私と景虎は、夕やけ空の下を歩きつづける。

 歩きつづけ、ついに家の前までたどりつく。

 たどりついた、けれど。

菓乃(かの)

あのさ、百歩ゆずって、景虎だって信じることにして……。

景虎(かげとら)

ああ、さすがは心の美しい菓乃さん。わたくしのあふれんばかりの愛が通じたのですね。

菓乃(かの)

愛とか、そういうのよくわかんないけど……。……あの、どこまでついてくるの?

景虎(かげとら)

はい? わたくしは愛沢家の飼いネコゆえ、今日からまた、こちらでお世話になる予定ですが?

菓乃(かの)

いやいや、ちょっとムリでしょ!
見た目、わりと危険なコスプレお兄さんだよ!?

 その時、玄関がガチャリと開く。

重人(しげと)

菓乃、どうしたんだい? 家の前で大きな声をだして……。

菓乃(かの)

お父さん!

 この状況、どうしたら――!?

菓乃(かの)

あ、あのね、お父さん。このひと、昔飼ってたネコの景虎なの!
修行して人間っぽくなれたんだって!
ホラ、耳とか、もようが一緒でしょ!?

重人(しげと)

……。

菓乃(かの)

私と景虎しか知らないことも、ちゃんと知ってたの。
本当に景虎なの!

 気がついたら、言葉が勝手にあふれだしていた。

 景虎は、ちょっとおどろいた顔をしていたけれど、私の頭にそっと手を置き、いとおしそうになでた。

 そして、お父さんに向きなおると、にっこりしながら、一言。

景虎(かげとら)

『美青年陰陽師(びせいねんおんみょうじ)・氷室(ひむろ)』。

重人(しげと)

!!

景虎(かげとら)

重人どの、マンガ家であるあなたが今もあたためている自信作です。
わたくし、いつも重人どのが、悩みながら、苦しみながらも、読者に一生けんめい物語を届けていること、誇りに思っておりました。
このすがたはそんなあなたの代表作になるであろう作品の主人公・氷室をイメージして変化(へんげ)したものなのですよ。
……わたくしにだけ、構想(こうそう)をお話してくれましたよね?

重人(しげと)

…………まいったなぁ。

 そうしてお父さんは、景虎に手をさしだした。

重人(しげと)

おかえり、景虎。

菓乃(かの)

お父さん……!

重人(しげと)

晩ごはんにしよう。食べたいものはあるかい?

景虎(かげとら)

ああ、それでしたらわたくし、高級と名高い、ボッタルガ・ムッジーナとかぼちゃのカペレッティを食したい気分です!

重人(しげと)

……。

 お父さんの顔がかすかにひきつるのが、私には見えた。

ちゃっかりなおネコさま

facebook twitter
pagetop