Episode10 はた迷惑な守り神




 
 

私、死んじゃうの……?

 てっきり一生独身のまま蓮と暮らすのかと思っていた闘子は呆然とした。まさか死ぬだなんて思わない。

 いくら子供の時とはいえ、意味不明な契約を交わすものではないと闘子は心の底から痛感した。

神さまに憑かれた人……気に入られた人は、総じて短命。魂が穢れないように、現世から引き離して自分の傍に置くんだ

で、その神さまが本人に見えるようになったら、死期が近い証拠。ですよね?

概ね合っている。しかし闘子よ、案ずるな。死は皆に平等に訪れるも。悲劇的なことではないのだよ

そ、そうだね……。
人間いつかは死ぬしね……

それに神たる私が連れて行くのだから、魂は安らげる。それに私は現世に降り立ち様子を見ることも禁止しない。どうだ、普通の死よりもずっと良いだろう

うーん……

 
 そっかー、それなら死ぬのも悪くないね!とは言えそうになかった。

 だって闘子にはまだまだやりたいことがある。家族や友達、大好きな人たちに会えなくなるのも嫌だった。
 

でも徹君は巻き込みたくないな……。私が招いたことだし……

それに……、徹君は行かないでって言ってくれた。それだけで私……

 
 こうやって闘子のことを気にしてくれただけで、もう十分だ。楽しい思い出も作れた。これを糧に蓮と共に生きて行けばいいんだ、と自分に言い聞かせる。


 そして闘子の心は決まった。

 

私、蓮と行くよ。
考えてみたらそんなに悪くない条件だしね……

本当にそれでいいの?

うん

マジで?

うん

でも先輩俺の事好きでしょ?

うん!

  
 
 
 

  
 

  
 

あっ……

だよねー

えっと、今のはついうっかり……

ついうっかり本当の事言っちゃったんだよね?

うん……。よくわかったね……

だって先輩わかりやすいんだもん

茶番はそれくらいにしてもらえるかね……

そもそもそんなことを闘子に聞いてどうするのだ、少年よ

確認しときたかったんですよ。自分の気持ちとか、彼女の気持ちとか

あなたさっき俺に聞きましたよね?
彼女が悲惨な目に遭うのを防げるかって。
それってあなたの今の役割を、俺に譲ってくれるってことですか?

……それってどういう意味かな

 徹の意味深な言葉に、闘子は胸を高鳴らせた。そういう風に言ってくれるということはもしかして……。

それを聞く前に、まず私の問いに答えるべきではないのか?

ま、そりゃそうですよね

はっきり言うと、全部は無理だと思います。
でも俺でできることなら何だってする

話にならんな

でも普通の人間ってそういうもんじゃないですか?
大なり小なり辛いことはあるもんですよ。それを全部防ぎきるなんて無理な話です。それにつらい体験をしてこそ人間は成長するってよく言うでしょ?
少しはそういうものもあった方がいいんじゃないかなってね

そうだよね。それは私もそう思うよ。
それにね、私そんなにか弱くないから、辛い目に遭っても乗り越えられる気がするんだ

か弱くないって、それ自分で言うかな~?
まあ確かに先輩は力持ちだし、強そうではあるけど

何せ武道マスター……

うん、私結構強いよ!

はは……。まあそれはおいといて、
俺は先輩と協力して、そういうの乗り越えていきたいなーって思ってるんです

……え?

俺も先輩の事好きだしね!

!?

 それは闘子がずっと待ち望んでいた言葉だった。衝撃の告白に、闘子の頭の中がピンク色に染まる。

 

俺も先輩の事好きだしね!
 

俺も先輩の事好きだしね!
 

俺も先輩の事好きだしね!
 

俺も先輩の事好きだしね!
 

俺も先輩の事好きだしね!
 

好きって……

徹君が好きって言ってくれたー!

  

 

だからお願いします。
先輩を連れて行かないでください。
後から来た奴が何言ってんだって思うかもしれないけど……

……

 
 すると蓮の形相が凄まじいものへと変化した。身体から灰色の陽炎を立ち上らせ、目をギラギラと光らせている。

うわ……

 
 視線だけでもすくみ上りそうだ。だからと言って、ここで逃げたら絶対後悔する。

 徹は自分の心を叱咤して、蓮の目をしっかりと見返した。
 

お願いします!

 ほんの少しの間の睨みあい。けれど徹にはそれがとてつもなく長いものに感じられた。

 そして――

ふん……

 蓮がつまらなさそうに鼻を鳴らした。彼の表情からは敵意がなくなり、身体を取り巻いていた陽炎も消えている。

見事勇者殿は試練を乗り越えたということか

えーと、それはつまり……?

役割を譲ってやる。
元々そういう条件だったのでな。
お前と想いを交わすことが出来たら、契約を破棄すると

え、そうだったの?

あらかじめそれ聞いてたら、絶対逃げてただろうな……

闘子、良かったな

徹君が私のこと好きって…

 余韻に浸っている闘子の耳に、蓮の言葉は届いていない。

 先ほどまで緊迫した空間を作り上げていた二人は、彼女の様子に脱力するばかりである。

先輩……

闘子よ……

えっ? あ、何?

少し早いが18歳の誕生日、おめでとう。こうして健やかに育ってくれて、私は嬉しいぞ。お前が良き人々に巡り会うことができて、本当に良かった

 蓮は慈愛溢れる眼差しで闘子を見下ろし、彼女の頭を優しく撫でた。

あ、ありがとう……

蓮、今までありがとう!
また神社にお参りに行くね……!

うむ

さて、契約が解除されるのは、闘子が十八になった時だ。そして同時に守護の力もなくなる。心してかかれよ、二人とも

うん!

もちろんです

ではな

 そうして短い別れの言葉を最後に、蓮の姿が徐々に薄れていく。

 闘子は徹と一緒に、その様子をただ黙って見つめていた。
 

 ひらひらと桜が舞い落ちる。

 その花びらと、蓮が作りだした白と青の残影が重なり、夢のように美しい光景が描かれる。

 本当にこれは夢なんじゃないだろうか、と闘子は思った。

 だって自分は今、大好きな人と想いが通じ合って、一緒に並んで立っている。一生あり得ないと思っていた矢先にだ。

 闘子は夢見心地でぼんやりと呟いた。

夢じゃないよね……。まさか徹君が私のことを好きになってくれるなんて思わなかった……

実を言うと俺も。
だって先輩お嬢様だし、しかもあんな神さま憑いてるし

徹君、ずっと蓮のこと見えてたんだ……


 そういえば、と闘子は日曜日に聞かれた質問を、今更ながらに思い出した。

 青い狩衣、耳と尻尾を付けた白髪の男。あれは蓮のことを言っていたのだ。

しかもさ、あの人俺のこと睨んでくるし。だから先輩の傍にいるの、ちょっと怖かったんだよね

そっかぁ……

でもさ、先輩と一緒にいるの楽しかったし……

全身で俺の事好きー!っていうのを見てたら、もーたまんなくなっちゃった。そんなのこっちだって好きになっちゃうよ


 先ほども言われたが、自分の気持ちはだだ漏れだったようだ。何となくという程度ならまだいい。しかしこれは恥ずかしすぎる。

 もう闘子は笑うしかない。
 

あはは……

ちょっと変なとこもあるけどさ、そういうところも面白いなって思うしね

徹君……

あ、でもヘリでどこかにいったりとかは遠慮したいかな。俺まだガキだし、しり込みしちゃうんで……。自分たちでできる範囲で、高校生らしいお付き合いをー……ってね

 我ながら親父っぽこと言うなーとは思うけど、と徹が苦笑する。

 しかし闘子は今の正直な言葉で、ますます彼のことが好きになった。彼は真理亜の言うような男の子じゃないのだ。

 徹への好きという気持ちが止まらない。

 勢いづいた闘子は、勇気を出して言ってみた。
 

こ、高校生らしい……っていうとキスはオッケーなんだよね?

あっ……そっかー!

 すると徹は顔を顰めて、頭をがりがりと掻き出した。

 苦虫を噛み潰したような顔をしている所を見ると、何だか都合が悪そうである。もしかして嫌なのだろうか。

 闘子は途端に萎んでしまった。
 

駄目なの?

あ、いやいや全然オッケー!

じゃ、じゃあ今したいなー……!

せ、先輩、気が早いなー……!

えーと、じゃ、目瞑ってくれる?

うん!

 
 闘子は目を瞑って、徹の訪れを待った。

 彼の暖かい手が肩に添えられ、空気が揺れる気配を間近に感じる。

 


 


 二人の唇が重なろうとしたその時である。
 

 
 

シャ―ッ!!

ゲッ!?

えっ!?

 白狐の守護者が、二人の間に突如として現れた。

 相変わらず守護者が見えない闘子には、徹が突然飛びのいたようにしか見えず、何が何やらである。

 

 

ぎゃああああ!!

えっ、徹君どうしたの!?

 
 
 闘子の悲鳴と徹の悲痛な叫びが、中庭じゅうに響き渡る。


 幸せいっぱいの二人はうっかり忘れていた。

 守護の力が消えるのは、闘子が18歳になった時だということを。

 それまでには後四時間ほど残っている。

 残念ながら、初めてのキスはもう少し後になりそうだ……。

   
 

 

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