貴陽青葉

なーにが、君達の年代ならそこそこ楽しめる、だ

 青葉が頬を膨らまして文句を漏らす。

 それもその筈。いま紫月達が閉じ込められているのは、周りが暗色の石で固められた牢屋の一室だった。北条一家の連中に目隠しされて車の中に押し込められた挙句、こんな場所に連れてこられた上に「楽しめや」とか言われたら、大抵のことでは動揺しない青葉もさすがに文句の一つくらいは口からぽろっと出てしまうだろう。

 碁盤の目みたいな形状の鉄格子をぼうっと眺め、紫月は呟いた。

葉群紫月

スマホも取り上げられちまったし、そもそもここでいくら助けを求めても圏外なのは間違いないな。
ほんと、つくづく運の無い人生だったよ

東雲あゆ

諦めるのはまだ早いよ

 あゆが石の壁をぺたぺた掌で触っている。

東雲あゆ

さっき見張りの人が出て行ったでしょ? 多分、新しい見張りの人が来るんだと思う。その間は脱出の手段を探すチャンスがあるってことだよ

貴陽青葉

残念ながらそれも無理そうだ

 青葉が天井の隅を見上げて言った。

貴陽青葉

天井の四方に監視カメラが設置されている。あまり下手には動けないぞ

葉群紫月

凄いな、青葉。よくそんなのを見抜いたな

貴陽青葉

何だ、君も分かっていたのか

葉群紫月

ここに入った時から薄々な

 職業病なのか、屋内に入ると必ず監視カメラを探す癖が身に染みている。この癖が役に立つ機会は案外多い。

 だが、青葉にも似たような癖があったのはちょっと意外だった。もしかして、彼女も探偵かそれに類似する職業に従事しているのだろうか。

 唐突に、とある一夜の激戦を共にした、見えない相棒の姿を思い出す。

葉群紫月

……いや、まさかな

貴陽青葉

どうした?

葉群紫月

独り言さ。気にするな

 いまは青葉の素性よりここからの脱出が優先だ。さて、どうしたものか。

 三人が牢屋の隅に鎮座する小汚い洋式便器の話題で時間を潰していると、交代の見張り要員が鼻歌混じりに鉄格子の傍にやってきた。

 無論、三人は気にせず便器の話題に没頭している。

葉群紫月

ていうか、あの便器って水流れるのかな

貴陽青葉

水洗じゃないとさすがに困る――と言いたいところだが、近づくのも躊躇うくらいには汚いな。便座に何か黒いのがこびりついてるし

東雲あゆ

使用中の場面が丸見えなのもちょっと……

 牢屋の中で男子高校生一人と女子高生二人が便器の話題で盛り上がる絵面は、見張りの男からすればさぞかし可哀想に映っただろう。

 ていうか、男女で牢屋を分けるくらいはしてやれよと思わなくもない。やはり男所帯のヤクザ集団には女性に対するデリカシーが欠如しているのだろうか。

 ややあって、見張りの男が牢屋の中を覗き込み、呆れたように口を挟んできた。

野島弥一

おいてめぇら、何でそんなに平然として――

 男の目は、その一瞬で限界まで見開かれた。

野島弥一

お前、青葉か!?
何でこんなトコにいやがんだ!?

貴陽青葉

野島さん?

 どうやらお互い知り合いらしい。二人揃って口をぽかんと開けていた。

 野島なる男は二十代後半くらいの優男で、その肉体は細そうに見えて頑強そうだ。顔だけベビーフェイスの、体は体育会系といったところか。

 いや、待てよ? 俺、この人に見覚えがあるぞ?

貴陽青葉

何であんたがこんなところに?

 青葉が訊ねると、野島はやや逡巡し、小声で答えた。

野島弥一

事情の説明は後回しだ。
監視カメラの目もある

 あまり親しげに会話していると、それこそ野島とやらの立場も危ういのだけはよく分かった。

東雲あゆ

貴陽さん、その人知りあ――

 うっかり開かれたあゆの口を、紫月は全速力で塞ぎに掛かった。

東雲あゆ

ふごごごごー!

葉群紫月

いやぁ、青葉にも随分とカッコイイ彼氏さんがいたんだねぇ

貴陽青葉

紫月君。いま君は
屈辱的な誤解をしているらしいな

 青葉なりの照れ隠しだろうか。余計に彼女が可愛く思えてきた。

葉群紫月

ヤクザの舎弟が君の彼氏だったのは運が良かった。せっかくだから恋人のよしみってことで、青葉だけでもここから出して貰えるように進言してもらえばいいじゃん

貴陽青葉

……………………

 無表情がデフォルトの青葉が段々と不機嫌になっていくのが分かる。でもここはどうか堪えて欲しい。青葉さえ無事なら、後は警察を呼んで北条一家を誘拐・監禁の容疑で現行犯逮捕すれば済むだけの話だ。

 しかし、青葉はこちらの思惑には乗らなかった。

貴陽青葉

脱出した私が警察に通報する危険性を、あの北条時芳が織り込まないと思うか?
そんなことを進言してもこちらの状況は全く好転しない。この男の首が地に転がり、残してきた君達にも更なる危険が及ぶだけだ

 感情論を抜きにして、隙の無い正論だった。

貴陽青葉

君はもっと賢い奴だと思っていたが、どうやら私の見込み違いだったらしいな

葉群紫月

そんなに怒るなよー。ちょっとした冗談だってばー

貴陽青葉

だとしてもこの男と私が付き合っているなどという悪質な冗談だけは絶対に許さん

野島弥一

お前、さらりと俺までディスってんじゃねーよ

 野島の突っ込みには哀愁が漂っていた。

 それにしても、この会話を時芳は聞いているのだろうか。監視カメラや盗聴器などを経由して何処か別の場所で聞いているのだとすれば、少なくとも彼の居場所はこの牢屋とは比較的近い筈だ。

 あともうちょっとだけ、時間潰しを続けてみるか。

葉群紫月

野島さん、でしたっけ。俺達、何でこんなとこに閉じ込められたんすかね?

野島弥一

さあな。どうやら何者かをおびき寄せる餌としてお前らがおあつらえ向きだったという話らしいが、それ以外は本当に何も知らねーよ。
俺だって、ある人の紹介でついさっきこの組で働かせて貰えるようになったばかりだし

葉群紫月

もしかして、あんたの前に見張りをやってた人も新人さんだったりして

野島弥一

よく分かったな。そうだよ。ここの番にあてがわれているのは組に入って日が浅い、入りたてホヤホヤのベビーちゃん達ばっかりだ。中途半端に年数を重ねた奴が見張り番をやると、下手を打って内部事情をゲロっちまう場合があるからな

 捕虜の扱いは見張り番も含めて細心の注意を払っているらしい。正しい判断だ。

 でも、だったらトイレの掃除と部屋割りくらいはちゃんと考えて欲しい。

東雲あゆ

そういえば、何者かをおびき寄せる餌とか聞こえたんですけど

 あゆが不安そうに訊ねる。

東雲あゆ

それってもしかして、二曲輪猪助さんだったりして……

貴陽青葉

行方不明の奴をどうやって誘い出すんだ

 青葉がまたしても正論を述べる。

貴陽青葉

連絡先も分からん相手に人質作戦は通じない。この場合は二曲輪を誘い出すというより、君と近しい間柄の人物を誘い出すと考えた方が早い

葉群紫月

北条が狙っているのは東雲さんのお祖父ちゃんか

 理解しつつも、紫月には一つだけ、解せないことがあった。

葉群紫月

だとしたら、いまさらそっちを狙う理由は何だ?

貴陽青葉

たしかに。北条の口ぶりだと、奴が恨んでいたのは二曲輪と東雲宗仁の両方だ。二曲輪はともかくとして、所在がはっきりしている東雲宗仁をわざわざこんなところまで誘い込む理由がよく分からない

 青葉も同じ疑問に至っていたらしい。昨日の今日でここまで早く状況を呑みこむ彼女の理解力には舌を巻く。

野島弥一

? 何だ?

 野島の頭がくいっと上がる。

葉群紫月

どうしました?

野島弥一

いや、さっきから上が
騒がしいような

 また何か状況が動きでもしたか――紫月は微かな期待と共に耳を澄ませてみる。

 たしかに、これより上の層で誰かの悲鳴と銃声が連続している。

葉群紫月

まさか、本当にあの爺さんが助けに来てくれたのか?

貴陽青葉

だとしたらチャンスだ

 青葉はいつになく急かしたように告げる。

貴陽青葉

野島さん。いますぐここから私達を出してくれ。鍵は持ってる筈だ

野島弥一

勘弁してくれよ。俺にだって仕事が――

貴陽青葉

四の五の言ってる場合か。悪いが私達と会話してる時点でこの仕事はご破算だ

野島弥一

くっ――ええい、クソ!

 野島は逡巡した挙句、牢の鍵を開ける。三人はするりと鉄格子の向こうに逃れると、奥の階段から近づいてくる足音を聞いて身構えた。

貴陽青葉

北条の奴、
早速私達を盾にするつもりだぞ

葉群紫月

どのみち逃げるしかないんだ。腹を決めて突っ切るぞ

 紫月が意気込んだのと同じくして、階段から二人の男が姿を現し、うち一人がこちらの姿を確認して大声を張り上げた。

あっ! てめぇら、何して――

 男二人が慌てて懐から銃を抜いた時には、青葉が既に片割れの一人の懐に潜り込み、その顎に鋭い掌底を決めていた。

 残った片方が青葉に銃口を向ける。だが、彼女はたったいま倒した男の手からこぼれて宙を舞う銃をキャッチし、相手の発砲に合わせて身を沈め、寝そべった姿勢のまま奪ったばかりの銃で発砲。相手の銃を見事に弾き上げた。

 紫月が即座に疾駆、跳躍。天井から落ちて来た銃を掴んでハンマーみたいに振り下ろし、銃床で相手の頭をかち割って昏倒せしめた。

東雲あゆ

あめいじーんぐ

野島弥一

……マジか

 あゆが小さく拍手して、野島が唖然として固まる。

野島弥一

あの青葉と呼吸を合わせやがった……マジ何モンだよ、お前

葉群紫月

通りすがりの探偵です。
じゃ、行きましょうか

 紫月と青葉は銃の調子と残弾数を確かめると、野島とあゆを伴って階段を駆け上がり、やがて倉庫みたいな空間に躍り出た。

 どうやらここは平屋の中だったらしい。扉はさっきの男二人が出入りしたせいか開けっ放しになっている。ちなみに、もう悲鳴や銃声などは聞こえない。

 まずは紫月が先行して外の様子を覗き見て、安全を確認してから残りの三人を招き、この平屋から脱出して近くの森林に走り込んだ。

 四人は手近な広場を見つけて、そこでどさっと腰を落として息を整える。

葉群紫月

ここまで来ればもう大丈夫だろ

貴陽青葉

全く、今日はとんだ災難に見舞われたな

 この状況下にあっても青葉は平然を装っていた。一度でいいから、青葉の精神構造を覗いてみたい気分になる。

 対して、野島は情けなく泣き言を吐かしていた。

野島弥一

勘弁してくれよ、全く。
俺が連中のアジトに潜入するまでにどれだけ苦労したと思ってんだ。
お前らのせいで全部台無しだ!

貴陽青葉

そもそもあんたは何であんなところに居たんだ

野島弥一

あー……それはだな

 野島が紫月とあゆを気にしている素振りを見せる。あれは特定の誰か以外には秘密にすべき話を切り出したい時のそれだ。紫月にとっては慣れ親しんだ仕草である。

野島弥一

俺はある事情で人探しをしていたんだ。そこで、探したい奴の情報を握っているかもしれない組織に潜入捜査することになった。
でも、まさかお前までこの案件に関わっていたなんて予想外もいいところだよ

貴陽青葉

さっきあんたは、ある人の紹介でここに来た、とか言ってたな

 青葉が躊躇なく訊ねる。

貴陽青葉

その、ある人って何だ?

野島弥一

極星会・唐沢一家の若頭だよ

貴陽青葉

唐沢一家。四季ノ宮に縄張りを持つ極星会系列の組織だな

 青葉はヤクザの情勢に詳しいようだ。覚えておこう。

貴陽青葉

これで話は繋がった。では、続きを聞かせてもらおう

葉群紫月

おい青葉。勝手に話を進めるな

 紫月は不機嫌を隠そうともせずに言った。

葉群紫月

青葉と野島さんって、本当はどういう関係なんだ?
ていうか、青葉は俺達に何か隠し事でもしてるんじゃないのか?

貴陽青葉

野島さんは私の知人の友人だ

 随分と胡散臭い関係性だ。あからさまな嘘としか思えない。

貴陽青葉

私は野島さんがどんな職業に就いている人間かは知らないし、知ろうとも思わない。だが、少なくともこちらの味方なのは間違いない

葉群紫月

本当かぁ?

貴陽青葉

そんなことより、いまは野島さんの話を聞こうじゃないか

 青葉が水を向けると、野島はため息を吐いてから話を続けた。

野島弥一

……俺が探している奴は四季ノ宮に籍を置いていた。しかも北条一家と何らかの深い関わりがあったらしい。だから四季ノ宮の自警団を自称する唐沢一家のもとに訪れて色々話を聞いていたんだが、そこの若頭も探し人の行方は知らないらしい。だがこっちの仕事には協力してくれるってんで、俺は彼の紹介で北条一家の舎弟として奴らのアジトに潜入したんだ。

北条一家が最近手を染めたとかいう、ある取引の情報を調査するという交換条件を提示されてな

東雲あゆ

なるほど、分からん

 あゆが腕を組んで偉そうに頷いた。さっきから思っていたが、彼女はあまり頭がよろしくないご様子である。

 紫月は仕方なく注釈を入れてやる。

葉群紫月

つまり、野島さんと唐沢一家の間で利害の一致が生まれたんだよ。野島さんは探し人の情報を掴みたくて、唐沢一家は北条一家の秘密を暴きたい。だから手を組んだんだ

東雲あゆ

おー、なるほど

 あゆが掌の上に拳をぽんと置いた。本当に分かっているんだろうか、こいつは。

東雲あゆ

でもでも、言ってみればそれって
兄弟喧嘩みたいなもんだよね

 疑った俺が悪かった。ちゃんと理解しているようで何よりだ。

野島弥一

すんげー分かり易い例えをありがとう

 野島が平たい声で言う。

野島弥一

ともかく、俺は二つの情報を握ったらとんずらをこく予定だったんだ。なのに青葉、お前ときたら……つーか、お前こそ何でこんなとこにいるんだよ

貴陽青葉

私は興味本位で紫月君と東雲さんの
人探しに付き合っていただけだ

 興味本位、のあたりが嘘っぽく聞こえる。

 というか、今日の青葉はいつにも増して白々しい気がする。

葉群紫月

それより野島さん、あんたは二曲輪猪助という人物を知っているか?

野島弥一

誰だよ、それ

葉群紫月

じゃあ、伊崎愁斗という人に
心当たりは?

 この紫月の質問で、野島の挙動が一時停止する。

葉群紫月

野島さん?

野島弥一

ちょっと待て、何でお前が伊崎の名前を知ってるんだ?

葉群紫月

……まさか、あんたが探してるとかいう人って――

東雲あゆ

銃声が止んだ

 あゆが唐突に呟く。

東雲あゆ

もし本当にお祖父ちゃんが来たんだとしたら……

貴陽青葉

落ち着け、東雲さん

 いまにも走り出しそうなあゆを、青葉が冷静に制した。

貴陽青葉

いま私達が行っても無駄足にしかならない。せっかく危機を脱したのに、わざわざ自分から死地に赴くつもりか

東雲あゆ

でもっ

貴陽青葉

とりあえず警察に連絡を入れるのが先だ

葉群紫月

俺達のスマホ、さっき没収されてなかったっけ

野島弥一

俺の端末もうっかりアジトの中に置いてきちまった

 これで野島を含めた全員が文明社会から隔離された形になる。もし助けを呼びたいなら、まずはこの森を抜けなければ話にならない。

 紫月はいつの間にか暮れていた空を見上げて野島に訊ねた。

葉群紫月

野島さん。そういえばここって何処なんですか?

野島弥一

四季ノ宮の郊外だ。ここからだと街中に出るまで歩いて一時間ってところか

東雲あゆ

一時間!?

 あゆがさらに狼狽する。

東雲あゆ

そんな悠長に待ってられないよ!

野島弥一

いい加減にしろ。
他にどうしろってんだ!

 野島がとうとう怒鳴り始めた。

野島弥一

悪いが城まで乗り込むのだけは勘弁だからな!

あそこは風魔一党のアジトだぞ。

下手に踏み込んだら帰ってこれる保障なんて一切無いんだからな!

貴陽青葉

ちょっと待て。いま何て言った?

 青葉がぴくりと眉根を寄せる。

貴陽青葉

風魔一党のアジトだと?
何の話だ?

野島弥一

お前らが囚われていた平屋から少し行った先に風魔一党のアジトになってる城があんだよ。あそこには北条一家の連中だけじゃない。本物の忍者集団がうじゃうじゃいやがんだ。あんなとこに突入するなんて、命が幾つあったって足りやしねぇ

 これはいいことを聞いた。つまり、あそこに乗り込めば二曲輪猪助に関する重要な情報が眠っている可能性があるという訳か。

 紫月はすくっと立ち上がった。

葉群紫月

なるほど。それなら乗り込む価値はありそうだ

野島弥一

お前、人の話聞いてた!?

 野島がさらに驚嘆する。

野島弥一

人殺しの巣窟にお散歩気分で入ろうってのか? 正気の沙汰じゃねぇよ!

葉群紫月

俺達が探している人の元・職場が見られるんだ。悪い話じゃないと思いますがね

貴陽青葉

君が行くなら私も行こう

 青葉も身軽に立ち上がる。

貴陽青葉

どのみち北条が私達を簡単に野放しにする訳が無い。どうせ戦うことになるなら早めに終わらせた方がいい

葉群紫月

同感だ。いまは幸い、誰かが上で暴れているみたいだし。火事場泥棒をするにはうってつけだな

 いくつかの疑問が残るとはいえ、これはある意味チャンスと言える。騒ぎの原因が何かは知らないが、混乱に乗じて城内から何らかの情報を引っ張り出せれば好都合である。しかも乗り込んできたのが本当に東雲宗仁なら、彼の姿を見つけさえすれば撤収の目途も立つ。

 危険はあるものの、何から何まで食い出のありそうな状況が揃っている。

葉群紫月

東雲さんは野島さんと一緒にこの森を抜けてくれ。俺と青葉は城の中で家探しする

東雲あゆ

待って、私も行く!

 あゆが身を乗り出して言った。

東雲あゆ

私だってお祖父ちゃんに鍛えられてるし、足手纏いにはならないから

葉群紫月

いや、さすがにそれは――

貴陽青葉

いいじゃないか

 躊躇う紫月とは反対に、青葉が気軽に賛成する。

貴陽青葉

危険なのは戦闘の渦中だけだ。裏からこっそり調べものをする分には大した危険も無い。それに、さっき連中から奪った銃もある

 何処で鍛えられたのかは知らないが、青葉の戦闘技術――とりわけ射撃に関する技能は現職の警察官を遥かに凌駕している。年の割には期待出来る逸材だ。

葉群紫月

……分かった。でも、勝手な行動だけはするなよ

東雲あゆ

うん

野島弥一

ちょっと待て、本当に行く気か!?

 野島がしつこく訊ねてくる。

野島弥一

いますぐ考え直せって。な?

貴陽青葉

行きたくなければ、
いますぐこの森林から脱出しろ

 青葉が冷たく言い放つ。

貴陽青葉

その代わり、するべきことはちゃんとしろ。戦場の外でもやれることはあるだろう

野島弥一

…………

 野島も言葉を完全に失っていた。

 青葉は平屋のある方角を指差す。

貴陽青葉

一旦平屋まで戻って、車道に出てから城まで真っ直ぐ駆け上がる。いいな?

葉群紫月

OK、リーダー

東雲あゆ

行こう

 あゆが首を縦に振ると、三人は揃って走り出す。

 一人置いてきた野島は、終始その場でぽかんと立ち止まっていた。

『通りすがりの探偵』編/#2風魔の城 その二

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