リリアナ王女、ヨシュア王子ならびにギース殿を刺し殺そうとした罪で捕縛する!

 リリアナとカティナは顔を見合わせた。

リリアナ

濡れ衣だわ

カティナ

それだけギースの発言力が強いっていうことでしょ

 カティナは肩をすくめて扉へと視線を巡らせた。
 扉の向こうを見るように、軽く目を細める。

カティナ

扉の向こうに5人ほどいるね。全部犬に変えちゃう?

ヨシュア

カティナ……それは待ってくれ

 弱々しいヨシュアの声が聞こえた。
 リリアナは慌ててヨシュアに駆け寄る。
 ヨシュアはリリアナを見て身を起こそうとするが、まだ傷が痛むように顔をしかめた。

リリアナ

ヨシュア、あんなに血が流れたんだもの。起き上がるのは無理よ

ヨシュア

いや、もう血が出てないなら、動けるはずだ

 ヨシュアは歯を食いしばりながらまだ自力で起き上がろうとする。
 リリアナは見ていられずヨシュアに手を貸した。
 背を押すとヨシュアは無事起き上がる。

ヨシュア

情けないところを見せたな、リリアナ。いくら謝っても謝りきれない

リリアナ

ううん。色々聞きたいこともあるけれど、とりあえず、今はヨシュアは逃げるべきだわ

ヨシュア

俺が逃げたら、この国は魔力独裁になる。それは国のために避けなければ

 ヨシュアの口調はヨルのそれに近い。
 こちらが本音の顔なのだろう、とリリアナは推察する。
 だから、リリアナもヨルに接するような親しい口調になった。

リリアナ

逃げないつもりなの? だって捕まったら殺されちゃうわ

ヨシュア

リリアナが捕まったら、今度はお前の国が黙っていない。戦になるだろう

 ヨシュアは一言一言考えながら口を開く。

カティナ

だから、ギースのほうの奴ら、全部犬に変えてあげるって言ってるんだけどー

 にやにやと状況を他人事のように眺めるのはカティナだ。

ヨシュア

お前は味方か敵かわからないな

カティナ

ヨシュアの味方になった覚えはないなあ

 楽しそうなカティナをひと睨みして、ヨシュアはリリアナを見た。

ヨシュア

どちらにしても、この国のお家騒動だ。それにお前が関わる必要はない。……そのために結婚式を一ヶ月後にしたんだしな

リリアナ

ここまで一緒にいて、エルス王国の未来を語り合って、今更関わることはないなんて、そんなのずるいわ!

 リリアナは思わず声を上げる。
 ヨシュアはリリアナの口を手で塞いだ。
 大きくて冷たい手が唇にあたり、リリアナの鼓動が速くなる。
 頬が赤らむのを感じて、リリアナは一歩後ずさった。

 ヨシュアはそこでようやく自分のしたことに気づいたようだ。
 申し訳なさそうに少し顔を赤らめる。

ヨシュア

……すまない。外に聞かれたらまずいと思って

リリアナ

ううん。どちらにしても時間がないわ。私が出て行って時間を稼ぐから――

ヨシュア

いや、カティナ。頼みがある

 ヨシュアはそこで改めてカティナを見た。
 カティナは相変わらずのにやにや笑いだ。

カティナ

犬にする?

ヨシュア

いや、リリアナを連れて城から逃げてくれ。可能ならば、国境まで。リリアナだけは助けたい

リリアナ

だから、ヨシュア! 私をここで引き離すなんて、ずるいわ

 思わずリリアナが声を荒げるも、ヨシュアはカティナを見たままだ。
 カティナは小さなため息をついて髪をかきあげた。

カティナ

それでヨシュアはいいの?

ヨシュア

俺は構わない。これは王子たる俺の問題だ。カティナも逃げても構わないぞ

カティナ

あたしはこの国の魔女だよ。失礼なこと言わないでよね

 カティナはリリアナの手を取る。
 リリアナは思わずカティナの手を振り払った。

リリアナ

私だって、この国に嫁いできたのよ! ヨシュアと一緒にいるわ

ヨシュア

わかってくれ、リリアナ。お前だけは助けたい

 ヨシュアはリリアナをまっすぐに見る。
 その瞳の強さに気圧され、リリアナは目を伏せてしまった。
 ヨシュアは微かに笑うと扉へと視線を動かし扉越しに声をかけた。

ヨシュア

そこの者たちに告ぐ。私はヨシュア。誰の命を受け、リリアナ王女を捕縛しようとするのか

 扉越しの気配に緊張が走ったように感じられた。

ギース様です。ヨシュア様はリリアナ王女に刺され瀕死の状態でいると聞いています

ヨシュア

リリアナ王女は私の止血を試みてくれた恩人だよ。私がギースに話をしに行こう。それで構わないかい?

ですが、ギース様の命令はリリアナ王女の捕縛と――

ヨシュア

私とギースのどちらの命令を聞くのかな。王家直属の近衛兵たちだよね。王が知ったら嘆くだろうね

 脅しも交えた言葉に扉の向こうがざわつく。

リリアナ

駄目よ、ヨシュア! 今度こそ殺されちゃう……

まずはヨシュア様が無事であることを証明ください。そこで判断致します

 扉の向こうの声にヨシュアは苦笑いをしてみせた。
 ゆっくりと扉のほうへ歩み寄る。
 思わずリリアナが止めようと手を伸ばすと、その手をカティナが握った。

カティナ

じゃあ、あたしたちは行くね

リリアナ

待ってよ、カティナ! ヨシュアが、ヨシュアが

ヨシュア

大丈夫だよ、リリアナ

 ヨシュアは振り返り微笑んだ。
 どこかヨルのつぶらな目を思い出させる笑みだった。

ヨシュア

お前に会えてよかった。――幸せになってくれ

リリアナ

馬鹿ヨシュア! 何言ってるのよ!? 私は――

カティナ

じゃあねー、ヨシュア、幸運を祈ってるよー!

 カティナの明るい声が響く。
 ヨシュアが扉を開けると同時に囲まれるのが見える。

リリアナ

ヨシュア!

 リリアナがヨシュアへと伸ばす手は届かない。
 景色がぼやけていく。
 何かカティナが魔法を使ったのだろう。

 リリアナは声にならない悲鳴を上げた。

 明るくなると次の瞬間には森の中に立っていた。
 木々の向こうに憧れてやまなかった小さな城がある。

 鳥の囀りが響く。
 小さな馬車に乗ってやってきたときと何も変わらない森。
 なのに、あの城で、今、ヨシュアは殺されるかもしれないのだ。

カティナ

ヨシュアの約束は果たした。あとは

 カティナはにんまりと悪戯な笑みを浮かべてみせた。

カティナ

あたしの友だち、リリアナの願いを聞く番だね。国に帰るなら送っていくけど?

リリアナ

私の国はここ、エルス王国だわ

 リリアナはカティナをまっすぐに見た。
 揺るがない決意を持って言う。

リリアナ

ヨシュアを助けたいの

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