女の子たちは、モールに到着した。

 ヤマイダレさんが、浄水車を動かした。


 私たちは正面の扉を開けた。

 お姉さんたちが、バッと外に出た。

 銃を構えて、痴女を警戒した。

 だけど、痴女はこっちに来なかった。

 先頭の女の子を避けているようだった。

とがにんよ、おそれ、ひざまずきなさい

 痴女たちは、女の子と目があうと、あわてて顔をそむけた。

 それは娘の、いかにも恥じらっているような、おびえているようなポーズにみえた。もしかしたら女の子の無垢な笑みに、痴女になる前の記憶を刺激されるのかもしれない。

 その真相は、ともかくとして。

 痴女は、女の子を遠巻きに囲うようにしてモールには近寄ってこなかった。


 女の子たちは、無事ショッピングモールに入ることができた。

はじめまして、わたちはセシリア。市内の教会から来ました

 女の子は言った。

 澄んだ、心に染みいるような、よく響く声だった。

 CIAのお姉さんが訊いた。

CIAの工作員

ほかの子たちも教会から来たの?

わたちたちは、教会で暮らしていました。教会は、児童福祉施設でした

CIAの工作員

それじゃあ、ご家族は……

親はいません

 セシリアちゃんは、屈託のない笑顔でそう言った。

 ほかの女の子たちも満面の笑みでうなずいた。

CIAの工作員

教会の方々……大人はどうしたの?

逃げるか、痴女になるか、あるいはその両方か。とにかく居なくなりました

 セシリアちゃんはそう言って、胸もとで小さく十字を切った。

 女の子たちが後に続いた。

 CIAとMI6のお姉さんも、胸もとで十字を切った。

 だけどKGBのお姉さんだけは、眉をしぼった。


 KGBのお姉さんは、セシリアちゃんたちをフードコートに連れて行く途中で、セシリアちゃんをつかまえて、こっそり訊いた。

 別に盗み聞きするつもりはなかったけれど、それが私には聞こえてしまった。

KGBの職員

ねえ、教会の宗派は?

カトリックです

KGBの職員

やっぱり。それなのに、あなたは聖職者の法衣を身にまとっているのね

ものごころ付いたときからそうでした。むかし、ローマから神父さまが何人も来たそうです

KGBの職員

まさかっ、いや、そんなまさかっ

 お姉さんは言葉をつまらせた。

 私は眉をひそめた。

 するとヤマイダレさんが私のお尻をなでた。

 その手を引っぱたくと、ヤマイダレさんは私だけに聞こえるように、ぼそりと言った。

カトリックは、女性の聖職者を認めていないのよ

うーん

 私は首をかしげた。

 ヤマイダレさんは、せっかく教えてくれたのだけれども、なんだか余計に謎が深まってしまった。

KGBの職員

ねえ、あなた。この事態をどう思う?

 KGBのお姉さんが、セシリアちゃんにまた訊いた。

 先ほどとは声色が変わっていた。

 敬意とおびえ、そして敵がい心のようなものが感じられた。

 ほとんど矛盾に近いこれらの感情を、お姉さんの言葉は含んでいた。

KGBの職員

ねえ、これは最後の審判かしら? だったら私は地獄行きね。だって私はスパイだから。今まで散々、悪いことばかりやってきたからね

そうですね

 セシリアちゃんは、お姉さんを落ち着かせるように言葉をおいた。

 それから、まるで賛美歌のような澄んだ声で言った。

あなたは、本物の地獄を目のあたりにして、地獄に行くのが恐くなったのですね?

KGBの職員

ふふっ。私が地獄行きを恐がってると?

うん

 セシリアちゃんは、ニッコリ笑った。

 母性に満ちた目をして、お姉さんにうなずいた。

 これじゃ、どっちが子供か分からない。


 お姉さんは自嘲気味に笑った。

 そして、ためていた息を吐き出すようにこう言った。

KGBの職員

地獄は恐くない。報いはキチンとうけるわよ。だけど今は死ねないの。もう少し生きていたい理由があるのよ

うん

KGBの職員

これから産まれてくる私の子供には、私とは違う真っ当な人生を歩ませたいの。だから……私にも生きかたを変えるチャンスがほしい。チャンスを与えてほしい

 お姉さんは、セシリアちゃんを前に告白をした。

 最後のほうなど夢見るような顔をしていた。——

 夜になった。

 セシリアちゃんたちは、とりあえずはジムに集まって寝ることになった。

 人数は多いけれど彼女たちは小さいし、それにジムは広いから、寝る場所には困らなかった。


 私は寝具店のベッドで寝た。

 この日は、ヤマイダレさんと一緒だった。

 ヤマイダレさんは、するっと布団に潜りこむと、しくしくと、わざとらしく泣きはじめた。


 ああ、またなにやら、めんどくさいことを言いそうだ。

 私は、しばらく無視をした。

 するとヤマイダレさんは、

しくしく、しくしく

 と、声を次第に大きくしながら寄ってきた。

 それでも黙っていると、ヤマイダレさんは私の首に腕をからませて、耳もとで、

くやしい、くやしいよお

 とか言いはじめた。

 しかも甘えるように脚をからませてきた。

って、うるさいわ!

 私は思わずツッコミを入れてしまった。

 するとヤマイダレさんは、とても嬉しそうな顔をした。

 ぱっと花が咲いたような、そんな笑顔だった。

ねえ、聞いて? 聞いてほしいの

なんですか、めんどくさい

さっき、ロシアの彼女が言ってたわ。子供が産まれるって

うん。聞こえちゃいました

 私にしか聞こえない距離だと思っていたけれど、さりげなくヤマイダレさんも近くを歩いていた。まあ、そこら辺は、さすがスパイって感じである。

妊娠1ヶ月から2ヶ月ですって

彼女に聞いたんですか?

黙ってるのも、なんだか関係がこじれそうだしね。それに、こういうことは、ハッキリさせて、周知しておいたほうがいいと思ったの

たしかに

それにしても、妊娠1ヶ月から2ヶ月よっ

 ヤマイダレさんは、念を押すように言った。

 私が愛想笑いをすると、彼女は大げさにくやしがった。

妊娠1ヶ月から2ヶ月ってことは、この痴女騒ぎの直前までエッチしてたってことじゃない!

まっ、まあ、そうなりますけど

なによ。ウオッカとトカレフが恋人って顔して、あれで案外、男に不自由してなかったのよ。ああ見えて、やることはしっかりやっていたのよ

って、腰動かさないでください

もう、なんだか裏切られた気分だわ

もう分かりましたから

 人の太ももを両脚ではさんで、腰をふらないでほしい。

 エロカワイイ声と表情で、私を間近で見つめないでほしい。

ああ、ズルイわ、ズルイわよ。1・2ヶ月前に彼女のあそこには、愛する男の男の子が一糸まとわぬ姿で侵入し、そして男の子汁をまきちらし、それが彼女の女の子の部屋にまで到達し、そして女の子と男の子汁は彼女のなかでひとつとなり、ついに嗚呼、そこからは、めくるめく人体の神秘ッ!

あのっ

 そんな生々しいことを言わないでほしい。

 しかも、心底くやしがらないでほしい。

ねえ、智子ちゃん?

……なんですか

なぐさめてえ

うーん

 私はヤマイダレさんの頭をなでなでした。

 するとヤマイダレさんは、女児よりも女児らしい、そんな笑顔で私のふところにすべりこんだ。私の腕をあげて、わきにもぐりこんで、腕まくらにした。

 赤ちゃんのようにまるまった。

あの……

 年齢的にも、質量的にも、腕まくらをするのはヤマイダレさんのほうだと思うのだけれども。それでもヤマイダレさんは、見た目に反して妙に軽いし、やわらかいし、いい匂いがするから、結局、私は彼女の好きなようにさせた。

 抱きまくら感覚で、ヤマイダレさんを小脇に抱えて眠ることにしたのである。

ねえ、智子ちゃん?

まだ何かあるんですか?

チョコ棒をね?

もう、握りながら寝たいんですよね?

 私は彼女からチョコ棒を取り上げると、パジャマと下着の間に入れた。

 先っちょがおへそのあたりにくるようセッティングした。

ああン。大好きぃ

 ヤマイダレさんは普段からムダにエロエロ・フェロモンが出てるような女性(ひと)なのだけど、それでもこのときの彼女は、別の女性を見るように、凄まじいほどのなまめかしさだった。

なぐさめてえ

 ヤマイダレさんは、その白蛇のような腕を私の首にからませた。

 くちびるをねだるように私を見つめながら、脚をのせてきた。

 私にまたがった。馬乗りになった。

 そして股間をこすりつけてきた。

こらっ!

ひゃん

 ヤマイダレさんは、元いた位置にすべりおりると、ちょこんと可愛らしく舌を出した。まるでイタズラを見つかった女児のようだった。

もう、いったい何歳なんですかあ

 私がたしなめるようにそう言うと。

 ヤマイダレさんはクスリと笑ってこう言った。

昭和ヒトケタ生まれよ

 何度か冷凍睡眠しているからタチが悪い。

 いよいよ謎めいて年齢不詳なヤマイダレさんなのだった。

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