第十七話 選択肢

俺はAB型である。

AB型は、ある一定のところまではA型っぽくクソ細かいところまで頑張るが、
あるボーダーを超えると突如としてB型が頭をもたげ、すべてがどーでも良くなる傾向にあるそうだ。

まさしく俺だ。

だから25年前の衝撃的な事実を知った今、
いつもの俺であれば、

……ごめん、ちょっと一人になるわ

と告げて部屋に戻る。

くそっ、何でオヤジとオフクロはそんな人生を選んだんだ、何で……!

悶々と悩み、時には枕に当たり散らし、
何時間もベッドに丸まって過ごす。

ハッ……今更、俺に何ができるっていうんだよ…

突然どうでも良くなってスマホをいじりはじめる。

…………フッ(諦めきった笑い)

翌日からは何事もなかったように普通の生活に戻る。
(だが、実はこれまで以上に無気力になっており、食欲が減退し、顔色が悪くなり、定職につかない)

というのが平均的行動パターンだ。
渋澤普を観察して25年の俺が言うのだから間違いない。

だが、今日の俺はちょっと違っていた。

………ごめん、ちょっと……

ジルが話を終えた後、長い長い沈黙を続けていた面々は、一斉に俺を見た。

みんな集まってくれる?

俺の中のAB型が、無気力とは逆の方向でふっきれた瞬間だった。

ジルの話と、俺がハイネに言われたこと、両方合わせて整理してみたいんだけど

 種村さんが、「あいつハイネと会ったのか」と、北鎌倉に尋ねている。

北鎌倉が二言三言それに答えると、
彼は優しい顔をして、俺の頭をぐしゃぐしゃっとかき回した。

アマネ様、わたくしがメモを取ります。
ああ、ここにホワイトボードがあったらよろしいのに。

一人ひとりの写真もあるといいわね。関係図を書きながら話をしたいわ

あんたらがイメージしているのはあれですね。

2時間ドラマの刑事ものですね。

んじゃ、まずジルの話からだけど。
ジルが最後に目撃したのは

血を吸われて死んでいる松彦

ジルに負けて倒れているハイネ

襲い掛かってきた志摩

の3つだよな

俺の口調もなんとなく刑事ドラマっぽくなっている。

これに対して、ハイネは

志摩に依頼され、松彦の血を吸った

自分はジルに負けた

ジルを封印したのは志摩

と証言している。
二人の話はほぼ一致してると言っていい。

しかし……ショックだな。
松彦さんを吸血鬼にしようとした張本人が、志摩さんとは……

そう望んでしまう気持ちもわかるわ…
松彦おじさまを死なせたくない一心だったんでしょうね

きっと、ジル様を見ている限り、
吸血鬼がそんなに大変そうには見えなかったのではないでしょうか

…………

でも何故ジルに頼まないでハイネだったんだろう?

なんとなく察していたのではありませんか。
ジル様には反対される、へたをすると阻止されると。

それで、月光館によく出入りしている別の吸血鬼に依頼した……

おばさまなりに、藁にもすがる思いだったんでしょうね……

俺は深く息を吸い込むと、俺の深いところに住んでいるおふくろの面影から、あえて目をそむけた。

おふくろの立場や気持ちを考えたら、心が折れてしまいそうな気がした。

ジルが刺された後、松彦さんはどうなったんだろう

ハイネさんの口ぶりだと、死んでいない、って感じでしたけど…

答えを知っている俺は、こころもち声を落とさざるを得ない。

生きてる……って言っていいのかわからないが、
今、オヤジはハイネと暮らしているらしい

!?

ハイネと!?

じゃあ、松彦おじさまは吸血鬼化したということ……?

……多分。
それと、気になるのが、ハイネが

こっちは25年も気を使って、いろいろ苦労してきたのに……

って言ってたんだ。
自分と松彦を不幸にしたのはジルだ、みたいな感じで

――――

ジル、これについて何か心当たりはあるか

ジルは眉間に深い皺を刻んだまま、ゆっくりと口を開いた。

気を使ってきた、というのは、隠れて暮らしてきたという意味ではないかと思う

隠れて?

吸血鬼は基本的に個人主義だが、
奥深くでは強固な仲間同士のつながりがある。

直接手を下したわけではないにせよ、
私を半死半生の目に合わせたことで、ハイネが吸血鬼仲間から絶縁された可能性は高い。

俺は、ジルの話の中で、ハイネが人間よりも吸血鬼たちと強くつながりたいと願っていたことを思い出した。

ジル、あまり謙遜しないほうがいい

種村さんが苦笑まじりで口を挟んだ。

俺は、ハイネに待ち受けていたのは仲間からの絶縁なんて生易しいものじゃなかったと思うね。

ジルはのほほんとしてるけど、こう見えて日本の吸血鬼界じゃ大立者だったからな。

ジルが!?

ジルと夜子は戦前から、日本に来たばかりの吸血鬼や、吸血鬼化してしまった日本人をとても手厚く保護していたんだ。
二人を恩人だと思っている吸血鬼は多いんだよ。

そのジルがほとんど死亡に近い形で棺桶に入れられたと分かったら、
かなりの数の連中が、ハイネに制裁を与えるべく立ち上がったと思う

では、ハイネは吸血鬼たちのお尋ね者になったと?

おそらく。

……。

種村さんが鷹揚に頷き、ジルは否定しなかった。

いや、待って、ちょっと待って

俺は少々混乱して、種村さんの話に割って入った。

じゃあうちのおふくろは?
直接ジルをぶっ刺したのはおふくろじゃん。
それなら、おふくろが吸血鬼から狙われてもおかしくなかったんじゃないの?

ああ、それは確かに

でも俺が知る限り、うちのカーチャンにそんなバイオレンスな事件はなかったけど

一度も?

一度も。
働きづめに働いてた以外は、すげえ平凡な人だったと……

そう思っていたのだ。俺は。
渋澤志摩という人のことを。
夫に逃げられて一人息子を一生懸命育て上げた、どこにでもいるガミガミ母ちゃんだと。

ああ、だめだ。

何度追い払おうとしてもおふくろのことが心の中に沸き上がってくる。
何をしたかったんだおふくろは。
どうしてそこまでして、オヤジを生かそうとしたんだ。

もしかすると、おばあさまが何かしたのかも

七星が言った言葉で、俺は意識を引き上げられた。

――ババアが?

志摩おばさまと普お兄様にに危害が加わらないように、おばあさまが何か仕組んだのかも。

だから、あれほどまでにお二人を自分から遠ざけて……

その線は大いにありうる

ジルが思案気に自分の顎を撫でた。

……ふむ、あの男に話を聞けばすべて分りそうだな

あの男?

エルンスト卿と言って、ポーランドの偉大なる伯爵だ。

日本の吸血鬼界におけるボスのような男でな。

ジル様を復活できるようにしたという方ですわね?

その通り。
聖、彼とつきあいはあるか?

年賀状のやり取りだけは

年賀状!?

ふむ……私も目覚めてからというもの、会いたくて何度も連絡を取り合っているのだが……とてつもなくお忙しいようでな

え、連絡取り合ってんの? 電話とかしてんの聞いたことないけど

LINEがつながっておる、ほれ

LINEしてたの!? うわ!

えるんすとん

既読  19:32

あいたくてあいたくてふるえてるんすけど

既読  19:33

既読 19:34

すまないぷーん
おわんね
とにかくおわんね

ごめーんね★

既読 19:35 

何やってんのおじさんたち!

卿の日程に合わせて再会を伸ばし伸ばしにしていたが、いよいよお目にかからねばならぬようだ

ジルの親指がスマホの上を素早く動き回り(見事なフリック入力…)、やがてピコン、とおなじみの音がした。
いや、返信早くね!?

えるんすとん

既読  19:32

日曜日会いにいくってゆったら
こまる?

既読 19:34

まじか

既読  19:34

既読 19:34

うれしくて増えるわ

日本吸血鬼界のボス、ゆるいな!!

む、卿は今週の週末であれば東京におられるらしい

そうか

またとないチャンスだが……さて、どうする、アマネ

は?

俺は聞かれたことそのものが理解できず、へんな声で返事をしてしまった。

卿に会いに行き、さらに真相に近づいて……

ジルはその先を言葉にしなかったが、
俺には聞こえた気がした。

それから、どうする?

と。

……

……

……

全員が俺を見ていた。

皆が、そう思っているのだろう。

俺は、いつもの自分を思い出す。

知るのは、めんどくさい。
ベッドにうずくまって、全部無かったことにして、普通に過ごすほうがラクだ。

ここにいる連中は、俺がその選択をしても、多分、離れずに傍にいてくれるだろう。


ちょっと困った顔をしながら。

うーん……

…………

………うん。

俺は腹を決めて、みんなに言った。

ここまで来たら、全部知りたい。
とことん知りたいよ。

そーなるとアレだな。
ハイネともう一度話さなきゃいけないし、
…考えたこともなかったけど、オヤジと会う必要もありそうだな。

お兄様……大丈夫……ですか?

おそるおそる、七星が尋ねる。

ムリして、ませんか?

すんごくムリしてる

俺は正直に答えた。

でも、みんなに、いつまでも気を使われるの、キモチワルイしさ。

ちゃんと色々分って、さっぱりして。

それから、普通に戻りたい。ぐだぐだしたい

それが、俺の今の目標!

……

皆の空気が、ふっと緩んだのが分った。

とりわけ、今にも泣きそうな顔をして、ジルが微笑んでいた。

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