Episode9 重い女
Episode9 重い女
闘子はふらつく足取りで、中庭までやって来た。
所々に植えられたサクラの木は満開で、まさに春爛漫といった美しさである。
いつもの闘子なら、ここにきて笑顔でのんびりするところだが、今はとてもそんな気分になれそうにない。
けれどここならあまり人もよりつかないし、ひそひそ言われることもない。中にいるよりはよっぽどマシだと思えた。
10トンの重り……重すぎる女……
一際大きな桜の木に腕をついて、幹に向かってブツブツと呟き続ける。
そんな異常な彼女の有様を見かねたのか、蓮がおずおずと闘子を伺った。
闘子、大丈夫か……?
大丈夫、大丈夫だよ……
闘子、落ち着きなさい。
まだ告白もしていないのに、
振られた気分になるのは時期尚早ではないだろうか
……そ
そうだよね、まだ告白もしていないんだし……
うむ。そうと決まったらあの少年を呼び出すといい。そして闘子の想いをぶつけるのだ
うん!
闘子は木に寄りかかって、早速スマホを取り出した。
徹君、今暇?
ちょうど帰るところ。
用事もないし。どうかした?
中庭に来てもらっていい?
いいよ。待ってて
敢えて理由は言わなかったけれど、徹は来てくれるようだ。闘子は胸を押さえて、頭を背後の幹に預けた。
文字を打っている間も、酷く胸がドキドキしていたが、呼び出した今はそれ以上だ。こんなに落ち着かないのは、初めての告白以来かもしれない。
それでも言わないでいるよりはよっぽどいい。さっきのままでは闘子は何も言えずに終わっていただろう。それもこれも蓮のおかげだ。
ふっと顔を上げると、やけにニコニコした蓮と視線が合う。闘子も頬を緩めて口を開いた。
蓮、ありがとう。
励ましてくれたんだよね
約束の時間まであとわずか。それまでに心残りをなくして、いい気分で私の元に来てもらいたいからな。
え、それって……
蓮の言わんとすることが分かってしまい、闘子の目から涙があふれる。
つまり闘子は確実に振られるということだ。だって縁の神さまの言うことなのだ。これ以上確実なことがあるのだろうか。
どうしようもないことだとわかっていても、闘子は嫌だった。徹に振られるのだけは耐えられそうにない。
やっぱり徹君も駄目なんだね……
こんなに好きになのに、やだよ……
ああ、闘子、そんなに泣かないでおくれ……
俯いてぽろぽろと涙を零す闘子に、蓮の身体がふわりと覆いかぶさる。
!?
闘子はぎょっとして、蓮を投げ飛ばそうとした。
けれど何故かできずに、闘子の身体は蓮に優しく包み込まれる。
やっとお前に触れられた……
心底嬉しそうに言う蓮には悪いが、闘子は全く嬉しくなかった。
好きでもない男性に抱き付かれて、しかも抵抗もできないなんて怖いだけだ。それでも不思議な安堵感を覚えるのは、流石神さまというところか。
あの、は、離して……!
ところで闘子、あの少年、私の姿が見えるようだぞ
え……
ほら、と蓮が顎でしゃくった方向を見ると、そこには徹が驚いた顔で佇んでいた。
……
蓮の姿が見える……?
意味を理解した瞬間、闘子は声を荒げて身を捩った。
こんな場面、好きな人に見られたくない。
お願いだから離れて!
やれやれ、つれないことで……
蓮は優雅な動作で闘子から離れて、徹を面白くもなさそうにちらりとねめつけた。
……先輩、もしかしてそいつが見えるの?泣いてるのってそのせい?
お前のような小僧に、そいつ呼ばわりされる筋合いはない。蓮さまと呼ぶがいい
……
蓮、そんな言い方しなくたって……
先輩やっぱり見えてるんだ……
み、見えるけど、泣いてるのは別に蓮のせいじゃないの……
徹は痛ましそうに闘子を見た後、蓮に向き直った。
先輩を連れて行くんですか?
ほう、神憑きの人間のことを知っているのだな。なら聞かずともわかるだろう
え……?
何か徹は闘子の知らないことを知っているようだ。しかし訳の分からない闘子は、首を傾げるばかりである。
できればやめてあげてほしいんですけど……
っていうか、やめてください
はっきり言いきったな。しかし出来ん相談だ。それにこのままここに居ても、彼女は幸せにはなれん
幸せか不幸せかは先輩が決めることでしょう?
それにあなたの憑けた守護者のおかげで、先輩は辛い目にあってるんですけど。それは幸せと言えるんですか?
まあそれに関しては私の不手際ではある。申し訳ないことをしたと思っているよ。しかしここで契約を解除し守護を解けば、闘子は未曽有の悪縁にさらされるであろう。私は彼女に悲惨な目には合ってほしくないのだ
お前はそれを防げるのか?
闘子を守れるのか?
当の本人そっちのけで、二人は言い合っている。話がどんどん進められて、闘子はパニック状態だ。
その上、蓮の見立てだと、闘子の未来は暗くて重いものが待ち受けているらしい。そんなことを話すなんて、徹は絶対引くに決まっている。
闘子は慌てて声を上げた。
待ってよ!
勝手に話を進めないで!
それに徹君まだ高校生なんだよ?
そんな重いもの背負えるわけないよ……。しかも家族でもなんでもない赤の他人なんだから……
これ以上重い女になりたくなかった。それで徹に嫌われてしまうのはもっと辛い。
もう闘子は告白とかそんなものはどうでもよくなっていた。辛いことに巻き込んで、徹を嫌な目に遭わせたくない。彼には笑っていてほしいのだ。
先輩は蓮サマと一緒に行きたいの?
え、あの、それはそういう――
契約だから、と言おうとしたが、何故か言葉が出てこなかった。思わず口を押えると、蓮の声が頭の中で響く。
契約のことは他人には話せぬ決まりだ――と。
約束だったんだし、行きたいって、言えばいいんだよ……
そうは思うものの、言い出せずに闘子は俯いてしまう。すると衝撃的なことを徹が言い放った。
一緒に行ったら先輩、死んじゃうんだよ
え……?