無理無理無理無理!


あんなにたくさんの人の


好奇の視線を浴びながら


校舎へ向かうなんて無理です。


視線量がキャパシティーオーバーです。





お願いですから、全校集会は


明日に延期して下さい。


明日は休みますから。


眠井 朝華

えっ…と…あの…

保健室でしょ?

眠井 朝華

は、はい。

他の子の目につかない行き方があるから
大丈夫よ。
さあ、行きましょう。

眠井 朝華

あ、ありがとうございますぅ。




















迂回




























校庭に並ぶたくさんの背中は


誰一人私の隠密行動に気づかない。




ふふふ、見よ、この完璧な足取り。


ウソです、見ないで下さい。


放っておいて下さい。





そのまま私は安息の地への


ヴァージンロードを歩く。




もしかしたら、今日はすぐに帰ることに
なるかもしれないわ……。

眠井 朝華

な、なにか……
あったんですか?

ちょっと変な事件があったの。

眠井 朝華

……事件?

校舎内のいたるところに……

肉片が散らばっていたのよ。

眠井 朝華

肉…片……?

ええ、肉片。





まさか、バラバラ殺人!?


そんなテンションなの?この作品?




眠井 朝華

ま…まさか……生徒の…?

安心して。
その肉片は豚の挽肉だから。



だそうです。


あらびきでしょうか。


ほそびきでしょうか。




そもそもバラバラ殺人なら、


学校は警察により封印されるのが世の常。





全校集会で済ませるなら


どんだけ隠蔽体質なんだ、と


体質改善ダイエットが捗ります。



でもねぇ……

困ったことに教室中が生臭いのよ。


教室中……?




つまり、私の安息の地も


生臭領域に侵されたということか!




おお、なんてことだ。


我の留守の間に


国が滅ぼされようとは。


誰だ、滅びの呪文を唱えたのは?


バサロだっけか?

幸い保健室は鍵を掛けてたから
無事だったけどね。




無事らしい。


聖域とはかくあるべきだ。




はい、ここから入れるわ。



校庭に面した保健室の入り口。


こんな隠しルートがあったのか。


選ばれし者のみが知る、隠された入り口。


閉された門がいよいよ口を開く。




体育で怪我した時の入り口だから、
眠井さんは初めてかしら?




選ばれたワケではなかったみたいです。


はい。












じゃあ、全校集会が終わったら来るから
それまで休んでて。

眠井 朝華

は、はい。


再び校庭へと戻る保健室の先生を見送った後、


なれた手つきで仕切りのカーテンを引いては


我が玉座へと鎮座する。




奪われたスタミナを早く回復せねば。


上質な睡眠を取るのにも


エネルギーがいるのだ。




コミュ障特有の極度の緊張で


疲弊した交感神経は、


あっという間に副交感神経に切り替わり


ものの数秒で微睡(まどろ)む。






どのくらい寝たのだろうか……。









……眠井さん

眠井 朝華

……むにゃむにゃ…

眠井さん、そろそろ起きて。

眠井 朝華

……あ……
お、おはようございます……。

今日、臨時休校になったわ。
校舎内を清掃業者に
クリーニングしてもらうの。

眠井 朝華

え、あ…はい。




保健室の時計を見ると


10時30分を指している。




お昼は家で食べれるかな?


今日の分の給食費って返却されるのかな?


他の子達はもうみんな帰ったから、
帰る時に人目を気にする必要はないわ。

眠井 朝華

は、はい。
ありがとうございますぅ。



優しさが胸に痛い。


でも、もう少し寝たい。




贅沢でしょうか?


贅沢ですよね。







体よく学校を追い払われて


さっき来た道を戻る。



今日の聖域は短いタイムリミットだった。


仕方ない、大いなる安息の地へ戻るとしよう。







……帰り道といえば、


さっきの餃子どうなったかな?




いや、別に食べたいわけではないですよ?


ホントです。


お腹は減ってます。




















眠井 朝華

ふぁっ?



朝、彼に出会った場所に来ると


寸分違わぬ姿のまま


今も変わらず鎮座してる。




違うのは取り巻きの井戸端会議が


終了しているくらい。




しかし、なんと堂々としたお姿か。


その風格たるや、通学路の王であるな?


王ゆえに犬や猫さえも手を出さないのだな?


手を出そうものなら斬首刑が待ち受けておろう。





よし、わかった。


私も我慢しよう。










後ろ髪を引かれつつ、


餃子を避けるようにして通り過ぎる。






我が家はもう目の前だ。









眠井 朝華

ただいまー。




…へんじがない。


ただのるすのようだ。







どうやら、お母さんも出かけてしまったようだ。
























……あれ?お昼はどうなる?

















眠井 朝華

餃子の皮とプリンしかない……。




間違いなく買い物に行ったね、マイ・マザー。




まあ、何もないよりはマシだ。


プリンを食べてこの場をしのごう。






しかし、こうなると


ますます道端の王が


これでもか、と呼んでいる。


……ような気がする。








ともかく、母上が物資を補充するまで


プリンで得たエネルギーを


なるべく無駄にしないように


部屋で冬眠でもしよう。




うん、それが一番だ。









眠るのだけは得意だ。


聖域で消費した睡魔も何のその。


いくらだって寝てみせよう。




プリンセスはプリンを食べて寝るのだ!


あくせく働く下賤の者よ、羨むが良い。





そして私はベッドの上で再び微睡(まどろ)む。






















あれ?


この落ちゆく感じ……。


夢を観る時と同じような……。









チーシャ

同調しちゃったみたいだね。

眠井 朝華

……チーシャ……。
どういうこと?

チーシャ

通常は意識の波長を合わせて
夢を観にいく必要があるけど、
たまたま近くで寝ている人の
夢の波長と合ったみたいだ。




やめてよ、ちょっと。


今日はゆっくり休みたいだけなのに。


人の夢を観てたら休めやしない。


プリンエネルギーはもうすぐ0よ!



チーシャ

同調したのは君だよ。
自己責任ってやつさ。




まあ、でも悪夢と決まったわけじゃないし……。


放っておいてもいいんじゃないかな?


よし決めた、ガン無視で行こう。


チーシャ

それはどうだろう?
よく見てご覧よ。




チーシャに言われて


幾分か意識を集中させる。





次第に闇が晴れて見えてきたのは


暗雲と激しく地面を叩きつける雨。






こりゃ、いい夢じゃないな…。









でも、ごめんなさい。


お腹へって動けないんです。


今日はキャンセルで。





チーシャ

放っておいても休めないよ。
人の悪夢に一緒にうなされるだけさ。手っ取り早く解決するのが一番休める。

眠井 朝華

くぅ……。

チーシャ

それに、夢の中では気にさえしなければ空腹は感じない。
今感じている空腹は眠りにつく前の君の残留思念が創りだした妄想だ。




チーシャの言葉で


空腹の意識の鎖が解き放たれる。


そう、空腹は吹き飛んだ。








もう、やるしか無いみたい。


わかっていたけど。


チーシャ

さあ、前を向いて。







チーシャに促されて前を向く。


暗がりの中、眼前には一本の細長い橋が


谷にかかっている。







入り口としてはわかりやすい部類。


けど、あまり入り込んでほしくないのだろう。


その思いが谷間の細長い橋として


表されている。






私は意を決して細長い橋を渡る。


そこに恐れはない。






だって恐れると、


風が吹いたり、橋が崩れたり、


突然無くなったりしちゃうもん。





この世界ですべきことは強く意識を持つこと。




不安定な意識が創りだした世界は


あらゆる物が不安定なのだから。



















橋を渡り切ると場面が暗転する。


















この先に待ち受ける夢の主は


一体どんな人なのだろう。


何と戦っているのだろう。











私は明転するのを待ちながら


その先を想像していた。





















つづく

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