21│誘って誘われて

レイン

何があったのか、教えてくれる?

おかしな空気を感じ取ったのだろう。

先輩の肩に乗っているレインが、クロニャに向かって小さく言った。

クロニャ

さっき、晴華にゃんと舞にゃんが教室を移動しているときに、昂太郎にゃんと会ったのにゃ。

そのとき、昂太郎にゃんは緊張しすぎて、逃げちゃったにゃ。

舞にゃんが声をかけたにもかかわらず、にゃ。

それで、舞にゃんは怒ってるにゃ

レイン

なるほど、それからの鉢合わせか……

話を聞いていた先輩とレインが、同時に小さくためいきをつく。

にゃあー……

舞の猫が、低くうなる。

にゃあああ

一方の昂太郎君の猫は、今にも泣き出してしまいそうだ。


どうしよう、と私が何もできないでいると、先輩が明るく言った。

雨音 光

どしたの? 

川越さんも、幸谷さんも、おいでよ。

今日はいい風が吹いてるよ

レイン

大丈夫、光に任せて

レインが、私に目配せをする。

先輩も、私を見て小さくうなずいた。

川越 晴華

今日は天気がいいですもんね

私も先輩に便乗。

からっと笑って、屋上に足を踏み入れる。

しかし、舞はなかなか入ってこない。

雨音 光

幸谷さん、どしたの?

……今日は帰ります

雨音 光

どうして?

理由はわからないんですけど、その人に、私、嫌われてるかもしれないので

眉をつり上げ、舞はずばりと言う。

昂太郎君は何度も首を横にふる。

田宮 昂太郎

ち、違います! 誤解です

何がどう誤解なの?

雨音 光

まあまあ、幸谷さんも田宮君も落ち着いて

泣きだしそうな昂太郎君と、にらみをきかせる舞の間に先輩が体を割り込ませ、二人に向かってにこりと微笑んだ。

雨音 光

田宮君がやけに落ち込んでると思ったら、何かあったんだね。

幸谷さん、どうしたの?

……今日、廊下でその子と会ったんですけど、私を見るなり逃げ出したんです、その子

雨音 光

そっか。それは確かに嫌だったよね。

でも、田宮君にも悪気があったわけじゃないと思うよ。

緊張しただけだよね?

こくこく、と昂太郎君がうなずく。

舞は黙って、昂太郎君の言い分を待っているようだ。

田宮 昂太郎

えっと……俺……

にゃあ

昂太郎君の猫のつぶやきに、クロニャとレインがぴくりと体を震わせた。

レイン

言わなきゃって

にゃあ……にゃあ、にゃあ、にゃあ

レイン

何度も……

私の肩に乗っているクロニャが、震えている。

私も、昂太郎君を見つめながら、思う。


頑張って、勇気を、出して。

にゃあ!!

田宮 昂太郎

お、俺! 人の視線が怖いんです。

たくさんの人が……怖くて

昂太郎君が、ぽつり、ぽつりと話始めた。

田宮 昂太郎

今も、今も……三人の前で話すなんて、ぎりぎりで、こ、怖いんです。

視線が、刺さるようで……教室や廊下なんて、もっての他で

田宮 昂太郎

でも、でも、少しでもそんな自分をどうにかしたくて……でも、うまくいかないことばっかりで。

憧れていた部活には入れなくて、友達も……だから、目立っていても、自分のしたいことをしている雨音先輩が、かっこよくて。

噂になってても気にしない川越先輩も、かっこよくて。


だから、お二人と初めてお話できたとき、本当に嬉しくって、テンションあがっちゃって……

マシンガントークの昂太郎君を思い出す。

本当は、人目をきにせず、だれの前でもああやって話したいのかもしれない。

そう思うと、少しだけ切なくなった。

田宮 昂太郎

それと……もう一人、素敵だなと思った人がいて……

昂太郎君が、舞をじっと見つめる。

田宮 昂太郎

この前、屋上にいた雨音先輩に手をふられて、少し楽しそうに笑っていた幸谷先輩を見て、ああ、なんて素敵な人なんだろうって思ったんです

幸谷 舞

えっ……う、うん

舞の頬が、心なしか赤く染まっている。


それもそうだろう。

こんなにまっすぐな言葉を聞いて、嬉しくならない人なんて、いないはずだ。

田宮 昂太郎

俺も含めて、きっと何人かが、幸谷先輩のこと見てました。

でも、幸谷先輩は気にしてなくって、かっこよかった。

この人のこと、もっと知りたいって思ったんです

田宮 昂太郎

雨音先輩も、川越先輩も、もちろん知りたい、話してみたいとは思ってました。

でも、こんなに強く、話したいとか、知りたいとか思ったのは、幸谷先輩が初めてなんです

田宮 昂太郎

また会えるかもって思って、昨日、思いきってここに来たんです。

屋上への階段をのぼるとき、すごく視線を感じて、何度もダメだって思ったんですけど、それでも、ただ、幸谷先輩に会いたくて

田宮 昂太郎

なんでだか、自分でもよくわかんないんです。

ただ……あのときの笑顔が、すごく、綺麗で、忘れられなくて

幸谷 舞

……うん

田宮 昂太郎

………………えっと

昂太郎君の頬が、みるみる赤くなっていく。

見てるこっちも、恥ずかしくなってくる。

レイン

デ・レ・デ・レ!

べ、とレインが舌をつきだして、そっぽを向いてしまった。

先輩は、私と目が合うと、俺達の出番はもうなさそうだね、というように肩をすくめた。


昂太郎君が、あ、とかすれた声を出す。

田宮 昂太郎

あ、の、ですから、幸谷先輩を嫌っているなんて、そんなこと

幸谷 舞

うん、わかった……十分に

舞が、頬を赤らめながら、微笑んだ。

幸谷 舞

ごめん、早とちり。

私も、友達作るの苦手なんだ。

さっきみたいに、すぐつんけんしちゃうの。

だから、少しだけど、田宮君の気持ちはわかるよ。

でも、本当に少しだけ。

きっと田宮君は、私の想像を越える勇気を振り絞って、いつも学校に来てるんだね

風が、ふわりと優しく吹いた。

幸谷 舞

それって、かっこいいと思うよ。

私は

田宮 昂太郎

あ……り、がとう、ございます……

舞も昂太郎君も真っ赤になって、もう、何、何なのー!

幸谷 舞

あ! そうだ

ぽん、と手を叩く舞。

幸谷 舞

いいこと、思い付いた

舞が、昂太郎君に一歩歩み寄るのと同時に、先輩は静かに私の隣に移動した。

雨音 光

行こう、川越さん

耳元でささやかれて、とびはねそうになる。


ちら、と舞と昂太郎君に目をやる。

舞が、楽しそうに昂太郎君に話しかけている。
なんだか、いい雰囲気だ。


二人に気づかれないよう、静かに屋上を去る先輩に、私もあわててついていく。

後ろ手にそっと屋上の扉を閉めたあと、先輩にこそこそと話しかけた。

川越 晴華

あの二人、いい雰囲気でしたね

雨音 光

そうだね

ふりかえって、先輩が微笑む。

雨音 光

いい雰囲気だった

川越 晴華

私もそう思います

雨音 光

でもさ、川越さん。

屋上に来る人が増えると、あんまり猫見の話、できなくなっちゃうね

川越 晴華

あ、確かに

雨音 光

だからさ、川越さんーー

先輩は、少しだけ不安そうに私を見つめて、そしてーー。

にゃん、にゃん、にゃん、にゃーん!

次の日、舞の猫が教室に入るや否や、私の机の回りをぴょんぴょんと跳ねはじめた。

ご機嫌だ!

やったーやったー、新入部員!

舞のご機嫌な声が聞こえてくる。

新入部員が増えたよ、晴華! 

もちろん、昂太郎君! 

昨日あのあと誘ったら、嬉しそうに快諾してくれた、やったー! 

しかも聞いてよ晴華さん!

ガタガタと大きな音をたてて、舞が私の前の席に座る。

あれっ、元気ない?

川越 晴華

へ? あ、え? いや! 

どうしたの、まいまい、ご機嫌で。

しかも、のあと、なあに?

幸谷 舞

えへへへ、あのね、昨日、昂太郎君を部活に誘ったでしょ、そのあと、にゃいんのID交換したのね。

そしたらさっそく連絡が来てね

ふふふ、と舞が楽しそうに笑う。

幸谷 舞

昂太郎君に、誘われちゃった

川越 晴華

誘われた?

幸谷 舞

デートに!

川越 晴華

……でえええ!?

クロニャ

にゃああ!?

思わずクロニャも叫んでしまう。

そりゃそうだ、昂太郎君、勇気振り絞りまくりだ!

川越 晴華

ど、どこに行くの?

幸谷 舞

公園! ボート乗るの。

それなら、人が周りにいないでしょ? 

だからゆっくり話ができるって。

一度乗ってみたかったんだって、昂太郎君。

一人じゃ乗る勇気はなかったから、夢だったって

川越 晴華

尊敬する……

幸谷 舞

私も。昂太郎君、緊張しいだけど、勇気がないわけじゃないんだよね

川越 晴華

まいまい、違うの。

私は、まいまいを尊敬する

幸谷 舞

へ? なんで?

私は、長い、長い、ためいきをついた。

昨日の、私の失態を思い出す。

もう、本当に、本当に、何をしてしまったんだ、私は。

川越 晴華

私は、先輩からの誘いを断ってしまったのです……

……誘いって、まさか

まさか。そう、私だって、まさかと思った。


まさか、先輩が誘ってくれるなんて。

川越 晴華

……デート、に

舞が、あんぐりと口を開けて、大きく息を吸ってーー学校中に響き渡るんじゃないかってほどに、絶叫した。

え……

幸谷 舞

えー!!!!!!!

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