Episode7  別世界

   


あのー、先輩、一体ここで何をするんですか?

春の味覚狩り!

味覚狩り=ご馳走???

 キノコでも採るんだろうか。しかしそれが闘子の言っていた「ご馳走したい」とどう繋がるのかが、徹には分からない。

弁当でも作ってきてくれたのかなー……

 さっきは気にも留めなかったけれど、彼女の持ってきた荷物はやけに大きめである。

んー……

まー何でもいっか

 徹は細かいことを考えるのはやめた。幸いにも山は大好きだ。しかもこんなにいい天気で、絶好の登山日和。楽しまなくては損というものだろう。

じゃ、二人とも楽しんできてね!

北山さん、
ありがとうございました!

ありがとうございましたー

じゃ、そこのロッジに一度寄って行くね

 飛び立つヘリを見送ってから、すぐ傍に立つロッジを指さして闘子が言った。きっと持ってきた荷物を置きに行くのだろう。

はーい。
じゃ、その荷物、俺が持つよ。
重そーだし

え、でも、いいのかなー……

任せてよ



 

 

重っ!!
なにこれ重っ!!

 気を利かせて持ったはいいものの、予想外の重さに徹は固まった。

 闘子が軽々と持っていたため、こんなに重いとは思わなかったのだ。

 踏ん張って足を踏み出すも、少しよろけてしまい、闘子が不安気な声を上げた。

大丈夫?
無理しなくていいからね……

うっ……

 気を使われて徹はちょっと情けなくなった。しかも女の子の闘子が軽々持てたのに、男の自分がこんな体たらくとは。

大丈夫!
さー行こう!

 無理やり笑顔を張り付けて、徹は気を付けて歩き出す。よろけないように進むのは至難の業だった。
 

 
 



 

おっ、闘子じゃん

 なんとかかんとかロッジに辿り着くと、背後から声が聞こえて徹と闘子は振り返った。

鷹雄

よー

 洒落た格好をした中年男性が、猟銃を背負って手を振っている。どうやら闘子の知り合いらしい。

叔父さん!

鷹雄

なんだよー、彼氏連れか?

違うよ!
後輩なんだ。

鷹雄

ほー。
こんなところまで連れて来るなんて、仲いいんだなあ。
よく遊ぶんだろ?

ううん、初めてだよ

鷹雄

初めて……?

鷹雄

……

 ちらりと闘子の叔父が申し訳なさそうに徹を見る。彼もしょっぱなからこの展開はあり得ないと思っているようだ。

 思わず苦笑いを返すと、彼は笑顔でこちらに近づいてきた。

鷹雄

どうも。闘子の叔父の鷺山鷹雄(さぎやまたかお)です。姪が世話になってるね

こちらこそ……。
俺、雲母徹です

鷹雄

ちょっと変な所もあるけどさ、根はいい子だから、あんまり嫌わないでやってくれるかな……

嫌ってはいませんよ。
驚いてはいますけど……

鷹雄

だよなあ。ごめんなー……

 この様子だと、鷹雄も姪っ子が”異常なまでに男に嫌われる”という性質を知っているようだ。尤も彼は、彼女が妙な行動を取るからだと思っているらしいが。

 鷹雄はやれやれと溜息を吐いて、姪の奇行に嘆くようなそぶりを見せると、しかめっ面をして闘子を振り返った。

鷹雄

ところで闘子、お前シカかイノシシでも狩る気じゃねーだろうなあ?
その大荷物、空気銃じゃないよな?

狩りってそっちの狩りですかー!?

というか空気銃、持ってるのか……

まさか! そんなことしないよ!
第一未成年は狩猟できないでしょ。

良かった……

 闘子の言葉に、徹はほっと胸を撫で下ろした。これで狩りでも始めるなんて言われたら、血が苦手な徹は何が何でも帰っていたところだ。

鷹雄

わかってんならいいが。
お前は時々みょーなことをやらかすから心配でな

え、そうかなあ……。
春だから、タケノコ狩りしようと思ったんだけど……

鷹雄

は~……タケノコ狩りね。
なんというか……

これも何かおかしい?

あ、俺、そーゆーの好きだよ!

 目に見えて闘子の元気がなくなってしまったので、徹はすかさず声を上げた。

 事実、収穫系は大好きだ。特に地面から掘り起こすタケノコや芋系は面白い。宝探しをしているみたいでわくわくするのだ。

 鷹雄は徹が気を使ったと思ったのか、しみじみと感心したように頷いている。

鷹雄

おお、徹君は優しいねぇ……

徹君……

行くなら早く行こうよ。
荷物置いてさ

うん

鷹雄

おー、行ってらっしゃい。
でも昼には戻って来いよ。
獲れたての鹿があるからなー

鹿狩りしてたのか。
鉢合わせなくて良かった……

鷹雄

イノシシに気を付けてな!

えっ……

もー、叔父さんってば!
大丈夫だよ。ここのイノシシは人に慣れてないから、見たら逃げてくよ

そっか

うん。
多分ね!

……



 
 少々ひやりとさせられたものの、タケノコ狩りはつつがなく終了した。

 結果は大漁だ。一時間ほどで八本も採れたのだから大したものだろう。

 昼にはまだ早い時間に引き上げたのは、闘子が御飯を作るからだそうだ。どうやら持ってきたあの大荷物は食材らしい。
 

 出来たら呼ぶからここで待っててね、と徹が通されたのは広々とした洋間だった。本棚には漫画やら小説がずらりと並び、その横の棚にはブルーレイとDVD、おまけにゲームのソフトまで揃えてある。

 家具はアンティーク調のものでそろえてあり、どれもこれも高そうなものばかりだ。

ヘリに山にこのロッジ……

はーすっげーなあ……。
住む世界が違うってやつ……?

 思わず漏れた自分の呟きに、胸がしくりと痛む。徹は顔を顰めて、唇を尖らせた。

 これは良くない兆候だ。ありえないなと思っていた癖に、落ち込むなんてバカげてる。

 徹は微かに生まれた思いを忘れるべく、一冊の漫画に手を伸ばした。

 徹が適当に取った漫画は少女漫画だった。あんまり興味もないが、一応パラパラとめくってみる。

 
 
 

 
 

姫さま……、どうかこの私と結婚してください!!

無理です……コージマ

なぜ、何故です!?
私はこんなにもあなたのことを愛しているのに!

このっ、高貴なあたくしが、何が悲しくて卑しい下民と一緒にならなければならないの!?

あなた、勉強以外に何か取り柄があって!?
財力もない、地位もない、権力もないでしょう!

住む世界が違うのよ!身の程を知りなさいっ!

 哀れコージマは、姫に振られ自暴自棄になり、失意の果てに放浪の旅にでるのであった……。



 

 




 

何だこの漫画

  悲惨な結末に、徹の目が虚ろになる。

…………はぁ

 漫画のおかげで余計に気分が暗くなってしまったようだ。暗澹たる気持ちを抱えながら、徹はソファーに身を投げた。


 

 




 そして一時間後――

  

お待たせ!
遅くなっちゃってごめんね

おおー……

 闘子が腕によりをかけて作ったメニューは、温野菜のサラダ、タケノコのチーズ焼き、鹿肉のラグーソースパスタ、鹿肉のロースト。デザートはブルーベリーソースをかけたチーズケーキだ。

 盛り付けも美しく、まるでどこかのレストランの食事のようだった。

これ全部今作ったの?
先輩凄いね

まさか!
ケーキは前日に作ったんだよ。
あとちょっとした仕込みも前日にね……

鷹雄

さーさー、徹君召し上がれ!
見た目は綺麗だけど、味は最悪!
ってなことはないから、安心しろよ!

 酒を軽く煽って、鷹雄が朗らかに言う。徹は笑って手を合わせた。

はは、じゃ、お言葉に甘えて。
いただきまーす

鷹雄

いやー、それにしても徹君みたいな子が友達になってくれてよかったなぁ!

鷹雄

こいつ、こんなに可愛くて料理もできるのに、男に全然モテないどころか怖がられて……、俺は男友達すらできないんじゃないかって心配してたんだぜ?

鷹雄

まーそれも、女だてらに柔道やら空手やら射撃に精を出しちゃってよぉ……。挙句の果てにチカン撃退して表彰されちゃうしなあ……

表彰は誇らしいことだと思いますけど……

あの噂本当だったんだ……。しかしすっげーなあ。武道を極めるつもりなのか……?

叔父さん、あんまり変なこと言わないでよ。それに空手じゃなくて合気道だよ

鷹雄

対して変わらねーだろぉ

いやー凄いですね。名は体を表すって言うけど、本当だな……

鷹雄

だろぉ?
女の子にこんな名前つけちゃって、兄貴も何考えてるんだか……

 それを聞いて、徹はあっと口を噤んだ。

 確かに闘子の字面は変わっている。女の子につけるような名前ではないだろう。

 自分も幼い頃は苗字のことでよくからかわれて嫌な思いをしたものだ。それをわかっているのに、迂闊なことを言ってしまうとは。

 気にしてたら申し訳ないなあと思いつつ、闘子をそっと伺う。彼女は珍しくムッとして口をとがらせていた。

もー。いいでしょ!
私はこの名前気に入ってるんだから……

どんな荒波にも負けずに闘っていける子になりますように、ってつけてくれたんだって。私は素敵だと思うよ

そーだね……

まあ、昔はちょっと嫌だったけどね

だよね。俺もこんな苗字だからさ、
いっぱいからかわれて嫌いだったなー

鷹雄

そーいやあ雲母ってS県にある苗字だよな

お、そーです。良く知ってますね

鷹雄

印象深いから覚えてたんだよ。
その苗字にまつわる面白い話があってねえ……


 

  
 鷹雄を交えての食事は大いに盛り上がった。彼は話が上手く、ささいな日常の話を面白おかしく聞かせてくれるのだ。また大人ならではの体験談も聞いていて為になる。

 普段見られない闘子の表情を見れるのも楽しかった。

 食事も見た目通りに、どれも美味しくて徹は全てのメニューを完食した。


 ヘリで来られた時はどうなるかと思ったけれど、今日は徹にとって忘れられない一日になりそうだ。それくらい楽しかったのだ。

 

徹君、今日は付き合ってくれてありがとね

 帰りもヘリで送ってもらい、タケノコのお土産までもらってしまった。至れり尽くせりである。

こちらこそ!
色々びっくりしたけど、
面白かったですよ

本当!?

ま、また誘ってもいいかな?

うん……

ありがとう!
じゃあ、またね!

うん、気を付けて

 徹は駆け足で去ってゆく闘子の姿を、笑顔で見送った。そして彼女の姿が見えなくなった頃、俯いて溜息を吐いた。

あーあ……。

 闘子と過ごした時間は心地いいものだった。ちょっとふわふわしたところがあるけれど、話していて楽しいしほっとする。けれど楽しければ楽しい程、憂鬱な気持ちも大きくなる。

 彼女は守護者憑きで神憑きだ。彼らを払うことなんて徹にはできないし、彼女を彼ら以上に守ってあげることもできないだろう。むしろ彼女の強さからすると、守られるのは徹の方だ。これは男としてきつい……。

 そして何よりも今、一番徹が気にするのはこれだ――


 
  

住む世界が違うのよ!身の程を知りなさいっ!

先輩はそんなこと言わない。
でも周りが言いそう……

 闘子の環境は自分とは違いすぎる。いうなれば彼女は高嶺の花だ。もし手が届いたとしても、徹は彼女と自分を比べてしまい卑屈になってしまいそうな気がする。

俺って自分のことばっかりだなー……

ん?
誰だ……知らない番号だけど……

はーい、もしもし。
雲母です

おお、徹!
ばーちゃんから聞いたぞ

 電話の主は、友人と旅行中の祖父だった。電話嫌いの彼は携帯を持っていないため、祖母に伝言を頼んでおいたのだ。

何だ、じーちゃんか。
電話、友達から借りたの?

そうそう。
んなことよりも、神憑きの女の子の話だがなー

何とかできそう?

無理だな!

そっかぁ。
まあそうだろうなあ……

しかし、その子も親御さんも可哀想だなあ……

可哀想……?
えーと、神に憑かれたら最終的にどうなるんだっけ……

なんだ、忘れたのか。
あれはなあ――

うん、うん……

え……まじで?

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