ヤギ

いい加減で起きてくれよぉ、トコナミさん






ブルーシートを数枚重ねて作られたテントの中、ヤギの声が響く。


それでもトコナミは相変わらずいびきをかいたまま起きる気配もない。


ヤギ

一体何時間寝れば気がすむんだよ、トコナミさん!





ヤギはトコナミの寝ている簡易ベッドのアルミパイプ製の脚を履いているジャングルブーツで思い切り蹴った。




一瞬引きつるような声を上げてトコナミのいびきが止まった。

目を覚ましたトコナミは寝そべったまま右手首を目の前に持ってきて腕の時計を見た。

その耐用年数ははるかに過ぎた旧式のアナログ時計には長針は付いていなかった。


短針は四時と五時の間を指していた。


───ちゃんとした時計が必要だ


トコナミはまだまだボンヤリとした頭でそう思った。


トコナミ

もっと早く起こせ、馬鹿野郎!



トコナミはベッドから半身起こすとヤギに向かって怒鳴った。

ヤギ

何回も起こしたよ、でも全然起きようとしないんだから



ヤギは泣きそうな声で言った。

トコナミ

腹が減った、なんか食いもんはあるか?



ヤギ

トウモロコシ粥とカマキリなら少し残ってるよ





六畳程のテントの中、テーブル替わりの木箱に着くとヤギが用意したカマキリの幼虫の唐揚げを美味そうに頬張るトコナミ。

トコナミ

もぐもぐ



ヤギ

それ美味い?



トコナミ

ん、虫が美味いわけ無いだろが、アホか!





そう言いいながらトコナミはカマキリの幼虫のまるで小エビのかき揚げのような食感を味わうことに没頭している。



ヤギ

ずいぶん美味そうに食ってるじゃないか。で、本当に今日やるのか?



トコナミ

無論


トウモロコシ粥をすすりながらトコナミは言った。

ヤギ

本当にあの爆弾でネオシティの壁が壊れるかなあ……



トコナミ

……



ヤギ

本当にあのジイさん信用できる?



トコナミ

……



ヤギ

なんとか言ってくれよ、トコナミさん!



トコナミ

だまれ! 大体あのジイさんが信用できるかどうかなんてどうでもいいんだ。あのジイさんはもう長くねえ、家族全員を放射能汚染で死なせてしまった自責の念で自分も死にたがってる。最期にこんな世界にしちまった政府に一泡吹かせてやりたいから自爆やらせてくれって。あの顔に嘘はねえ、それで十分じゃねえか!!



ヤギ

じゃあ、ネオシティの壁壊したあとどうするの?



トコナミ

しーるーかー、みんな勝手にやりてえ事やればいいじゃねえか



ヤギ

やりたい事って?



トコナミ

うーむ、そんなことわかるわけねえ、人それぞれだ



ヤギ

じゃあさ、トコナミさんは何のためにやるんだよ?



トコナミ

オ、オレか。オレはただラーメンが食いたいんだ、まずはラーメン屋を襲って食ってやる



ヤギ

そうだ、俺も豚骨ラーメンが食いたいよ!



トコナミ

それで訓練のほうはうまくいったんだな?



ヤギ

ああ、大丈夫だよ。あいつら武器の使い方は覚えた、もう完璧だよ!



トコナミ

うむ



ヤギ

一体何人くらい集まってくるのかなぁ



トコナミ

二千は来てるらしいぞ



ヤギ

そんなに!?



トコナミ

嘘に決まってるだろが。そんなにいるわけ無いだろ、アホ。何人来てるかなんて知るか! お前さっきからいろいろウルセーんだよ。オレにわかるわけねえよ、あの爆薬で壁が崩れるかとか、壊した後に何やるかなんて、もう二度と訊くな!



一気にそう言うとトコナミは引きつったように笑い出した。



トコナミ

兎に角もうオレに質問するのはよせ!いいなっ


トコナミはひとしきり笑い終わると手でヤギを制するポーズをとり深刻な顔をしてそういった。

トコナミ

ネオシティのゲートをぶっ壊す。ただそれだけだ。理由はねえ、誰のためでもねえ。オレは無性にラーメンが食いたい。オレにはラーメンを食う権利がある。以上だ!



トコナミは段々と興奮が高まって叫ぶような口調になった。
 

そしてテントの天井に向けていた視線を戻しヤギに向き直って話を続けた。

トコナミ

いいか、ネオシティへの侵入は、朝八時に資材搬入用の地下道、トラックがゲートの真下に来たタイミングでジイさんが起爆スイッチを押す。その瞬間、荷台に仕込んだC-4爆薬と壁の構造上の要所に直接埋め込んだ爆薬も同時に爆発してネオシティの西の門を吹っ飛ばす。その混乱に乗じて敵本陣に突入だ!




テントの外。


ネオシティから数キロ離れた廃墟と化したサッカースタジアム。
 

各地から噂を聞きつけた男達が続々と集まりつつあった。
 

彼らは皆、今回の暴動の具体的な作戦内容は知らされてなかった。
 

ただ今までに経験したことのない大規模な暴動が起きようとしている。
 

それはこの場の雰囲気を見ても歴然であった。
 

思い思いの武器で武装した男達、それに対決姿勢をあらわにした屈強な女達も加わってスタンド席にひしめいている。
 

今やその数は今や二万人を超えていた。












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