第十八話 伯爵に会いに行く

日曜日に、伯爵に会いに行く。

所用がある種村さん以外、全員で会いに行くことになった。

目的は果てしなく暗くて重いというのに、
なんとなくワクワクしている俺たちだ。


アスカセラーズに足しげく通い、
ジルが旧友に再会するための準備をしたりしている。
夜中のコンビニって、わけもなく楽しい。

日焼け止めを塗っとけば、問題無く外出できるってハイネが言ってたぞ

日焼け止めか。昔はドーランを塗ったものだが、時代が変わったのだなあ

あ、でも出かけるのは午後からのほうがいいとも言ってた

午前は神の時間だからな。我々のような日陰者はなるべく出歩かないに限る。

だが、と、ジルはスマホを見た。

エルンスト卿は早朝からお待ちであるらしい。
なるべく早い時間に来たほうがいいというようなことをおっしゃっていた。

早い時間って?

始発で来いと

俺はアイアンマッスルを落としそうになった。

何で始発!?

乗ったことないわ。

わからん。だがこう書いてある

既読 19:34

来るなら始発がオヌヌメ♪

…………

俺の中では、日本吸血鬼界のボス、エルンスト伯爵は、きもいピーマンとして定着しつつある。

日焼け止めたっぷりつけなきゃだな

ん?早朝なら逆に紫外線は少ないのか?
よくわかんねーな。

あった。多分これがハイネが言ってた、SPF100とかそういうやつだ。

あ、そーだ、ジル

日焼け止めをカゴに入れ、エロ本コーナーから離れないジルに声をかける。

伯爵へのお土産ってどーすんの

そうだなあ、手土産にはグミ鉄がいいだろう

え、これ?

俺はジルご愛用のグミ鉄をカゴから持ち上げる。

伯爵の自宅の近くにはアスカセラーズが無いのだそうだ。いつも通販で取り寄せてると聞いた。
手土産にはちょうどいいだろう

や、ちょうどよくねーよ、これ酸化鉄入りだからすっげえ重いんだよ

ハイネへの手土産にもいいかもしれんな

聞けよ、人の話を……

言いかけた俺は、ジルが心配そうな顔をしているのを見て、突っ込むのをやめた。

大丈夫だよ。ハイネがどこに住んでるんだか知らんけど、俺とはこのコンビニで会ったんだから。

あいつらもちゃんとこれ買って食ってるよ、グミ鉄。

そうだろうか、ちゃんと毎日食べているのだろうか

顔色悪くなかったし、だいじょうぶだっての

俺らへんな会話してるなあ。

ハイネは一応、敵なんだけど。

俺は少し、笑ってしまった。

何だね、いきなり笑って

いや別に。そういやさジル、この前渡した福袋、あれ何入ってたの

色々入っていたぞ。お菓子やパンツや黄金のピーマンや……そうそう、お前の好きなアニメの食玩も入ってた

まじか。何のアニメ

心の華

それ超集めてる!
何のフィギュア入ってた?ゴーレムか!おねえちゃんか!?おねえちゃんか!!

あ、ストラップタイプだからな。今持っているぞ

ジルは、月光館のキーとともに、しゃらんとそのストラップを出した。

………ギョウザか。

ギョウザだな。

超重要キャラクターだもの。

from.「心の華」(c)歪鼻@コメ貰えると泣いて喜ぶマン
第二部絶賛連載中!

そして、日曜日がきた。


俺たちは始発で、伯爵のもとへと向かった。
朝五時。
意味がわからない。
なんならこれから寝る時間である。

俺は口から魂が出かかっていたが、腐れ女子たちはすこぶる元気。
25年ぶりの電車でガチガチに緊張しているジルに、あーでもないこーでもないと言いながら日焼け止めをぬりたくっている。

お嬢様、ですからそのようにつけると、すぐに白浮きをしてしまうのですわ

だって北鎌倉がたくさんつけろと言うから

日焼け止めの極意は、少量をすこしづつ伸ばして、何度も重ね塗りでございます。
そうすると、白浮きせず、素肌を生かした仕上がりに……

あー、今気づいたんだけどさあ

俺は腐女子たちにのろりと手を上げる。

こういう時こそ、七星の運転手つきのベンツで移動すべきなんじゃないの?

んまっ

北鎌倉が俺を軽蔑の目で見た。

都心近郊の者が自家用車で乗り付けるなど、はなはだ常識に反します

お兄様にモラルというものはないのですか

七星にまで怒られた。

なんのモラルだよ

電車が駅で止まった。
俺たちが住んでいる静かな郊外から、都心へと入る玄関口的な駅である。

そこで。

人波がぬどんちゃとなだれこんで来た。

えっ、えっ、ええええ???

ええええええ???

えええええええええ!???

気が付けば、東京ビックサイトにいた。

人が。
人がなんでこんないっぱいいるの?

怖い、怖いよジル

アマネ、私もだ

俺たちはお互いにガタガタと震える身を寄せ合った。

有象無象の人々は、エネルギーに満ち満ちた目をして、他人の迷惑にならぬ速度で歩き、マラソンの補給所のようにコンビニで水分を補給し、放出し、会場前にうつくしく整列していく。

……ごめん、俺、なめてた

俺は心からジルに謝った。

日本の吸血鬼ってこんなにいたんだね

数万人の吸血鬼を統べる伯爵。ほとんど国家じゃねえか。

いやいやいやいや

珍しく俺がジルに突っ込まれる。

お兄様、これが同人誌即売会という日本を代表する催し物でございますわ

うえっ。これが?

ゲーマーとしてその存在はもちろん知っていたが、二次創作とかにあまり興味は無いので、足を踏み入れるのは初めてだ。

なんかえろいコスプレとか見てみたいもんだなーくらいには、常日頃思ってはいたが。

でもコミケって冬と夏しか無いんじゃないの?

今日はコミケではありませんわ。でもかなりの規模ですわね

お嬢様、本日はオンリーの複合イベのようです。この人員整理はすべて松かと

弱ペダもやっていたはずでしょう。なのに全部松だというの、おそろしいわね!

こいつらが何語を喋っているのかさっぱり分らない。

…すごいな。彼らはむしろ現代を生きる、魔女と魔法使いといったところか

こいつも何言ってんだかわからない。

つーか、伯爵って本当にここに……

ああ、よかった、いたいた、ジル!!

遠くから、よく通る男の声が響いてきた。

遠目からでも、彼が人間ではないことが、今の俺ならばわかる。

人間離れした端正な顔。透き通るような白い肌。銀色の髪。

まさしく、正統派の吸血鬼だ。

エルンスト卿!

ああ、ジル、久しぶりだねぇ

美しい二人の吸血鬼が、ひしとお互いをハグする瞬間は、男の俺から見てもキュンとくるものがある。

だから腐女子のこいつらから見たら……

!!!

!!!!!

ああやっぱり瞬間沸騰してる!!

ん!?

異様な気配を感じて周囲を見回すと、周囲の乙女たちが一様にこちらをぬらぬらした目で見ていた。

……★★

嘘でしょ!?
あの人数全員腐ってんの!?

きみたちがジルの連れだね。今日は来てくれてありがとう。さあ、サークルチケットだ。

まあ

よろしいんですの

なんか女子がすでにめろめろだ。

君たちが来てくれて大変助かった。
今日は売り子、よろしく頼むよ!

美しき伯爵はにっこり笑うと、俺たちの背中を急かすようにトンと押した。

第十八話 伯爵に会いに行く

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