ヒラヤマの棲家、部屋の隅のテーブルに着き向かい合って話しているハルトとヤマサキ。

ヤマサキ先生

あの時、君は頭を銃で撃れた状態で私の研究所に運ばれてきた───私は瀕死の君を救おうと必死だった



ハルト

先生がオレの手術をやったっていうのか?



ヤマサキ先生

正直にいうが、最初は君の脳に私の死んだ息子の記憶を移し替えようとしていたんだ。君の身体を利用して息子のエイジを再生しようとした……。でもそれは間違いだと気づいた。エイジに言われてね





エイジ

父さん……





ハルト

エイジ……死んだ息子と話したって?



ヤマサキ先生

そうだ、コンピュータの回路を介して、死んだ息子と再会したんだ。あれは間違いなく息子のエイジだった、信じてはもらえないだろうが……



ハルト

心とか魂は単なる電気信号やエネルギー現象に過ぎない。そういう本を介護施設の図書室で借りて読んだことはある。難しくてよく理解は出来なかったが


ハルトはそういうと椅子に座りなおした。

ヤマサキ先生

うむ


ヤマサキが目を閉じたまま何度もうなずいた。

ヤマサキ先生

生命体というのは自律的運動機関だといえる。つまり人間の身体は機械みたいなものだ。我々の心や記憶はその機械の中ある。いわば機械の中の幽霊だ。エイジの霊魂と交信したんだ───そして君の過去も知ることになった



ハルト

先生はオレの過去を全部知っているのか?



ヤマサキ先生

君の記憶は体感したよ。壮絶な記憶だった



ハルトの顔が曇る。

ハルト

母さんを殺したのは思い出した。でもなんであの夜オレは母さんを殺す必要があったのか───わからない



ヤマサキ先生

あの夜、アパートの隣の部屋で見たことは覚えてないのか?



ヤマサキがそういうと、わからない、というようにハルトが首を横に振った。

ハルト

そこら辺の事はすごく曖昧なんだ、思い出そうとしても頭の中に靄がかかったようになる



ヤマサキ先生

そうか。私も君の記憶の細かいところまで完全に理解している訳じゃあないが、でもあの夜、君に母親殺害を示唆した男がいた。決して君は独断で兇行に及んだわけじゃあないんだ。あれは一種のマインドコントロールだ



ハルト

あの頃アパートの隣に頭の可怪しい女が一人で住んでた。腹をすかせたオレは時々飯を食わせてもらってた。その時いつも話を聞かされてた。男の話だ。その女の恋人だった。その男の話をずっと聞かされた、飯を食う間中。オレも食わせてもらってる訳だから聞かないわけにはいかなくて。でも完全にイカれてた。男に捨てられて精神を病んでいたんだろうな



ヤマサキ先生

その女はあの夜から行方がわからなくなった。そして二週間後にバラバラ死体で発見された───その男はとんでもない殺人鬼だ。未だに捕まってはいない。おそらくどこかで愚行を繰り返してるに違いない



謎の男

殺せ


ハルト

───あの夜。隣の部屋で一体オレは何を見たんだ



ヤマサキ先生

殺人現場を見たはずだ



ハルト

!?






ハルト

……。あの頃オレは確かに母さんを憎んでいた。でも母親を殺害するなんて……その理由を知りたいんだ



ヤマサキ先生

最近発生してる連続絞殺事件もおそらくその男の仕業だ



ハルト

あの連続殺人が男の仕業……


ヤマサキ先生

そうだ、殺害方法が酷似している。その男の憎悪と破壊の衝動。君は暗示によって操られ殺人を犯した。幻想と現実の間で。潜在的に持っている殺意はきっかけがあればすぐにでも顕在化する



ハルト

その男は何のために……



ヤマサキ先生

それは誰にもわからない、狂気のなせる業としか言い様がない。過去に決着をつけたいのならその男に会う事だ



ハルト

……その男を必ず見つけ出してやる



ヤマサキ先生

私は君の記憶をあの夜封印した。忌まわしい記憶だ。できれば全て消し去ってやりたかった。新しい人生を歩ませたい、そう思ったし、それが息子エイジの希望でもあった。己の過ちで息子を死に追いやった私の償いでもあった───しかし君は思い出してしまった……それは君が本来もって生まれた宿命だ。その男に会ってどうするかは知らないが、思い通りにするがいい



ハルト

オレには感情がないんだ。いや、違う。怒りと憎しみだけはある。それ以外の人間らしい感情……そう、心がない。マスターが家族を思う気持ちやあの姉弟の絆も理解できないんだ。オレの心には邪悪なものが潜んでいる。マスターやあの姉弟を見てると頭が疼いて我慢できなくなるんだ



ヤマサキ先生

君の生い立ちを思うと仕方のないことかもしれない。これは君の脳を調べて判ったことなんだが。君の脳には腫瘍がある



ハルト

オレの脳に腫瘍が───



ヤマサキ先生

通常の腫瘍なら摘出してしまえばいいのだが、君の場合腫瘍のある場所が松果体といって人間の大脳の最も深い部分に位置していたんだ。松果体は脳幹といって即人間の命に関わる部分に非常に近いので摘出は不可能だった



ハルト

オレは近いうちに死ぬのか?



ヤマサキ先生

それはわからない。詳しい検査をしてみないと何とも言えない。それに六年前に診たきりだ。今君の脳の腫瘍が大きくなってるかどうか、悪性の腫瘍なのか、精密な脳の断層写真を撮ってみないと何ともいえない



ハルト

オレに感情がないのはその腫瘍に関係があるのか?



ヤマサキ先生

それもわからない。しかし直接的な関係性はないと思う。私は君の育ってきた環境や経験してきたことに原因はあるんじゃないかと思ってる



ハルト

もう一つ教えてくれ、先生



ヤマサキ先生

なんだ?



ハルト

オレは今までに銃は触ったことも無かった。だけどわかるんだ、実際手にしてみると銃の仕組みやどうやって撃ったらいいかとか───そういう事が自然と理解できている



ヤマサキ先生

それは、プログラムのせいだ



ハルト

プログラム?



ヤマサキ先生

私は昔、政府の極秘軍事プロジェクトに民間人の研究員として参加していた。そこでやっていた研究というのは、脳にマイクロチップを埋め込んで、最強の『超兵士』を創りだそうという計画だった。君の脳内にインプラントされた人口海馬は軍事用に開発されたものだ。銃火器の取り扱いや戦闘技術のプログラムがあらかじめインストールされている



ハルト

オレの頭の中にそのチップが埋め込まれてるのか?



ヤマサキ先生

そうだ。君が運び込まれた時、君は頭に銃弾を受けていた。脳には海馬という人間の記憶を司る器官がある。君の海馬は被弾したことによって損傷していた。それで代わりに人工の海馬チップを埋め込んだ。通常はロックされて作動しないが、今回みたいに外部から激しい暴力を受けた場合は脳の機能補助装置が作動する仕組みになっている。今、君は高い戦闘能力を持っていることになる



ハルト

教えてくれ先生、一体オレは何者なんだ?





ハルトがそういうと、ヤマサキは黙ったまま、ゆっくりと首を振った。
















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