ラヴェルノ

ブラウディム、お前の望みを今、叶えてやろう……。

フェインリーヴ

ラヴェルノよ!! そんな事をすれば、この魔界だけでなく、人間や他種族の世界さえも破壊しかねない事になると、わかっているのだろう!! 何故、ブラウディムのいなくなった今、無意味な事をする!!

 紫煌石を愛でるように手の中で弄ぶラヴェルノに、先代魔王の怒声が叩き付けられる。
 契約者であるブラウディムは死に、本来であれば、契約内容を最後まで叶える事の出来なかったラヴェルノは、その代償を要求する権利はない。
 だというのに、ブラウディムの遺体を消し去り、伝承の世界の物とされていた、神の涙……、紫煌石をその手中に収めてしまった。
 その上、もういないブラウディムの望みを叶えると……、あきらかに無意味。
 下手をすれば、破壊神と化した『魔王』によって、世界が終わってしまう可能性もある。
 しかし、ラヴェルノは引き下がらない。

撫子

そんなの、誰も望んでないわ!!

側近

ラヴェルノは、世界の傍観者であり、時に戯れと一時(いっとき)の暇を潰す為、好奇心のままに動く事がある、と聞いた事があります……。

騎士団長・レオト

それが、世界の破滅に繋がる事でも、か……。ラヴェルノの中でも、――特に狂ってやがる。

ポチ

だが、ガルダウア原石の力を使ってフェインリーヴを傀儡としていたブラウディムはもういない。伝承通りであれば……、恐らくは、あの紫煌石の力試しに動くはずだろう。

シャルフェイト

……お前達がスルー根性発揮してたのも原因じゃないのか? ……あと、癒義のお嬢ちゃん。

撫子

え? 私!?

タマ

確かに……。ラヴェルノなる輩の機嫌を損ねるには十分じゃったな。この阿呆め。

あぁ、どういたしましょうか、主様っ。早く逃げねば、巻き込まれてしまうやもしれませんっ。

 ブラウディムの事を看取っている間、確かに自分達は、黙っているだけの何の行動もしていなかったラヴェルノを完全に放置した。
 けれど、それは不可抗力だ。誰にも罪はない。
 

撫子

まぁ、ちょっと傷つけてしまうような事を言ったかもしれない、けど……。

 シャルフェイトと、その眷属二匹にじっとりと睨まれて、撫子はポリポリと頬を掻いた。
 いやいや、そんなまさか……。
 あれくらいの事で、魔界や他種族の世界を破壊し尽くしてしまうかのような大魔王を降臨させようとするなんて……。――物凄く短気過ぎる!!

ラヴェルノ

昔とは違い、今の世は退屈過ぎる……。だからこそ、破滅する程の恐怖を全ての者達に味わわせるのも一興。その手始めに、――まずはお前だ。

フェインリーヴ

俺に、いや、息子に手を出す事は許さん!!

撫子

――っ!!

  ニヤリと残忍な笑みを纏ったラヴェルノが右手を突き出した瞬間、その手にあった紫煌石が強烈な閃光を放ち、闇に覆われていた世界を切り裂いた。
 どこからか……、いや、撫子達を中心とした全ての方位から、不気味な咆哮が地獄の底から噴出してくる悪鬼の如く響き渡ってくる。

撫子

これは……、
魔物達の声?

側近

間違いありません……。それも、魔界全土から、この地に向けて急速に引き寄せられているかのような気配が。

シャルフェイト

叔父貴の件がようやく終わったと思ったら……、くそっ、最後まで手間をかけてくれるよな。

騎士団長・レオト

やばいな……。このままだと洒落にならない数の魔物が雪崩れ込んでくるぞ……!!

 ラヴェルノが狙いを定めたのは、フェインリーヴだ。それなのに、まだ彼に異変は起きていない。
 絶対の魔王を覚醒させると宣言していたのに、何故、この地に魔物を集めるのだろうか。
 撫子はフェインリーヴの表側に出ている彼の父親の傍に寄り添った。何があっても、大切なお師匠様の支えとなれるように。

撫子

私に何が出来るのかはわからない。だけど、お師匠様の心が絶望に塗り潰されないように、私は最後まで傍にいる!!

ラヴェルノ

ブラウディム……、お前が望んだ以上の魔王を創ってやろう。

騎士団長・レオト

ラヴェルノ!!

側近

貴方の出番はもうありません。さっさと退場してください!!

ポチ

失せろ!!

ラヴェルノ

愚かだな……。紫煌石が我が手にある限り、何をしても無駄だ。

フェインリーヴ

――させるか!!

 撫子を残して飛び立ったレオト達を守る為に、先代の魔王はラヴェルノの攻撃の手を強力な結界によって守り、その後すぐに反撃に転じた。
 しかし、紫煌石という存在が真に神がもたらした奇跡の存在なのだと知らしめるように、力を押し返されてしまう。それどころか、フェインリーヴ達は地へと向かって叩き落された。

撫子

お師匠様!! お師匠様のお父様!! 皆さん!! 大丈夫ですか!!

フェインリーヴ

ぐっ……、な、撫子。

 先代の魔王の意識がフェインリーヴと交代した? 
 撫子の支えを受けて膝を着いたフェインリーヴが、自分の長い外套の中に撫子を庇うと、ラヴェルノを忌々しそうに睨み上げた。

フェインリーヴ

ぐっ……、叔父上の時よりも、隙を見つけにくい、な。あの紫煌石のせいで、父上の意識が途切れた。

撫子

大丈夫ですか? お師匠様……。

フェインリーヴ

あぁ……。だが、もうじき、魔物達がここに押し寄せてくる。特に力の強い凶悪獣ばかりの気配が強いが、このままでは、不味い。

側近

まだ陛下に手を出していないという事は、恐らく、今ここに向かっている魔物に何かあるのでしょう。絶対なる魔王……、ラヴェルノは、それを創ると言っていました。もしかしたら……。

フェインリーヴ

叔父上が望んだ以上の強大な力を身に宿しても、それに耐えられる器……、か。ラヴェルノは、俺と父上を、いや、お前達も、その器の贄にする可能性が高いな。

撫子

なっ!!

 それは、ブラウディムの望んだ契約内容と違う。
 彼は、フェインリーヴの中に先代魔王の魂を取り込ませ、自分の甥をさらに強大な絶対の魔王としようとしていたのだ。
 間違っても、魔物達を全て融合させて、その存在から生まれた化け物を魔王としようなど、考えていなかった。

撫子

ラヴェルノ!! 契約違反よ!! それでは、ブラウディムさんの願いは叶わない!! 貴方も、その代償を自分のものにする資格かなんかいんだから!!

騎士団長・レオト

そうだぞ!! 俺が会った事のあるラヴェルノは、契約に背く叶え方や裏切りは、自分達の種族にとって恥ずべき事だと言っていた!!

シャルフェイト

それに、叔父貴は息を引き取る寸前に、もう親父や兄貴に対する望みは潰えていたはずだ!! 望まれていない事を押し通すというのなら、それはお前の身勝手な欲望でしかないだろう!!

 撫子をポチの傍に預け、フェインリーヴ達はもう一度ラヴェルノに向かっていく。
 この地が新たな災厄の大渦となる前に、必ず、あの漆黒の堕天使を止めなくては。
 そんな彼らを地上から見守りながら、撫子は周囲の景色に視線を走らせる。
 魔物達の集結までに、もう時間がない……。
 その前に、何か突破口を見つけないと。

38・ラヴェルノの暴挙

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