20│最悪の出会い方

田宮 昂太郎

に、二年生の教室に行ったことなんてないので、少し緊張するっすね

はは、と無理に笑う昂太郎君。目が宙を泳いでいる。

田宮 昂太郎

えっと、あ、すみません。

そろそろ用事があるので失礼します。

教室は、行けたら伺いますね。

また、屋上に来てもいいですか?

雨音 光

あ、うん、もちろん

先輩の返事に、よかったと昂太郎君は胸をなでおろした。

田宮 昂太郎

それじゃ、今日は突然失礼しました!
また!

ぺこぺこと頭を下げながら、逃げるように昂太郎君はその場を去ってしまった。

にゃー!

昂太郎君の猫も、ごきげんな声をあげながら去っていく。


扉が閉じる音がしたあと、レインがすぐに口を開いた。

レイン

元気な人と猫だったけど、教室には行けないって

雨音 光

どうして?

レイン

緊張しちゃうんだって、人がたくさんいると。

だから教室は無理だって

川越 晴華

緊張しちゃう?

クロニャ

人見知りにゃんですかにゃあ?

クロニャの言葉を、脳内で繰り返す。


人見知り。あの元気君が?

川越 晴華

そうは見えなかったけどなあ

雨音 光

まあ、屋上はほぼ人がいないしね。

先輩がたくさんいる教室となると、話は違ってくるんじゃない?

川越 晴華

なるほど……確かに、上級生の教室って緊張するかもしれませんね。

そうじゃなかったら、学校中の教室を探し回りそうなキャラですもん、昂太郎君。

……先輩、何驚いてるんですか?

雨音 光

え、あ、いや、なんでも

先輩がぷい、と顔をそらす。

ん? 何なんだろう。
レインがにやにや笑ってるのも気になる。

なんだ、なんだあ?

雨音 光

幸谷さんも……田宮君も屋上に来るようになったら、なんだかすごく面白そうだね

川越 晴華

そうですね。

学年も入り混じって、なんか、部活みたいですね。

パトロール部!

雨音 光

パトロール部?

はは、と先輩が笑う。

じゃあ今日もパトロール、と先輩がゆっくり歩きはじめる。


少し、離れたところで、独り言のように先輩は言う。

雨音 光

でも、あの二人に猫見はあげられないしなあ

心臓がはねる。

それは、私だけ特別、ってこと?
身体中が、嬉しさで燃えるように熱くなる。

川越 晴華

本当にこの先輩は……

先輩の一言で、ここまで嬉しくなってしまう。

もう、これは、恋、なのだろうか。




明日、舞に話してみようかなと思いながら、私は先輩の背中をじっと見つめた。

幸谷 舞

あー! づ、が、れ、だ

次の日、舞は休み時間ごとに机に突っ伏して眠っていた。

よほど疲れているようで、恋の話をし出すタイミングもつかめない。

川越 晴華

次は移動だから眠れないね

ぬあー辛い!

にゃーん……

舞の猫が、前足で自分の顔を何度もなでる。

舞も猫もとても眠たそうだ。

川越 晴華

部活のこと?

そう。私、うまくいかないことがあると眠れなくなる繊細な人なんだよね……

川越 晴華

自分で言う!

だって本当のことだもーん

言いつつ、机の中から教科書を取りだし、のろのろと立ち上がる舞。

教室を出て、ろうかを歩いている間もずっと、眠い眠いとつぶやいていた。

川越 晴華

まあ、相談は今度でいいかな

そんなことを考えながら、廊下の角を曲がった、そのとき。

川越 晴華

あっ

ん?

向こうから歩いてきていた昂太郎君と目があって、思わず声をあげてしまった。


昂太郎君は、声も出ないほど驚いているようで、口をぽかんと開けたままたたずんでいる。

川越 晴華

そういえば、人が多いところだと緊張しちゃうんだっけ

それでも、私が声をかけたら、話ぐらいはしてくれるだろう。


舞と接点を作れるチャンス!

川越 晴華

昂太郎君!

駆け寄る私を穴が開くほど見つめながら、その場で硬直している昂太郎君。

川越 晴華

偶然だね

田宮 昂太郎

……あ

絞り出すように出されたその声は、かすれていた。

にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ

昂太郎君の猫が、昂太郎君の足元をぐるぐると回りはじめる。

クロニャ

どうしよう、笑わなきゃ、しゃべらなきゃ、でも、視線が、それに、舞にゃんが……って。

かなり混乱していますにゃあ

クロニャの言う通りだ。

私が想像していた以上に、昂太郎君は混乱しているようだった。


軽い気持ちで声をかけたことを後悔する。

私が何気なく声をかけたこの行動が、彼を人混みの中で停止させてしまった。

それは、私が想像するよりも、彼にとって恐ろしいものだったのかもしれない。


どうしよう、と迷っているとーー。

晴華、友達?

舞の言葉に驚いたのか、昂太郎君が目をますます大きく見開いた。

川越 晴華

あ、えっと

私も混乱してしまう。

どうしよう。

にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ

クロニャ

どうしよう、無理だ、怖いって……晴華にゃん

クロニャが私の肩にぎゅっと強く捕まる。

どうしよう、どうしよう!

こんにちは。

はじめまして、幸谷です

舞が、私の隣で、ふわりと笑ったのを合図にするように、昂太郎君はその場ではねあがった。

田宮 昂太郎

あ……え、え……と

にゃあ!

昂太郎君の猫が叫ぶのと同時に、昂太郎君は駆け出した。

クロニャ

無理だ、って

クロニャが、二人の背中を見つめながら、ああ、と小さく声をもらした。


私も、思わずああ、ともらしてしまう。

やってしまった。悪いことをしてしまった。

何? どういうこと?

舞の声が、トゲトゲしくなっている。


まずい。


そう直感して、恐る恐る舞の方を見ると、案の定、舞は不満そうに顔をしかめていた。


悪いことは、連鎖して起こるのかもしれない。

どうしたんだろ、あの子

私の友達かもしれないという可能性を考慮して、言葉は優しいけれど、顔は明らかに怒っている。


そう、まるで……

にゃあ! んにゃあ!

クロニャ

……私を見て逃げた? 

何あの子、感じ悪いにゃあ、って……

そりゃあ、そうなっても仕方がない。

川越 晴華

ど、どうしたんだろうね? 

忘れ物でもしたのかな?

明るく振る舞って、適当に話をそらした。

もちろん、うまくいったとは思っていない。


あーもう、本当に空回る。何してるの、私!

久々に屋上に行きたい

川越 晴華

えっ

授業が終わって、舞は部活かな、と思っていた矢先だった。

脳内にはじける、最悪のシナリオ。


また、昂太郎君と舞がはちあわせてしまったら?


背中を、冷や汗が流れていく。

私の気持ちなんて知るよしもない舞は、両手を上にあげて伸びをしている。

あそこ、気持ちいいんだもん。

久々に部活のことなんか考えず、屋上でかっこいい先輩見ながらぼけーっと二人の会話聞いてたい

川越 晴華

か、かっこいい先輩!?

混乱しすぎて、反応する場所がずれてしまった。

舞がにや、と笑う。

ああ、大丈夫。

私にとって先輩は鑑賞対象だから

川越 晴華

鑑賞!

晴華にとっては、恋愛対象?

川越 晴華

か、かもしれない!

私の言葉に、おっ、と舞は身を乗り出す。

幸谷 舞

自覚してきたな! 

よしよし、いいよ、屋上行こう! 

晴華は私の観察対象!

川越 晴華

ひええー

にゃんにゃんにゃあー!

クロニャ

楽しそうですにゃあ

確かに、舞も、舞の猫も楽しそうだ。


こんなに楽しそうな舞に、今日は来ないでなんて言えない。

昂太郎君が来ないことを、祈る!
いざ、屋上へ!

と、屋上の扉を開ける、と

田宮 昂太郎

川越先輩ー!

先輩より先に、視界に飛び込んできたのは、昂太郎君だった。


そこで、あ、にゃいんで先輩に確認するとかすればよかったんだ、と思うけれど、もう、遅い。

田宮 昂太郎

今日、すみませんでした、声かけていただいた……

犬のように私に駆け寄ってきて、相変わらずのマシンガントークかと思いきや、途中でその声はフェードアウト。


それはそうだろう。

私の後ろにいた舞に気がついたら、声が出なくなるのも仕方がない。

田宮 昂太郎

あ……っと

……どうも

雨音 光

川越さん? 

あ、幸谷さんも。

……どうしたの?

ど、どうしよう、この展開……!

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