誰かに両腕を掴まれ、私は体を硬直させた。

怖くて目を開けることが出来ない。
足はガクガクと震えて逃げ出すことも出来ない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

アルベルト

ミリアっ!?

フロスト

僕たちをつけてきてたのは
ミリアだったのか。

ミリア

あ……。

 
聞き覚えのある声を耳にして、
私は目を開けた。

すると私の腕を掴んでいたのは
アルベルトとフロストだった。


2人は私だと分かると
すぐに腕を放してくれる。

ただ、アルベルトは頭を抱え、
フロストはやれやれと肩を落としている。
 
 

アルベルト

あのなぁ、
昼だろうが夜だろうが
単独行動は感心しないぞ?

ミリア

う……。

アルベルト

それに誰かに尾行されているって
バレバレだったぞ?
もし俺たちじゃなかったら
どうするんだ?

ミリア

ゴメン……。

 
アルベルトの言う通りだ。
何も言い返すことが出来ない。

尾行する相手が身内だとしても、
ここは敵の領域内。
安易に不穏な行動をとるのは避けるべきだった。


反省しなきゃ……。
 
 

フロスト

おそらく僕たちが
ただならぬ関係だとでも勘違いして
尾行してきたんだろうね。

アルベルト

おいおい、
気色の悪いことを言うなっ!

フロスト

僕じゃないよ。
ミリアがそう思ったんだ。

ミリア

こらこらぁっ!
勝手なこと言わないでっ!
そんなわけないでしょ!

フロスト

ホントにぃ?

ミリア

…………。

ミリア

……うん。

アルベルト

その微妙な間が
すごく気になるんだが……。

 
実際はほんのちょっとだけ思ってました。
――なんて言えないので、
咄嗟に嘘をついてしまった。


でも、あんなコソコソしてたら、
誰だって誤解するわよ……。
 
 

フロスト

ははは、まぁいいや。
ここから1人で宿まで
帰らせるのも危険だし、
ミリアも一緒に来なよ。

アルベルト

仕方ないか……。

ミリア

どこへ行くの?

フロスト

人のいないト・コ・ロっ♪

ミリア

……変なコトする気じゃ
ないでしょうね?

フロスト

してほしいの?

ミリア

お断りよッ!

フロスト

変なことをする気なら
とっくの昔に強引にしているさ。
安心してっ♪

ミリア

っっっ!
なんか複雑な気分なんだけど、
その言い方ぁ……。

アルベルト

それだけミリアのことを
大切に思っているってことだろ。

ミリア

っ!?

フロスト

ふふ、それはアルベルトだって
同じじゃないのか?

アルベルト

…………。

ミリア

えっ?

 
アルベルトは特に表情を変えていなかった。

静かな水のように落ち着き、澄み切っている。
考えていることが読み取れない。
 
 

アルベルト

……当然だ。ミリアは
大切な家族なんだからな。

フロスト

なるほど。

ミリア

んで、あんたたちは
何をしようとしていたわけ?

フロスト

僕たちは話をしようと
思っていただけだよ。

フロスト

アルベルトがどうしても
僕と話したいことがあるって
言うからさ。

アルベルト

そういうことだ。

 
それっきり2人は黙ってしまった。

ちょっぴり重苦しい空気があって、
なんとなく話しかけづらい。

だから私も黙って
2人のあとについていくのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
それからしばらく裏通りを歩いていき、
小さな公園を見つけて
そこに入った。

そして私たちは噴水の縁に腰を掛ける。
 
 

フロスト

さて、アルベルト。
話を聞こうか。

アルベルト

なぜフロストは
自分の正体や役割を
俺たちに明かしたんだ?

アルベルト

それを明かさなくても、
お前ほどの切れ者なら
計画通りに進められただろう?

フロスト

はは、確かにね。
最初はそのつもりだったよ。
でも気が変わったんだ。

フロスト

ここまで一緒に旅をしてきて、
間近で接してみて、
みんなになら心を許せると思った。

フロスト

だから全てを打ち明けようと
思ったわけさ。

アルベルト

ほぅ?

フロスト

一座の人間はみんな赤の他人同士。
でも強い絆で結びついている。
僕はそういう例を初めて見た。

フロスト

そしてその輪の中にいつの間にか
僕も入っていたんだよ。
他人には滅多に心を許さない
この僕がね……。

 
そう言い放った時のフロストは俯き、
少しだけ寂しそうな目をしていた。

でもすぐに顔を上げて私たちに笑顔を向ける。
 
 

フロスト

驚きと同時に新鮮な気分さ。
でもそれは嫌なことじゃない。
むしろ輪に加われて嬉しく感じた。

ミリア

そうなの?
一緒に旅をしていれば
みんなそうなるんじゃない?

フロスト

……ミリアにはずっと
その無垢な心のままで
いてほしいな。

ミリア

何よ、いきなり?

フロスト

世の中は汚れている。
心に隙があるとそこを衝いて
貶めようとする悪人ばかりだ。
僕はそういうヤツをたくさん見てきた。

アルベルト

貴族連中なんかは
特にそうかもしれないな……。

フロスト

だから僕はこの世に
嫌気が差していたんだ。
人間なんか滅んでしまえって
考えたことだってある。

フロスト

でもキミたちと一緒に旅をして、
僕はこういう人たちを守るために
自分の力を使いたいって
心が動かされた。

ミリア

そっか……。
今のフロスト、
少しは王族っぽい感じするわよ。

アルベルト

それを俺たちに話すってことは
よっぽど
気に入ってもらえたんだな。

フロスト

だねっ♪

 
フロストとアルベルトは顔を見合わせて
お互いに微笑んだ。


出会ってすぐの頃は衝突ばかりしていたのに、
今ではこんなにも打ち解けるなんてね。
親友同士っていうか、兄弟みたい。

なんかいい感じだな……。
 
 

アルベルト

俺たちに出来ることなら
なんでも協力する。
遠慮なく言ってくれ。

フロスト

ありがとう。
今回のことが落ち着いたら
きっとキミたちに恩を返す。

ミリア

いらないわよ、そんなの。

ミリア

みんなはどうか知らないけど、
少なくとも私は純粋に
フロストに協力したいって思って
やってるんだから。

フロスト

ミリアのそういうところ、
僕は好きだよ。

ミリア

なななっ!?

 
瞬時に顔全体が熱くなった。
心臓も大きく脈動して、鼓動が速くなる。



ななな、何を言ってんのよっ!?

そういう誤解を受けるようなことを
サラッと言ってんじゃないわよっ!!!


私だって……勘違いしちゃうじゃない……。
 
 

フロスト

今日の興行は大成功だった。
これなら確実に伯爵の前で
興行をする流れに持っていける。

フロスト

すでに計画は順調に
進んでいるみたいだしね。
部下から報告が入っている。

ミリア

へぇ~っ! いつの間に?

フロスト

さすがにそれは内緒だっ♪
国家機密に関わるからね。

アルベルト

伯爵の身内の中に
スパイを送り込んでいるって
ところだろう。

フロスト

さぁっ、どうだろうねっ?

アルベルト

ま、いいけどな。

 
おどけるフロストに対して、
アルベルトは苦笑しながら肩をすくめた。
 
 

フロスト

伯爵の屋敷で興行をする時には
僕の書いた脚本で
劇をしてもらうつもりだ。
台本は明日にでもみんなに渡す。

フロスト

事前に練習も必要だろうからね。
練習の時間は
少しでも多い方がいいだろう?

ミリア

まぁね。

アルベルト

任せておけ。
人形を操ることに関しては
誰にも負けない自信がある。

 
その言葉を聞くと、
フロストは何かを思い出したように
ハッと小さく息を呑んだ。
 
 

フロスト

――そうだ!
僕もアルベルトに
聞きたいことがあったんだ。

アルベルト

なんだ?

フロスト

キミの操っている人形だけど、
どういう仕組みなんだい?

アルベルト

…………。

 
アルベルトは真顔のまま沈黙していた。


……そっか、フロストは
アルベルトの人形を操る技術や秘密について
ほとんど知らないんだもんね。

でもそれに気がついたから
疑問に思ったってことなんだよね?
だとしたら、彼はやっぱり鋭い。



少しの沈黙が流れたあと、
アルベルトは観念したように苦笑を浮かべた。
 
 

アルベルト

今さら隠す必要もないか……。

アルベルト

人形は糸で操っている――が、
どうしても手が足りない時は
魔法力で動かしている。

フロスト

やっぱりそうか。
今日の興行で勝手に動いている
人形があると気付いたからね。

アルベルト

すごい観察眼だな。
バレないように気をつけて
操っていたんだがなぁ。
普通は気付かないぞ?

フロスト

でもこれで納得したこともある。
アーシャもそういうことなんだろ?

アルベルト

あいつの場合、それとは少し違う。
アーシャは名工と呼ばれる職人が
大昔に作った人形なんだ。

アルベルト

俺は人形を操る魔法を
エネルギーとして
常に供給しているに過ぎない。

ミリア

アーシャには自我があるのよ。
つまり自分の意思で動いているの。
だから私たちと同じ人間よ。

フロスト

そうだね、彼女は人間だ。
優しい心を持ち、
仲間を思いやれる女の子さ。

 
アーシャのことを認めてくれていて、
私はすごく嬉しかった。


生まれ方は私たちと違っていても
人間としての心と意思があれば人間なんだ。

例えみんなが否定しても、私はそう思ってる。
 

フロスト

さぁ、そろそろ宿へ戻ろう。
明日の興行に
差し支えがあるといけない。

ミリア

うんっ!

アルベルト

そうだなっ!

 
私たちは立ち上がると、
宿へ向かって歩き出した。


今夜はこの短い時間の中で今まで以上に
お互いの心の距離が縮まったような気がする。

みんなで力を合わせれば、きっとうまくいく。


――この時、私はそう強く確信した。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第33幕 3人は星空の下で……

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