋敷にやってきた。

町の出入り口と同じように、
屋敷の敷地内に入る際にも
厳しいチェックがある。


門の前には兵士たちの詰所があり、
その前では数人の兵士が警備をしていた。
 
 

門番

貴様らは何者だっ?

ルドルフ

伯爵からお呼び出しを受けた
ルドルフ一座でございます。
興行をしに参りました。

門番

……少し待っていろ。

 
ひとりの兵士が確認のため、屋敷へ向かった。

一方、その間にほかの兵士たちは
荷車や私たちの持ち物を隅々までチェックする。


でも興行に不必要なものや
武器になりえるものは宿に置いてきているから
持ち物検査はスムーズに終わった。



その後、私たちが正式に
呼び出しを受けていると確認が取れ、
屋敷の中に案内された。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
通された部屋には即座に執事さんがやってきた。

そして威圧的な目つきをしながら
私たちを見やる。
 
 

伯爵の執事

今日はバサール様とともに
大事なお客さまも
お前たちの興行をご覧になる。
くれぐれも無礼のないようにな。

ルドルフ

心得ております、はい。

伯爵の執事

それと余計なことは喋るな。
淡々と劇をするだけでいい。

ルドルフ

もちろんでございますよ。

伯爵の執事

念のため、
誰かを預からせてもらう。

ルドルフ

分かっております。
――アーシャ!

アーシャ

はい。

 
返事をしたアーシャは座長に歩み寄った。

すると座長は彼女の後ろに立ち、
優しく両肩を掴んで執事さんの前に出す。
 
 

ルドルフ

この子をお預けいたします。

伯爵の執事

うむ、いいだろう。

ルドルフ

くれぐれも手荒なことは
なさらないようお願いいたします。

伯爵の執事

それはお前たち次第だ。
安心しろ、
余計なことをしなければ
無事に返してやる。

ルドルフ

アーシャ、少しの辛抱だ。
絶対に一緒に帰ろう。
どうか待っていてくれ。

アーシャ

もちろんです。
座長や皆さんを信じています。

伯爵の執事

では、時間が来たら呼びに来る。
それまでここで待機していろ。

 
そう言い残すと、
執事さんはアーシャを連れて部屋を出ていった。
これでもう後戻りは出来ない。

全てを成功させて、
町のみんなの笑顔を取り戻してみせる!



――って、今になって緊張してきちゃった。
 
 

ミリア

うぅ……。

アルベルト

ミリア、表情が硬いな?
緊張してるのか?

ミリア

ちょっとだけ……。

ルドルフ

お前らしくもないっ!
雨でも降るんじゃないのか?

ミリア

ヒドイですよ、座長……。

ルドルフ

安心しろ。
もしもの時は命をかけてでも
守ってやる。

ミリア

座長……。

ルドルフ

もちろん、アルベルトもアランも
アーシャもフロストもな。
みんな俺の大切な
娘や息子だからな。

 
座長は温かな眼差しで私たちを見た。

出会ったころと比べて
顔のしわも白髪も増えちゃったけど、
頼もしさは昔から全く変わらない。



――座長(おとうさん)、
いつも私たちを守ってくれてありがとう。


照れくさいから口には出来ないけど、
ずっとそう思っているからね……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
それから数十分後、
私たちは興行をおこなう大広間に通された。

そこへ荷車の荷物も運んで準備をしていく。



やがて全ての作業が終わったころ、
執事さんが私たちの前に現れた。
 
 

伯爵の執事

もうすぐバサール様が
お見えになる。
失礼のないようにな。

 
そう念押しをされた直後、
大広間には高級そうな服を着た男性が現れる。

その人はあとからやってきた軍服の青年を
室内に案内し、
私たちの舞台の数メートル先に用意された
観覧席に腰を掛けた。


続いて、側近らしき兵士たちが
その周りにある空いた席に座り、
さらに壁沿いに残りの兵士たちがズラリと並ぶ。
 
 

フロスト

頭を下げるんだ、ミリア。

ミリア

わっ……。

 
私は横にいたフロストに後頭部を押さえられ、
強引に頭を下げさせられた。

突然だったので、少し足がよろけてしまう。
 
 

頭を上げよ。

 
その声を聞いて、私たちは頭を上げた。

そして目が合わないようにチラチラと
正面に座っているお偉いさんたちを観察する。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

pagetop