数日が経った。

 セシリアちゃんたちは、すっかりこのモールでの生活に馴染んでいた。

十数人ぐらい居るのかなあ

セシリアちゃんが一番年上っぽいよね

幼稚園から小学1・2年生って感じかなあ

 フードコートでお昼を食べながら、私たちはそんなことを話している。

みんな明るくて良い子だよね

あはは、すごく元気だよお

智子は下で寝るから知らないとは思うけど、夜中とかお手洗いに行ったりするの結構大変なんだよ?

そうなんだ

そう

えへへ

 いつきと小夜は、困り顔で微笑んだ。

まあ、私たちも人のことあまり言えないけれど。あの子たちが来て、お姉さんたちの仕事が増えちゃったって感じなのか

まあね

お風呂とか大変だしねえ

 私たちは、まるでお母さんのようなため息をついた。

なにか私たちにできることないかな?

あの子たちの世話をするってこと?

うん

うーん

なんだよお?

私たちに手伝えること残ってるかなあ

 小夜はそう言って、セシリアちゃんたちのほうを見た。

 そこにはMI6のお姉さんがいた。

 女児たちに混じって楽しそうに食事をしていた。

お姉さんが全部やっちゃってるんだよお

というか、あの子たちの先生みたいになってるんだよお

ほんとだ

 いつの間にかそんな感じになっていた。

 MI6のお姉さんは、食べ物をこぼした女の子の口をふいていた。

 それだけでなく食べ終わった子たちに、食器を片付けるよう指示していた。

 その姿は、まるで保母さんのようだった。

なんだか申し訳ないなあ

 私は、ぼんやりつぶやいた。

 いつきと小夜がうなずいた。

 私たちは昼食を終えると、お姉さんのところに行った。

あの、私たちに何か手伝えることありませんか?

MI6の諜報員

んー、別にないよお

結構大変だと思うんですけど

MI6の諜報員

大丈夫。好きでやってるから

はあ

MI6の諜報員

私も児童福祉施設で育ったから。こういう子たちの世話は慣れてるんだ

ねえねえ、姉ちゃんも教会で暮らしてたの?

MI6の諜報員

ああ、このお姉ちゃんたちよりも大きくなるまで、ずっと教会だぞ

じゃあ、その後はどこに行ったの?

MI6の諜報員

オクスフォードっていう大学だ

おっ、オクスフォードだったんですか?

 私は思わず大声をあげてしまった。

ねえ、おくすふぉーどって強い?

MI6の諜報員

ふふっ。強いぞ

ほんとお?

MI6の諜報員

オクスフォードに行ったから、MI6に入れたんだ

へえ。どうやったら、おくすふぉーどに行けるの?

MI6の諜報員

勉強するんだ

ええー!?

 女の子は可愛らしくほっぺたをふくらませた。

 ふたりのやり取りを横で見ていた女の子たちも、いっせいに頬をふくらませた。

 その愛くるしさに私たちはいっせいに噴きだした。

 お姉さんは言った。

MI6の諜報員

私たちのことなら問題ない。まあ、ほかの人を手伝ってあげなよ

はあ

MI6の諜報員

ほら、さっそく来たぞ

 お姉さんはそう言って、いつきのお尻をぺろんとなでた。

 いつきは嬉しそうに腰をくねらせた。

 と、そこにヤマイダレさんがやってきた。

畑をね、作ろうと思うの。手伝ってくれない?

えっ、はい

ううん。あなたたちにも手伝って欲しいけど

 そう言って、ヤマイダレさんはセシリアちゃんを見た。

 すると、MI6のお姉さんが噛み付くように言った。

MI6の諜報員

ちょっと。まさか外に出るんじゃないだろうな?

うーん。道路をまたいだところ。すぐそこなんだけどね、そこに畑を作ろうと思うのよ

MI6の諜報員

セシリアを外に出すのか

セシリアちゃんって痴女を退けることができるでしょう? だから

MI6の諜報員

ダメだ

ダメ?

MI6の諜報員

キミは免疫を持ってるだろう。キミひとりでやれば、セシリア抜きでも問題ない

免疫を持ってるからといって、痴女は避けてくれないわ。それに畑を作るのは、この子たちのためもあるのよ

 ヤマイダレさんはそう言って食器を見た。

 MI6のお姉さんはすぐ言った。

MI6の諜報員

備蓄は充分なはずだ

滞在期間によるわよ

MI6の諜報員

しかし

食料だけの問題じゃないのよ。モールの物を消費するだけでは、どの道限界があるわ

MI6の諜報員

そっ、それはもっともだが、しかし、キミは信用ならない

 きっぱりと、お姉さんは言った。

 ヤマイダレさんは、笑顔でかたまった。

MI6の諜報員

キミは日本の監察官、世界大戦を生き抜いたスパイだろう。そんな人の言うことなど信用できない。キミはセシリアに何をするか分からない。外には出せないよ

そんなっ

MI6の諜報員

だいたいキミは、その中学生たちに会ったときに囚人を自称したそうじゃないか

ええ

MI6の諜報員

ほら、やっぱり。キミは平気でウソがつける

………………

MI6の諜報員

いや、キミだけを非難しているわけじゃないんだよ。我々スパイは、平気でウソがつけるからね。だから私は、スパイと母国は信用しないことにしているんだよ

 お姉さんは、胸を張ってそう言った。

 フォローになっているのか、なってないのかよく分からない、そんなことをお姉さんはドヤ顔で言い切った。


 ヤマイダレさんは言葉をつまらせた。

 笑顔でチョコ棒を握りしめながら、目まぐるしく計算をはじめた。

 MI6のお姉さんもヤマイダレさんを見たまま、なにやら思考しはじめた。

 今、私の眼前では、日英ふたりのスパイが壮絶な頭脳戦を繰り広げている。

あなた、私たちに隠していることがあるんじゃないの?

 ヤマイダレさんが、普段見せたことのない冷淡な口調で言った。

MI6の諜報員

秘密のない人間などいない

 MI6のお姉さんは、即座に切り返した。

あら、そうかしら?

MI6の諜報員

たとえばキミが処女であることを隠しているように

なっ、なにを言ってるの?

 ヤマイダレさんは、ものすごく動揺した。

MI6の諜報員

さすが大戦を生き抜いたスパイ。考えれば考えるほど真相が分からなくなる素晴らしいリアクションだ

買いかぶりすぎよ

MI6の諜報員

しかし、そういったリアクションをとるところから、キミにとって重要なこと、隠しておきたいことだと分かる

 お姉さんはそう言って、不敵な笑みを浮かべた。挑発した。

 ヤマイダレさんは、笑顔のままでいた。

どうあっても引かないのね?

MI6の諜報員

ああ

 ヤマイダレさんが一歩、前に出た。

 お姉さんに詰め寄った。


 お姉さんは腰を浮かせた。

 立ち上がり、胸をぶつけるように前に出た。

………………

MI6の諜報員

………………

 まさに一触即発である。

 と。

 そこに。

畑作りを手伝います

 セシリアちゃんの賛美歌のように澄んだ声が響いた。

 私たちは、いっせいにセシリアちゃんを見た。

 セシリアちゃんは言った。

外に出ます。わたちもお姉さんといっしょに畑を作ります

MI6の諜報員

ダメだ、セシリア!

わたちも役に立ちたいんです

ありがとう、セシリアちゃん

MI6の諜報員

ダメだ、セシリア。その女はウソつきだ。何をされるか分からないぞ

 いや、ずいぶん酷い言われようだと思うけど。

 しかし、ヤマイダレさんの経歴と普段の雰囲気とのギャップを考えれば、MI6のお姉さんが警戒する気持ちもなんとなく分かるような気もする。


 ただのエロい女性(ひと)――そう思われてることこそ、ヤマイダレさんの凄みと言えるのだ。たぶん。

セシリアちゃん、お姉ちゃんと行きましょう?

MI6の諜報員

ダメだ! だまされるなっ

 MI6のお姉さんが声を荒げた。

 するとセシリアちゃんは、屈託のない笑顔でこう言った。

だまされても好(い)いんです

 どんな理屈も通用させない一語だった。


 ウソとか、駆け引きとか、心理戦とか、損得とかそんなものがバカバカしくなるくらい、善悪という概念すら浅ましく思えてくるくらい、セシリアちゃんの言葉は純真だった。

 そんなセシリアちゃんの笑顔を見て、私たちの心は洗われた。

 お姉さんもヤマイダレさんも、先ほどまでの争いを恥じた。

 仲間に疑いの目を向けていた自分を恥じていた。

 ヤマイダレさんなど、羞恥に身悶えていた。

ごめんなさい、ごめんなさい。トモメはこんなに汚れてしまいました

 痴女よりも痴女っぽいせいもあって、こっぴどくダメージを受けていた。

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