部屋にさしこむ朝の光に、スズメの声。
 ふとんがやけに、ぬくぬくする……。

菓乃(かの)

うーん、今何時~……。

景虎(かげとら)

まだ六時ですよ、菓乃さん。

菓乃(かの)

そっか、じゃあもう少し寝よ……って。

 そこには、昨日わが家で暮らすことが決まった景虎が、私のベッドに当たり前のごとくもぐりこんでいて……!

菓乃(かの)

きゃああああぁあ!!

 私は、ふくれっ面をしながら、もくもくとご飯を口に運ぶ。

景虎(かげとら)

菓乃さん、なぜお怒りになるのですか?
以前は毎日、寝所(しんじょ)にまねきいれてくれたではありませんか。

菓乃(かの)

よく考えて。アナタ今、見た目はいい年した、ほぼ人間のお兄さんだから!!

景虎(かげとら)

おや、意識してもらえるのですか。これは幸先(さいさき)がいいですね。

 私の怒りなどどこ吹く風か、景虎はうれしそうに耳としっぽを動かしている。

菓乃(かの)

……ごちそうさま!

景虎(かげとら)

菓乃さん、どちらへ?

菓乃(かの)

……学校。今日、日直だから早く行かないと。

 私は手早く身支度(みじたく)を整え、玄関から飛びだした。

菓乃(かの)

行ってきまーす!

景虎(かげとら)

あ、菓乃さん……!

 学校に到着した私は、教卓のお花を替え、黒板に名前を書きこむ。今日の日直、男子は誰だっけ……。

 確認すると、名簿には“渕上(ふちがみ)はると”と記されていた。

菓乃(かの)

はると、君……。

 はると君は、かっこよくて、勉強もスポーツもできて……私のあこがれだった。

 そんなはると君に喜んでもらいたくて、はると君の好きなラベンダー色の毛糸で、一生けんめいマフラーを編んで……一年前のバレンタインデーに渡した。

 けれど……。

はると

なにこれ、手作りチョコ? しかも手編みのマフラーとか……重すぎだろ。

菓乃(かの)

……。

 指で名簿の文字をなぞっていると、不意に教室の扉が開いた。

景虎(かげとら)

菓乃さん。

菓乃(かの)

景虎!? どうしてここに!?

景虎(かげとら)

菓乃さんのいるところ、常に景虎あり。
どこまでもおともします!

はると

ごめん、遅れた! ……って、今日は愛沢とか。

菓乃(かの)

あっ……。
お、おはよう……、はると君。

 はると君は、私の手をとる景虎に、不審そうな目を向ける。

はると

え……っていうか、このお兄さんなに?
愛沢の知り合い?

菓乃(かの)

え、えと、知り合いっていうか……。

 どう答えたらいいか考えあぐねている私に、景虎は一歩前へ進みでて、優雅(ゆうが)に一礼する。

景虎(かげとら)

初めまして。近い将来、菓乃さんの夫になる予定の景虎ともうします。

はると

……。

 はると君は、ぽかんとした表情を浮かべた後、お腹をかかえて笑いだした。

はると

あはは……っ。イイ年してばかじゃないの、このひと。
第一、お兄さん、この子はやめといた方がいいよ。去年ぼくに告ってきたんだけど、今時、ぼくの好きな色とかこそこそ調べて、怨念こもった手編みのマフラー、プレゼントしてくるんだよ? マジ重いっていうか!

景虎(かげとら)

……!

菓乃(かの)

……っ!

 私は、はずかしくて、いたたまれなくなって、教室から走りさった。

 学校の門をでて、足がちぎれそうになるくらいの速さで駆けつづける。

 発作的(ほっさてき)に車道へ飛びだすと、そこには、急ブレーキをふむトラックが――。

景虎(かげとら)

菓乃さん!!

 がしゃん、と、衝撃音(しょうげきおん)が鳴りひびく。

 どういうわけか、痛みを感じない。
 そして、やわらかなぬくもりと、感触(かんしょく)。
 ふしぎに思って、おそるおそる目を開けると……。

 私を抱きかかえるようにした景虎が、血を流して地面に横たわっていた。

菓乃(かの)

景虎っ!!

 どんどん広がる血だまり。
 私の……私のせいだ!

菓乃(かの)

やだぁ……っ! 目を開けて、景虎……!!

景虎(かげとら)

菓乃、さん……。

菓乃(かの)

景虎、景虎……!

景虎(かげとら)

わたくしはもう、だめみたいです。

菓乃(かの)

そんなこと、言わないでよぉっ!

景虎(かげとら)

最期に、わたくしの夢、かなえてくださいませんか。

 景虎はかすかに震える手で、ふところから、血で汚れた一枚の紙を取りだす。

菓乃(かの)

これは……?

景虎(かげとら)

わたくしのお嫁さんになる、という契約書(けいやくしょ)です……。
今だけでも、どうしても……菓乃さんと夫婦(めおと)に、なりたいのです……。

菓乃(かの)

……わかった。

 私は、その紙に自分の名前を書きこむ。

菓乃(かの)

景虎、私、お嫁さんになったよ。もう、ずっと一緒だよ……。

景虎(かげとら)

はい!そうですね♪

 景虎は、契約書を私から受けとると、さっきまでの苦しそうな顔がうそのように、満面の笑みをうかべた。

菓乃(かの)

!? ど、どういうこと!?

景虎(かげとら)

いやあ、今日は人生最良の日だ!

菓乃(かの)

だ、だって、血が……いっぱい出て……。

景虎(かげとら)

あ、とっさに血のりをしこみました! なかなか本物らしいでしょう?

 つまり……すべては私をお嫁さんにするための……おしばい!?

菓乃(かの)

景虎~!!

景虎(かげとら)

いやですね、菓乃さん、“私の愛するだんなさま”、でしょう♪

菓乃(かの)

もう知らない!!

 恋愛不信に、拍車(はくしゃ)がかかった私、菓乃だった。

景虎(かげとら)

今に、心底わたくしにほれさせてみせますよ、マイハニー♪

おネコさまよ、永遠に

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