一年前のバレンタイン。その日、私・愛沢菓乃(あいざわかの)は、恋することを捨ててしまった。
バレンタインデーなんて、なくなっちゃえばいいんだ……。
一年前のバレンタイン。その日、私・愛沢菓乃(あいざわかの)は、恋することを捨ててしまった。
なにこれ、手作りチョコ? しかも手編みのマフラーとか……重すぎだろ。
思いだすだけで、胸のあたりがじくじくする。
……っ。
泣きだしそうになったその時、突然立ちはだかった人影におどろき、私は顔を上げる。
菓乃どの! お会いしとうございました……!!
ああ、美しくなられて……!
…………誰、ですか?
目の前には、20歳くらいの、見たことのないお兄さん。
髪は長くつややかで、涼やかな瞳は、月の色によく似ている。息をのむほど美しい顔だちの男のひとだ。
服装は平安時代のようなハカマ姿をしていたが、でも、そんな不自然なかっこうなんて気にもならないほど、私はおどろいた。そのひとは、頭に大きなネコ耳がついていて、2本の長いしっぽをせわしなく動かしているのだ。
……あれ? 私、今……変質者にからまれてる?
き、きゃ……!
大声をだそうとしたら、目にも止まらぬ速さで口をふさがれた。やばい……!
男はおびえた私を気にするでもなく、にっこりとほほえみながら話を続ける。
ああ、この姿では気づかれないのも無理はない。
わたくしです、景虎(かげとら)です!
景虎……?
景虎。それは、私が保育園の時に可愛がっていた、飼いネコの名前。
確かに、頭についているネコ耳は、景虎ともようが一緒だけれど……?
ふふふ、菓乃どの、わたくしを信頼できぬのも道理。
それでは一つ、わたくしと菓乃どのしか知らぬ秘密を披露しましょう。
菓乃どのは昔、保育園で、一切れのスイカを皮ごと丸のみする大事件を起こしたのですが、その理由は、大好きな保育士のよしお先生にかまってほしかったからで……。
信じます信じますごめんなさい恥ずかしいからもうそれ以上言わないで!
保育園の頃、こっそりよしお先生にあこがれていたことは、確かに、景虎にしか打ちあけていなかった。
うれしい時も、悲しい時も、いつも一緒だった景虎。
でもある日、私の前から……こつ然と消えてしまった。
私は、いっぱい、いっぱい泣いたっけ。
私と景虎は、夕やけ空の下をゆっくりと歩きはじめる。
……どうして、突然いなくなっちゃったの?
尋ねると、景虎はちょっと困ったように笑ってから、ぽつりとつぶやいた。
……だって、ネコと人間は、結婚できないじゃないですか。
……? そうだね?
すると唐突に景虎は、私の前にひざまずいた。
その瞳は、きらきらと輝いている。
わたくしは、愛してしまったのです。いつも恋する相手のために、全力で尽くす菓乃さんのことを。
菓乃さんに見合う男になりたくて、山にこもり、修行にあけくれた……そして、ついに今日! 人間の姿になれたのです……!!
菓乃さん、わたくしと夫婦(めおと)になりましょう!!
……ええぇええ!?
とりあえず、耳とかしっぽとか、人間になりきれていない部分が多々あると思う。