箱庭















薄らぼんやりと雲がかったような



光が見えはじめた頃。







まるで空耳のように



微かに、そしてくぐもったような声が



聞こえ始めた。













……なさい。


……にいちゃ……。




眠井 朝華

!?

さいごの……
……ちゃって……。


ごめんなさい。




チーシャ

気を抜いちゃいけない!







その時。




とてつもなく大きな口が




私を食べようと襲いかかってきた。





眠井 朝華

ひっ!





間一髪、身をかわして避ける。











残念でした。



私が寝ることの次に得意なのは



逃げ足の速さよ!





チーシャ

油断し過ぎだね。
まだおネムの時間なのかな?




チーシャがため息混じりに


私を皮肉る。






ちゃんと目は覚めてますよ。


寝てますけど。



チーシャ

それに、ここは夢の主の認識していない場所だ。早いところ確定すべきだ。




……忘れてた。






言われて思い出す



戦のための手続き。






それに今のこの軽装では



致命的な精神ダメージだって受けかねない。


眠井 朝華

じゃあ、ここ確定するから
AAなんたらオネガイね。

チーシャ

アクションアシストアダプターだよ。




あれ?


なんか長くなってない?


そんな名前だっけ?

チーシャ

今日はこれで決まりにするよ。
次はまた違うかもしれないけどね。




さすが夢の世界の住人。


不定形の命名ですね。


じゃあ、まあそれでいいけど。

眠井 朝華

それより、今日は前とちょっと違う衣装にしてよ?

チーシャ

うん、任せてよ。





不敵な笑みを浮かべるチーシャ。




今回もまたダメかもしれません。


新しい衣装をご希望のお客様


また次回をお楽しみに。





チーシャ

さあ、目を閉じて。




深呼吸をして息を整える。



目を閉じて見える世界を遮断する。

チーシャ

想像しよう、今日の君の世界を。










雨の降らない室内。






陽が届かなくても明るい部屋。















想像する。






夢の主の負のイメージを



払拭する世界を。







そして、広がれ。









ちょっとスイートスポット外した……。









次は地面。




狭い橋ではない地面。



広くて安定した地面。






直前までのふわふわした足元の感覚が



しっかりとしたものに置き換わる。




















そして、目を開ける。
























なにここ?







暗転の後に広がる世界は、


無味乾燥な密室。






密室なのはわかるけど……。



いやぁ、広い……。



なにこれ、アラブの王族御用達の体育館?







それにしては窓も何もない。



後ろを見ると入口もない。









閉じ込められた。






チーシャ

やられた。

眠井 朝華

チーシャの姿も変わってるぅぅ!

チーシャ

何をとぼけているんだい。
君の仕業じゃないか。





バレてますね。



はい、ゴメンナサイ。



代わり映えしない



素敵な衣装に対するお返しです。







チーシャ

言っておくけど、今回の衣装は毛並みにこだわっているよ。

前と同じだなんてとんでもない。




ごめん、毛並みは触る分には良いけど


傍から見られる分には


その差がわからないわ。


チーシャ

それに、この世界だって君の想像の延長じゃないか。

眠井 朝華

うーん、それはそうなんだけど……。






要所要所は間違ってないけど



詳細が足りなかった。








色鮮やかな想像をするには



やっぱり脳に糖分が足りていないんです。





チーシャ

まあ、いいさ。
ほら、遠く離れた室内で何かが起こっているよ。









広大な室内で目を凝らす。





視線の先では……























何やら包みのような物が



激しく破裂しているような……。








その中心には女子高生らしき姿。



頭を抱えてしゃがみこんでいる。







眠井 朝華

何アレ……。

チーシャ

なんだろうね。
まあ、恐れず近づいてみればいいんじゃないかな?




チーシャめ。



人事だと思って呑気な。


チーシャ

きっと、得意の逃げ足の速さでどうとでもなるよ。




猫顔のまま



いたずらっぽそうな顔をする。

眠井 朝華

ぐぬぬぬ……。




近づくしか無いのはわかった。



しかし、どう解決したものか。



とりあえず、ふさぎ込んだ顔を



覗きに行ってみようか。

チーシャ

それでいいよ。
遠巻きに眺めていても
その心はわからない。

さらに踏み込むのが第一歩さ。




チーシャに言われて妙に納得する。




眠井 朝華

よし、行ってくる!

























謎の爆発を難なくかいくぐり






女子高生の元へと近づく。












一体どんだけ広いんだ、この密室。












しかし、たとえどんなに広かろうと




無傷で到達してみせよう!



眠井 朝華

ふふん、余裕余裕!

眠井 朝華

ん?





調子に乗ってすれすれで避け続けた時、




顔に爆発物の破片が



頬にぴちゃっと付いた。


























ぴちゃ?


























おかしくない?





















異変を感じて一旦距離を取る。















爆発のない安全な場所で





頬についた破片を拭い見る。












































眠井 朝華

に……

チーシャ

肉片―!








ぎゃああ、早く顔を洗いたいー!








まさか人の……?



勘弁して下さい……。










恐る恐る爆発の元となる



包みのようなものに目をやる。





































チーシャ

でかい餃子ー!

眠井 朝華

……。









餃子には耐性が付いているから



まあいいとして、




良かった、人肉じゃなかった。










その餃子も数秒ほどすると……

















と爆発……、と言うか







激しく弾けている。












うん、具を詰め過ぎ。




はち切れんばかりに




具が詰め込まれた餃子は




餡の内圧に餃子の皮が負けると




一面に豚肉が飛び散るようです。
















これ、なんて兵器ですか?






もしかして、学校の肉片騒ぎも





この餃子爆弾のせい?







チーシャ

それはちょっとおかしいかな。





チーシャの声が耳元に聞こえてきた。



チーシャ

夢の中の出来事が現実の世界に
影響をおよぼす事はほとんど無い。

チーシャ

ましてや、現実の物質として
顕現させる事など
起ころうはずもない。

たとえ夢の主であっても
それが現実世界の住人なら、ね。

眠井 朝華

……ふーん。





チーシャの言い回しには



なにか含みを感じる。




隠し事はイクナイ!










さて、それよりも今は



この状況をどうするかだ。








安全な場所へ引いたはものの



最初と比べてだいぶ夢の主に近づいた。






遠巻きに見る女子高生は



塞ぎこんでいたわけではなく



しゃがみこんで、足元で餃子爆弾を作っている。








よく見ると、餃子爆弾が完成したあと




女子高生はそれを見て頭を抱え




何かを叫びながら遠くへ投げ捨てる。













付け入る隙といえばその辺だろうか。








チーシャ

……心の叫び。
耳を傾ける価値は十分にあるね。






よし、それだ。






























次はあの娘の心の叫びを聞いてみせる。
































つづく

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